社会の24時間化や高齢化に伴い, 睡眠に関する社会の関心が高まっている。慢性的な睡眠の乱れは, うつ病などの精神疾患や糖尿病などの生活習慣病の発症リスクを高めることが知られており, 睡眠障害は, 精神的, 肉体的, そして経済的な社会問題であると考えられている。筆者らは, 睡眠障害や睡眠障害に関連する疾患発症メカニズムの解明と, 慢性的な睡眠の乱れを早期発見するための非侵襲バイオマーカーの開発, 睡眠改善食品の開発などを目指して, ヒトの睡眠障害への外挿が可能なモデルマウスの開発を行ってきた。本モデルは, 回転かごケージの底に水を張り, マウスを不安定な回転かご上に留まらせるもので, 昼夜の活動リズムや睡眠覚醒リズムが減衰するとともに, レプチンの分泌減少による過食や, 耐糖能異常, 不安情動の亢進や認知機能の低下などが認められる。本稿では, 本モデルマウスを用いた睡眠改善食品の開発や, 睡眠の乱れにおける性差について紹介するとともに, 慢性的な睡眠の乱れを評価するための唾液を用いた非侵襲バイオマーカーの開発について紹介する。
肝臓をはじめとする末梢組織は現在の代謝の状況を, 神経経路あるいは血管経路を介して, 中枢神経系に伝達している。それゆえ, 摂食リズムに応答した末梢組織の生物時計が, エネルギー代謝調節を含む脳機能に影響する可能性が考えられる。加えて, 食事リズムが脳機能や世代を越えて影響する可能性がある。一方で, 食事のリズムよりも, イベント後の食事タイミングが脳機能に影響を及ぼす可能性も示唆されている。本稿では, 栄養を摂取するリズムやタイミングが, 中枢性代謝調節システムや情動行動など, 脳を介する表現型にどのように影響するのかについての生理学的機序を, 筆者らの研究結果を交えて紹介した。このような中枢での変化が, 生体恒常性にとって必要不可欠であるのか, 2次的な影響なのか, 今後はその生理的意義について解明する必要がある。また, 食事タイミングや世代を越えての影響など, 時間の概念を広く捉えた「時間栄養学」の発展も期待される。
朝食欠食は日本における社会課題の一つであり, 肥満や糖尿病, 心血管疾患などのリスクを高めることが報告されている。また朝食は概日時計の調節に重要な因子であることも報告されている。一方で, 令和元年の国民健康・栄養調査では朝食での平均エネルギー摂取量は1日全体の22.4%, 朝食欠食率は全体では12.1%であるが20代30代の若年層では21.5%と高く, 子供も4.6%存在し依然としてそれぞれの目標値の15%以下および0%には到達していない。日本人を対象とした計量食事記録によれば1日あたりの間食の平均エネルギー摂取量は男性で7.3%, 女性で8.7%と算出され, 間食は若年者のみならず高齢者の栄養補給へ貢献を果たすことも報告されているが, 間食の食品毎の最適な摂取時間や量を検討している例は少ない。我々はグラノーラやポテトチップスといったスナックでの実製品での摂取時間について検討を進めてきた。今後も製品ごとに最適な摂取時間や量を明らかにしていくことで, 時間栄養学の認知拡大と理解向上, 社会実装に貢献を果たしていきたい。
高齢者の健康増進に食生活は重要である。時間栄養学では, 体内時計を意識した食事を通して疾病を予防し, 健康寿命延伸をめざす。ヒトの概日リズムは地球の24時間周期より長いため体内時計のリセットが必要であり, 食事はそのリセットを担う。高齢者の筋力を高く保つことが介護予防に重要であるが, 時計遺伝子は骨格筋にも存在し, とくに朝食で多くのたんぱく質を摂取すると骨格筋でのたんぱく質合成が高まることが報告されている。しかし, 高齢者では加齢に伴い食事摂取量が減少するため十分なたんぱく質を摂取することが難しい場合もある。我々はたんぱく質の質 (つまり生物学的利用能) に着目し, 地域在住高齢者においてたんぱく質の質が高い朝食をとっている者ほど, 将来, 筋力が低下しにくいことを明らかにしている。高齢者に推奨される栄養摂取量についてエビデンスが乏しいという背景を踏まえたうえで, 時間栄養学的視点から高齢者の栄養管理について考える。