2024年4月1日, 日本では「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の改正法が施行され, 国公私立を問わずすべての高等教育機関において合理的配慮の提供が義務化された. それに伴い文部科学省が公開した「障害のある学生の修学支援に関する検討会報告 (第三次まとめ) 」を参照しつつ, 日本における障害学生支援の基本的事項について概観する. それと共に, 医療職養成という社会的責任がきわめて重い医療系学部の教育において同時に進められている教育内容・方法, 学修成果の評価方法の明確化と個別のニーズに応じた柔軟な対応を求める合理的配慮提供との間のコンフリクトへの対処法について, 米国での先行事例を参照しつつ考察する.
日本の医療者の法律には, 現在も障害を理由に資格を制限する欠格条項が存在する. 欠格条項は, 個人の機能障害を問題にする医学モデルに基づく考え方で, 日本が批准する障害権利条約の基盤となる障害の社会モデルに反する. また欠格条項は障害に関連するスティグマを増強させ, 医療者集団に障害のある人を包摂しづらくしている.
障害のある人の医療格差是正を含む医療の質改善には, 医療者集団の中に障害のある人がいることが欠かせない. またお互いに対等な立場で, 共通の目標を追求し, 両者の接触が制度的に是認されていることが条件である. 欠格条項の存在は, 長期的視点で医療の質向上を阻む制度であり, 早急に是正が求められる.
医学部におけるインクルーシブ教育の実現を阻んでいるものは何か. それは, 医学生は医者になるのが当然, そして医者は五体満足であるのが当然という意識である. この意識は長きに渡って日本の医療界を支えてきた. しかし一方で医療界を閉鎖的にしてしまったことは否めず, 今なお医学生たちに人間性を蝕むいくつもの症候を引き起こしている. 本論ではこの症候群に着目して考察を進め, インクルーシブ教育を実現するための心理面の課題, そのための方法, 実現によってもたらされるいくつもの効果についてお示しする.
聴覚障害のある医師として, 読唇と補聴器, 音声認識を使用しながら, 医学生から研修医, 専攻医そして専門医までの経験を報告する. 主に, 当事者団体「聴覚障害をもつ医学生の会」のネットワークを通じて, 相談・情報交換をしながら, 試行錯誤を経て, 現在はリハビリテーション科医師として勤務している. ローテクや音声認識の進歩により働きやすくなっていることを実感する. これまでの経験をもとに, 安全な医療行為を行う上で, 聴覚障害のある医師に必要なスキルは, セルフアドボカシースキルを活かして, 人間関係を構築してコミュニケーションをとり, 組織と医療資源を適切に見極めることであると考える.
2025年11月に100年目となるデフリンピックが日本で開催される. 我が国で初めて聴覚障害者として薬剤師となりデフリンピックの日本選手団の医薬品を担当する立場から, デフリンピックとの関わりを通して培ってきた知見をもとに医療従事者として知っておくべき医療現場での聴覚障害者の対応についてまとめた.
私は看護師生活49年, てんかん当事者35年, うつ病からのリカバリー16年となる. 病とともに過ごした職業生活を振りかえりたい. 誰もが失敗から学ぶ権利がある. 私もてんかん患者としてたくさんの失敗を重ねてきた. しかし, 「発作の主体的コントロール」というストレングスを蓄積することができた. 病や障害や諸事情に必要な配慮について知恵を絞り, 試み, 可能性に賭けていきたい.
吃音症は言語障害であるが, 発達障害者支援法の対象疾患である. 吃音症は流暢に話せる時間が多いが, 時々, 吃音が出て流暢に話すことが妨げられる2面性がある. 成長するにつれて, 吃音を隠す工夫を覚えて, 学校生活に適応できつつあるが, 自分の吃音を客観的にとらえることが大切となってくる. 吃音がある医師として, 周囲の理解を得ながら, 自分の吃音を向き合うことに必要な情報を共有する.
東京大学ではこれまで, バリアフリー支援室や医学部附属病院などにより, 障害のある構成員のインクルージョン, 学術研究のコ・プロダクション, ピアサポートワーカーとの協働に取り組んできた. これらの活動が合流する形で, 2021年, 医学のダイバーシティ教育研究センターを設立した. 本センターでは, 障害のある医療人材の活躍できる環境・文化を構築するため, 医学教育に社会モデルの視点を導入し, もっともコ・プロダクションが実現しにくい分野である医学領域におけるその実装・普及を目指している. センターでは現在, 医学部における教育プログラムの運営, 学生主導による調査研究などの教育・研究活動を行っている.
順天堂大学では, 健康格差の社会的決定要因 (social determinants of health: SDH) 教育の一環として, ろう・難聴者への医療の現状を学び, 医療者に求められることを考える選択実習 (基礎ゼミ) を医学部3年次に行っている. 2022年, 23年には, ロチェスター大学医学部が行っているロールプレイ体験実習「Deaf Strong Hospital」に着想を得て, 「手話の病院」を実施した. それに伴い, 手話言語やろう文化を知る機会を設けている. 医療へのアクセスを阻害するSDHを見出すのみならず, それまで気づかなかった内在する思い込みや偏見に学習者が気づく, 変容的学修となっている.
鳥取大学医学部ではカリキュラムの改変を機に, 2008年度から医学科学生に教養科目として手話言語教育を実施している. 必修科目の基礎手話言語では, コミュニケーションの基本となる手話表現とともに, 聴覚障害者が社会で直面する課題と必要な配慮について学修する. 選択科目の医療手話言語では, 医療現場のコミュニケーションに必要な手話表現とともに, 聴覚障害者が病院で直面している課題と必要な配慮について学修する. このような取り組みの結果, 本医学部から手話言語教育を受けた多くの医師が輩出されており, 聴覚障害者が安心して受診できる医療の提供に貢献している. 今後は, 全国の医学部に手話言語教育が広がっていくことが望まれる.
本報告書は, 米国ニューヨーク州ロチェスター市におけるろう・難聴学生向けの包括的教育, 医療サービスと研究の先進的取り組みに焦点を当てている. 特にロチェスター工科大学 (RIT) 及びその内部機関である国立ろう工科大学 (NTID), そしてロチェスター大学 (UR) で展開されている教育プログラムは, ろう・難聴者が健康科学, 医療分野で専門職として活躍するための教育とキャリア支援を提供している.
これらの教育機関は, ろう・難聴者が専門知識を活かし, 医療現場や科学研究の場でリーダーとして機能するための環境を整えており, 彼らのニーズに積極的に応えている. また, ロチェスター大学附属病院は, ろう・難聴者の医療従事者が臨床現場で活躍できるよう, 医療現場に充実した通訳支援システムを備えている. このような組織間の連携とインクルーシブな取り組みは, ろう・難聴者が社会の一員として完全に機能し, 専門職としてのキャリアを築くための重要なモデルなっている.
欠格条項の改正後, 聴覚障害をもつ保健医療従事者は増加しており, 様々な分野で活躍しているが, その総数は明らかでない. 就労環境は充分整備されているとは言い難く, 個々の努力や職場ごとの試行錯誤で成り立っているのが現状である. 保健医療資格を目指す高等教育機関への入学者はまだ少数派であり, 教員や指導者も聴覚障害者と協働した経験が少なく, 理解が進んでいない. 卒業後も研修やキャリアアップの課題がある. 多様性を考慮した医療サービスの提供のためにも聴覚障害をもつ保健医療従事者がいることの意義があり, 情報保障やコミュニケーションに配慮した, よりよい就労環境の構築のための情報共有や支援制度の整備が求められている.
先天色覚異常は, 男女40人に1人という高い頻度で存在する感覚の多様性の一つである. その特徴は, 外見ではわからず, 配慮を必要とする人が配慮を求めないことであり, 色分けや色名で伝える情報や指示が, 姿の見えない当事者に正確に伝わっていない可能性を考える必要がある. 多様な色覚への対応は, 単に色覚異常を持つ医学生への教育上の配慮に留まらず, すべての医療者にとって, 医療チーム内, 医師患者間の日常的なコミュニケーションの中でも必要である. また, 人々の健康を守る医師になる者にとって, 色覚異常に対するかつての優生学的な社会的対応を振り返ることは, 多様性を認め合う社会において遺伝子差別をどう防ぐかを考える機会を与える.
近年, 全国障害学生支援センターに寄せられる相談や大学対象の調査結果から, 医療系学部における入試やカリキュラムの構造, 教職員の態度・文化において課題があることがあることが示されてきた. 医療系大学の関係者は「障害の社会モデル」を理解し, 障害のある医療者と共に社会的障壁を同定し、除去していくことが急務である.
医学生共用試験は, 臨床実習前に行われるCBT (Computer Based Testing) と臨床実習の前後で行われるOSCE (Objective Structured Clinical Examination) があるが, 2023年度から臨床実習前の医学生共用試験が公的化されたことを契機に, 共用試験実施評価機構内に合理的配慮支援委員会が設置され, 各試験の合理的配慮が検討されている. 合理的配慮は, まず受験者の申請から始まり, 受験者と大学との建設的な対話によって検討が進められる. また, 実習を行っている様子を録画したものを提供していただき, できる限り客観的な根拠をもとに検討を行い, 受験者が診療参加型臨床実習や臨床研修の場面を想定した合理的配慮を提供し, 円滑な試験実施を進めていきたい.
社会の多様性と包摂をもとめるマイノリティ運動は, 個人の変化ではなく社会環境の変革によって障害者の不利益をなくし, 公正な社会を目指す, 障害の社会モデルへのパラダイムシフトを引き起こした. この新しいパラダイムの下で, 医療や医学は, 障害などの少数派性をもつ医療ユーザーや同僚を包摂すべく, その物理的環境や人的・文化的環境を変革していく必要がある. 特に, 障害のある人々の健康格差を是正し, 誰一人取り残さない医療を実現するために, 医療者の中に障害などの少数派性をもつ人々が同僚として参加できる環境を整えることが不可欠である.
背景 : 高知大学医学部医学科AO入試は知識だけでなく対人関係の能力やプレゼンテーション能力に優れる人物の選抜を目的とする. 入試でグループワークやプレゼンテーション評価を経て入学した学生は, 卒業後に至っても持続的に対人関係の能力やプレゼンテーション能力を維持するか検討した.
方法 : 対人関係の能力やプレゼンテーション能力に関する臨床研修指導医による評価を, AO入試入学者とその他の選抜入学者間で比較した.
結果 : 患者-医師関係, チーム医療, 症例呈示において, AO入試入学者がその他の選抜入学者より有意に優れていた.
考察 : 高知大学医学部医学科AO入試は, 対人関係の能力やプレゼンテーション能力を評価する選抜として有用だと考えられる.
Objective: This retrospective study was conducted to investigate whether medical students have ever bandaged patients' limbs, whether they feel confident in their ability to bandage, and whether their bandaging skills are adequate.
Methods: The study included consecutive fifth-year medical students who had not been taught bandaging knowledge and skills. In total, 232 students (163 men, 69 women) participated in the study. Prior to the practical session, the students' experiences and confidence in bandaging were assessed. During the practical, an evaluator assessed the students' bandaging skills, determining the correct application of bandages and assigned a numerical score. Correlations were analyzed using the Chi-square test.
Results: Of the medical students in this study, 60% had not bandaged a limb by their fifth year, and 91% lacked confidence in their bandaging ability. Only 32% of students could correctly apply a bandage with a perfect score. No significant relationships were identified between experience and bandaging skill (P = 0.64) or confidence and bandaging skill (P = 0.36).
Conclusions: Bandages must be applied perfectly to prevent loosening and contamination of the wound. Nevertheless, most medical students had not bandaged a limb, lacked confidence in their bandaging abilities, and were unable to correctly apply a bandage. It is imperative that medical educators teach bandaging skills to medical students and provide ample opportunities for practice.