近年,歯科領域において失われたエナメル質,象牙質などの歯質や,歯そのものの再生を治療目的とする再生療法の開発が期待されている.興味深いことに,歯髄前駆体細胞あるいは歯髄幹細胞などが象牙質の再生に関与することが示唆されている.したがって,幹細胞を用いた細胞導入の治療法が,従来のう蝕治療法や覆髄法に代わる有効な手段となる可能性がある.これまでにわれわれは,ヒト骨格筋組織から確立したα7 integrin陽性筋芽細胞が幹細胞の特徴である自己複製能と,骨芽細胞や脂肪細胞への多分化能を有したヒト骨格筋幹細胞であることを報告した.そこで本研究では,このα7 integrin陽性筋芽細胞を用いた象牙質の再生を目的に,象牙芽細胞への分化のメカニズムについて基礎的検討を行った.フローサイトメーターを用いて分取したα7 integrin陽性筋芽細胞をhanging drop法を用いて胚葉体様の細胞塊にした後,レチノイン酸(RA)存在下で3日間,浮遊培養させ,その後,ゼラチン上に細胞を播種し,bone morphogenetic protein-4(BMP-4)存在下で7日間,培養を行い,象牙芽細胞への分化誘導を行った.そして,形態学的な観察と硬組織形成能に加え,象牙質に特異的なマーカー(dentin sialophosphoprotein(DSPP):象牙質シアロリンタンパク,dentin sialoprotein(DSP):象牙質シアロタンパク)について,遺伝子発現と免疫染色法を用いて検索を行った.さらに,象牙芽細胞分化誘導前後の細胞表層タンパクintegrinの発現変化をフローサイトメーターを用いて観察し,ラミニン-1,-2とコラーゲンタイプIといった,細胞外マトリックスに対する細胞接着能と運動能について解析を行った.RAとBMP-4を用いた象牙芽細胞への分化誘導により,著明なDSPPの発現が遺伝子レベルで観察された.さらに,明瞭な形態学的変化とDSP陽性細胞の観察に加えて,硬組織形成能が認められた.また,象牙芽細胞への分化誘導により,α7 integrin陽性筋芽細胞にはα1 integrinとαVβ3 integrinの強い発現が観察され,コラーゲンタイプIに対して強い接着能と運動能を有することが明らかになった.これらの結果から,ヒト骨格筋組織から確立したα7 integrin陽性筋芽細胞は,RAとBMP-4により象牙芽細胞様細胞に分化するヒト骨格筋幹細胞であることが明らかになり,この幹細胞を用いた細胞導入の治療法が,従来のう蝕治療法や覆髄法に代わる新規な手段となる可能性が示唆された.さらに,この象牙芽細胞様細胞はコラーゲンタイプIに対して強い接着能と運動能を有し,この分化過程においてα1 integrinとαVβ3 integrinが関与することが示唆された.なお本研究は,カリフォルニア大学サンフランシスコ校生命倫理規定と愛知学院大学歯学部倫理委員会の認可の下行われた.
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