伝統木造建造物用材の入手難が顕在化している。本研究では,国有林の大材生産政策の通史とその特徴,今後の課題の解明を試みた。産業の近代化や軍備のために大材が必要であるという基礎的認識が明治初期に形成され,1899年に大材生産の基本方針が,1919年に保続生産の具体的方法が定められたが,戦時下の1940年にそれらは破綻した。1955年に大材生産の目的を良質の特殊材の供給に限定し,大材生産林の面積を最小限度の約36,000 haとする新方針が提示されたが,その後の増産指向下でその面積は5,000 ha以下に減少した。1974年に新たな仕組みが提示されたが,1991年の国有林野経営規程改正に伴って廃止され,生産群制度の中で大材生産が行われるようになった。1998年の国有林野事業の抜本的改革を経て,現在では森林管理局ごとの方法で大材生産が行われている。国有林は近現代を通じて大材生産の主体と位置付けられてきたが,大材生産政策は国有林政策の基調変化に伴ってしばしば変化してきた。一部の森林管理局では関連資料が保存されていないことも明らかとなった。今後は,民有林を含めた大材生産政策のあり方の検討が重要である。
暖温帯域のニホンジカが高密度で生息する人工林伐採跡地において,シカの採食圧の大きさおよび隣接落葉広葉樹林からの散布種子が天然更新へ及ぼす影響を検討した。落葉広葉樹林の隣接の有無に関わらず,人工林伐採後に供給される被食散布種子の量は極めて少なかった。また,落葉広葉樹林が隣接する伐採跡地のシカ柵内において被食散布型の樹種であるアカメガシワが優占した。アカメガシワは寿命が短い先駆性樹種であるため将来的な林冠構成種とはならないものの,伐採跡地の天然更新の初期段階において重要な役割を果たすと考えられた。一方,ケヤキやシデ属などの風散布種子の供給は年次変動があるものの,シカ柵内において風散布種子由来の稚樹が柵設置4~5年後に更新基準である樹高1.5 mを上回ったことから,暖温帯域においても風散布型の樹木で構成される落葉広葉樹林は天然更新に一定の役割を果たしていると考えられた。シカ柵の外側では樹高1.5 mに達した後生樹は,隣接する落葉広葉樹林の有無に関わらず確認されなかった。ニホンジカが高密度で生息する地域において,人工林伐採跡地の天然更新を促進させるためにはシカ柵の設置が必要不可欠である。
ニホンジカの分布拡大やそれにともなう森林の立木剥皮が,日本各地で報告されている。このようなニホンジカによる剥皮を効率的に防除するためには,剥皮発生に影響する要因を対象地域で明らかにする必要がある。本研究では,関東付近の9都県において,ニホンジカの密度指標の一つである目撃効率,傾斜,積雪深,立木の胸高直径,樹種と,ニホンジカによる立木の剥皮発生確率との関係を,調査地ごとと立木1本ごとで解析した。解析は,全都県および岐阜県,山梨県,栃木県について行った。その結果,調査地ごとの剥皮発生確率は,全都県と各県で積雪深が大きくなると高まるが積雪深がさらに大きくなると減少する一山形の傾向を示した。ニホンジカの目撃効率や傾斜が調査地ごとの剥皮発生確率に与える影響は,都県間で傾向が異なっていた。立木ごとの剥皮発生確率は,ニホンジカの目撃効率が大きいほど高まっており,ニホンジカによる剥皮の嗜好性は都県間で比較的共通していた。以上の結果から,ニホンジカによる剥皮発生に影響する要因は,関東付近の9都県においては比較的一貫していることが明らかになった。
本研究では,立木を叩いた際に発生した音を画像化し深層学習を用いて樹高,材積を推定した。立木20本の樹幹を1本につき100回打撃した際に発生した音を録音,0.6秒間における各周波数の音圧を表したスペクトログラムを10,000枚作成し入力画像とした。深層学習システムはNNCを,深層学習アルゴリズムは出力層を回帰層としたLeNetを用いた。学習用データを5セットに分割し,三つの学習パターン(LP-Ⅰ:訓練事例8割,未知事例2割,LP-Ⅱ:大中小三区分から1本ずつ抽出した木を未知事例,LP-Ⅲ:2本ずつ抜出した木を未知事例)の樹高,材積を推定した。推定精度の検証には平均絶対誤差,平均絶対パーセント誤差および決定係数を用いた。その結果,各学習パターンの未知事例に対するR2値は,LP-Ⅲの樹高(0.3672)を除き,非常に高い値(0.9192から0.9996)を示した。LP-Ⅲの樹高では,30 m以上が過小に,30 m以下が過大に推定される傾向を示した。一方,材積はどの学習パターンにおいても全体的に偏りのない推定を行うことができたことから,本手法は材積推定において有効であることが示唆された。
令和4年(2022年)日本森林学会誌論文賞
この論文は、立木を打撃すれば樹高が推定できそうだという素朴なアイデアを、音情報の画像化と深層学習によるスペクトログラム画像解析といった今日的な技術を組み合わせることで実装したもので、新規性という点で高く評価できる。また、近年の森林計測分野ではレーザー測量や写真測量によって樹木サイズを計測する試みが多くなされているが、本論文ではレーザーや写真以外の情報源として打撃音が有効であることを示した点で、学術的発展性を有するものと高く評価できる。さらに、著者らは今後に取り組むべき課題を複数提示しており、これらを一つずつ解決することにより、将来的には、測定対象木を数回打撃してその場でスマートフォンに録音するだけで樹高や材積が推定可能なシステムが開発される可能性があり、高い社会的波及性のほか進歩性も期待できる。
台風の高潮で形成された海岸林内の砂礫堆積物上にクロマツ苗を効果的に植える方法を検討するため,植え穴への園芸培土の混入量(なし,1 L,3 L),砂礫堆積物の厚み,およびシンクイムシ被害が植栽後1成長期の生残・成長に及ぼす影響を評価した。導電率やイオン濃度の測定から,台風から5カ月後の苗木植栽時にはその成長に影響するほどの塩分は砂礫堆積物中にはないと考えられた。一般化線型モデルによる解析により,園芸培土を施用しない場合には枯死本数が多いことが示された。苗高の成長量にはシンクイムシ被害が負の影響を及ぼし,根元径の成長量には砂礫堆積物の厚みとシンクイムシ被害が負の影響を,園芸培土の混入が正の影響を及ぼすことが示された。苗木1本当たり1 Lの園芸培土混入よりも3 L混入の方が直径成長量は有意に大きかった。砂礫堆積物上でクロマツ苗を健全に育成するには,シンクイムシ被害の防除とともに,堆積物が厚い場所ではより多くの園芸培土の施用が必要と示唆された。
マツ類のせん定がマツ材線虫病の罹病リスクに及ぼす影響を明らかにするために,2020年7月中旬に健全なアカマツ生立木6本の樹冠に比較的強度なせん定処理を行い(処理区),幹や枝条に形成されたマツノマダラカミキリ成虫の後食痕数および産卵痕数を無処理木6本(対照区)と比較を行った。せん定処理後の調査期間に形成された後食痕数は,処理区と対照区それぞれ木あたり4.7個と4.0個で,処理の影響は認められなかった。一方,産卵痕は処理区のみで木あたり1.8個形成され,処理の影響が認められた。これらの結果,性成熟したメス成虫はせん定箇所から放出される揮発性物質に産卵誘引された可能性が示された。せん定処理は成虫を産卵誘引し,マツノザイセンチュウをマツに伝播するする可能性があるため,本種成虫のセンチュウ保持数が多い時期を避けてマツ類のせん定を行うことで,マツ材線虫病の罹病リスクを軽減できる可能性がある。
無人航空機(UAV)を用いて撮影したトドマツの樹冠から,畳み込みニューラルネットワークを基にした画像認識アルゴリズムであるYou Only Look Once(YOLO)v4を用いて球果を検出するモデルを構築し,その精度を検証した。356枚,合計6,138個の球果が写った画像で学習を行い,構築したモデルを92枚,合計1,692個の球果が写った検証用画像に適用した結果,88.5%のaverage precision(AP)が得られた。一方で,白く円形の小型物体を誤検出したfalse positiveや,密集した球果を検出できなかったfalse negativeの事例があり,これらの解決は今後の課題と考えられた。YOLOv4を用いてUAV撮影画像からトドマツの球果を検出することは可能であり,今後,採種園で球果を生産した個体の確認に有用と期待される。