マギル大学医学部ではカリキュラム開発の長い歴史のなかで, 患者の心身の健康の向上のための医療を実践する医師を育成することを軸としながら, 常に時代に合わせた効果的な教育の検討がなされてきた. 現行のカリキュラムMDCM2013では, 医師としての2つの役割としてProfessional (専門家) とHealer (癒し人) を挙げ, 各々に具体的なカリキュラムが開発されている. これらの "質の高い患者ケアを実践する医師の育成" に関わるカリキュラム開発の概念的な枠組み, 教育方法, 評価は, わが国でも同様に具体的なカリキュラムの開発や実践に関する議論が進むことが期待される.
マインドフルネスとは「今, この瞬間の体験に意図的に注意を向け, 評価をせずにとらわれのない状態でただ見ること」と定義される. このマインドフルネスを活かした医療者教育の目的は, 実は2つある. 1つ目は, 一般にも知られているように, ストレスマネジメント, セルフケアを通じてプロフェッショナルな医療者としての自己を支えることである. そして2つ目は, 患者ケアの質の向上に役立てることである. 本稿では, 特に後者のマインドフルネスを活かした「患者ケアの質の向上」について, 世界の医療者教育の潮流に触れながら, わが国のマインドフルネスを活かした医療者教育の方向性を探っていく.
マギル大学でのWhole Person Care教育では, 癒しを促進する全人 (whole person) として関わり, より良い医療を患者に提供できる有能かつ思いやりに溢れる医師を育成することを目的としている. その教育は全4年間のカリキュラムにおいて段階的に行われている. 授業, 小グループ (20人) による体験学修, シミュレーション教育, パネル討論会などが実施されている. 様々な演習やワークを通して双方向性のユニークな体験学修を促進しており, 変容的学修を目指している. 今この瞬間の現実 (自分, 相手, 状況) に気づきを向けながら, 自分自身のあり方を見直し, 全人として存在する態度を身につけることが肝要である.
マギル大学のWhole Person Care教育は, コア・カリキュラムとして実践されている. その中核である「マインドフルネスにある臨床実践コース」では, 学生が「何も知らない」状態から「知っている」状態へ, そして「実感する」体験を提供し, それを「実践する」優れた医師を育成することを目標にしている. このコースにおいてコア・コンセプトであるマインドフルネスにある深い気づきと臨床的調和を概説した. その教育は様々な演習やワークを通して学生が体験学修できるように構成されている. 日々の生活で身体感覚, 思考, 感情に気づきを深め, コミュニケーションの態度を自覚しながら, 学生がWhole Person Careを実践できるように取り組まれている.
医師は, 苦悩する患者の話を傾聴し, 応答することを求められている. しかし, 他者である患者の苦悩にどのように応答したらよいのであろうか. 緩和ケアの対象が広がり, 「Serious Illness」を持つ患者に対して, 治癒の有無にかかわらず緩和ケアを提供することが強調されるようになった. がん以外にも, 心不全, 呼吸不全, 脳血管障害などの患者の苦悩に向き合うことになったが, その治療医は苦悩への向き合い方も, 苦悩への応答の方法も, 手探りの状況である. Whole Person Careはマインドフルネスを通じて, 自分自身を調えていくことにより, 苦悩する患者と向き合うことが可能になるための体系的な教育プログラムである. 本稿では, 「患者の苦悩への応答」の概要を説明する.
背景・目的 : 入学後早期における初年次医学生のメタ認知と精神的健康の関連を明らかにすることを目的に調査を行った. 方法 : A私立医科大学の初年次医学生を対象に, 成人用メタ認知尺度とGHQ-12を用いて質問紙調査を行った. 結果 : 有効回答者数は80名であった. メタ認知合計得点と下位尺度のモニタリング得点は, GHQ-12合計得点との間に負の相関が見られ, また精神的健康群と精神的不健康群の間にも有意な差が認められた. 考察 : 本調査の対象者に関しては, 精神的に不健康な学生はメタ認知, 特にモニタリングの力が弱い可能性が考えられた.
背景 : 人間特性に応じて作業や環境等を設計するヒューマンファクターズ (HF) の理論は医療安全に寄与する. 一方, その体系的な教育は十分になされていない. 本演習ではHFの説明モデルであるSHELを用いて演習を設計, 実践した. 方法 : 本モデルの構成要素であるソフト : マニュアル設計, ハード : 医療機器設計, 環境 : 作業環境改善, ライブウェア (本人) : 人間特性, ライブウェア (他者) : チームワーク等について10回の演習を実施した. 省察 : SHELを用いたHF演習により, 安全上の問題に対処するための手続き的知識の獲得やHFへの理解促進が期待される. また日常的なエラーも題材にすることで, 学生の学習意欲向上が期待される.
「医学はサイエンスに基礎づけられたアートである」と言われるが, 日本の医学教育において, サイエンス分野の教育に比べ, アート分野の教育は十分に実践されていない. 米国の医学生を対象に行った調査では, 文学, 音楽, 演劇, ビジュアルアートなどの人文学に接している医学生は, 共感性, 感情評価, 自己効力感が良好であった1). 欧米を中心に実践されているMedical humanities (医療人文学) 教育は, 非人間的な医療実践, 医学生や医療者の非人間化を克服するための, 人文学科目による価値教育であり, 人間性, 利他主義などの医師のプロフェッショナリズムの涵養にもつながる. 本稿では, 国内の医学におけるアート分野の教育のうち, 人文学とアートを使ったプロフェッショナリズム教育の実践例として, 「哲学対話」と「インプロ (即興演劇) 」を取り上げる.