心身医学はドイツで発祥し,その後,米国で発展した.ドイツでは心身医学講座が各大学にある.米国ではリエゾン精神医学,基礎研究,行動医学を中心に発展した.日本は米国から心身医学を取り入れたが,目指す方向はドイツ心身医学に近い.2005年以降,日本心身医学会の会員数は減少傾向にあるが,これは大学の心身医学講座に属さなくても,標準的な心身医学を学ぶ機会が増加したことの表れかもしれない.筆者は,以下のテーマで心身医学の臨床と研究を進めてきた.①低栄養状態が心身に与える影響の研究,②摂食障害への有効な心理療法の普及,③社会的な要請に基づく摂食障害患者や家族を対象にした電話やメール相談や医療連携推進活動.そのような活動を続けているが,依然として,専門医につながる治療先の確保や遷延化した病態への治療に課題が残存している.
近年,医学の進歩によりがん,感染症,糖尿病,膠原病などは治療成績が大幅に改善した.しかしながら,摂食障害を含むストレス関連疾患は,治療法の確立が不十分で,患者とその家族の苦悩は大きい.薬物療法のみでは解決が困難なこれらストレス関連疾患には,統合的な医療を目指す心身医学の貢献が不可欠である.
1962年,池見酉次郎は,心身医学は医療に心理学を取り入れることによって医学の再調整をはかることを目的としていると著書に記した.1982年,石川中は現代医学が限界に来ている,また他者制御の医学に代わり自己制御の医学が新しい医学であると著書の中で述べている.これらは原点といえるだろう.60年を経た今,心身医学は,各診療科専門領域,慢性疼痛,がん・緩和医療,プライマリ・ケアなどへ広く発展したが,一方で役割が減少した医療現場もある.原点は今に生きているのか,原点を踏まえて,心身医学が今後取り組むべき未開拓の医療分野について考える.
今や心身医学の考え方や患者を診る視点は医療全般に広く浸透しているといっても過言ではない.現在では,心理社会的なストレスと身体疾患との関連は心療内科以外の診療科でも扱われることが普通になった.一方,心身医学の考え方は概念が出た当初の革新的なものから普遍的なものへと変化しているという見方もできる.心療内科の魅力は今も変わらないはずであるが,心療内科の魅力を時代に合わせて変化や発展させていくことも重要と思われる.心身症の定義や概念はこのままでよいのか,未来に向けて何が必要かなどについて心療内科医にアンケートを行った.心身症については現状でよいという意見が多かった.未来に向けては,新しい魅力を作り,それを伝える戦略が必要という意見が多かった.
私が心療内科を志した理由は「心身医学は未開の荒野だから」というものであった.心療内科は格好の新しい世界の入り口に思われた.卒業後すぐに心療内科に入り,初年研修では深町建先生のもとで摂食障害の治療の指導を受けた.九州大学心療内科研修では,心身症の治療に苦労した.長門記念病院では塵肺症の心身症治療を経験した.大学院では神経免疫調節系の研究を行い,ストレス負荷による脳内サイトカイン発現定量のために,高感度検出系の開発を行った.その後米国国立衛生研究所(NIH)へ留学,分子生物学的手法による脳内神経伝達物質の研究を行った.帰国後,バイオフィードバックによるジストニアの治療を行いながら,九州大学の病棟や医局の運営を行い,心療内科の現実面を経験した.福岡歯科大学では,地域医療における心身医学を実践しつつ,歯科と共同して口腔心身症の治療を行っている.30余年を経て,当初の志の行方について振り返ってみる.
医学部卒業から心身医療を志して35年以上を経過した一人の心療内科医として,その研修・研究の軌跡を振り返り,達成できたこと・できなかったこと,今後の課題,および若手医師に伝えたいことをまとめた.心身医療は「人は変わることができる」喜びを患者とともに享受できる醍醐味があり,そのおもしろさをより多くの若者に実感していただきたい.
筆者は1990~1991年の1年間,勤務していた佐久総合病院から派遣され,九州大学心療内科に研究生として在籍した.佐久総合病院は地域医療の実践で知られる病院である.自院に戻った後,心療内科と精神科の診療を担当し,病院の管理業務にも携わりながら今日に至る.
本稿では九州大学心療内科で学んだことを振り返り,佐久総合病院の地域医療のかたちを作った若月俊一の思想の一端を紹介したうえで地域医療,心身医療について私見を述べたい.筆者は医療とはすべからく心身医療であるべきと考えている.専門分化が進む中,心身両面を偏りなくみる心身医療の患者把握は本来すべての診療科の中に取り込まれるべきである.そして,地域医療は個人を取り巻く家族やその生活,地域社会も含む,さらに広い視野の中に患者をとらえている.時代の大きな転換期に臨み,われわれ医療者は疾病の診断・治療のために専門性を追求する一方で,広く社会的な視野の中に人間や疾病をとらえる目をもたなければならない.
背景:身体症状症は,一般的には難治で予後不良な疾患とみなされている.しかしながら,身体症状症の治療転帰を調査した研究は少ない.このため,身体症状症の1年後の治療転帰を検討した. 方法:対象は,2018年4月~2019年3月の間に当科外来を受診し,「身体症状症,持続性」と診断された患者35例(男性9例,女性26例)で,平均年齢は54.5歳であった.診療録に記載された患者の自覚的な身体症状の変化についての報告をもとに1年後の治療転帰を評価した. 結果:対象者のうち,16例(48.5%)で症状が改善していた.一方で,通院を継続しているが症状が改善していない難治例が5例(15.2%),中断例も16例(45.7%)認められた. 結論:身体症状症の治療転帰は従来いわれているほど悪くはないことが示唆された.ただし,治療を医師のみで行うことには限界があり,今後は心理職との連携による治療の工夫が必要であると考えられた.