アウストラロピテクスは人類の祖先であり,東アフリカ及び南アフリカで生息したと考えられている.A.L.288-1 の整理番号を付けられたアウストラロピテクス・アファレンシスの一個体については,化石の保存状態が良いため多くの解剖学的・形態学的データが得られ,この個体を対象として多くの研究がなされてきた.これまでの研究を通して,A.L.288-1 が2足歩行を行っていたという点について見解は一致しているが,一方でその歩行様式については見解が収束していない.論点はA.L.288-1 が現代の人間による直立2 足歩行と同様の歩行動作を行っていたか,あるいは現代のチンパンジーの様に膝関節と股関節を屈曲した歩行動作を行っていたのか,である.筆者らは,A.L.288-1 による2 足歩行動作について,筋骨格系シミュレーションを用いた考察を行ったので,本稿ではその概略を解説させて頂く.モデリングとシミュレーションに際しては多くの先行研究において報告されたデータや知見を整理し活用する必要があったので,そこでのキーポイントについても述べる.シミュレーションにより以下の二つの結果が得られた.(1)現代の人間と同様の直立2 足歩行は,チンパンジーのように膝と腰を屈曲した歩行動作に比べて2 倍程度エネルギー効率が良かった.(2)膝と腰を屈曲した歩行動作は直立2 足歩行に比べて機能的安定度がやや高いという結果が得られたが,その差は僅かであった.A.L.288-1 の歩行においてエネルギー消費と機能的安定度のどちらがどの程度重要であったかは考察が難しいが,この研究の結果からは膝と腰を曲げた歩行様式にそれ程の利点は無い様に考えられた.
抄録全体を表示