人工知能(AI)は2000年から始まった第3次AIブームにより実用段階に入り,実際の社会で広く利用されるようになった.技術の進歩によりAIが創造的なタスクも実行できるようになった.AIは医療のさまざまな場面で活用されはじめており,特に画像診断分野では,AIによる病変検出や疾患分類が実用化されつつある.今後のAIの進歩により,医療の幅広い分野での応用が期待され,診断支援や作業の効率化が期待されている.
AIは患者のデータ分析や診断を支援するが,患者の感情や心理状態を理解し,共感に基づいたコミュニケーションを取る能力は,人間にしかない.心身医学においては,患者の感情や心理的状態を把握し,それに基づいた治療を行うことが重要である.AIは診断やデータ分析において有用なツールであるが,患者との信頼関係を築き,個々の患者に合わせた治療計画を立てる能力は人間の医師に依存している.したがって,AI技術が進展する現代においても,医師の専門知識と人間性に基づく医療提供が求められる.
日本のオンライン診療は,段階的な法的枠組みの緩和を経て発展してきた.2020年のコロナ禍で大きく進展し,2022年には距離制限が撤廃された.オンライン診療のメリットである時間と場所の柔軟性により,心療内科の地域偏在問題の解決の一助になりうると考え,当院では2022年より,デジタルトランスフォーメーションとペイシェント・エクスペリエンスとを重視したオンライン診療主体のクリニックを運営している.予約から決済まで一気通貫型のシステムや,ICTを活用した集患などデジタルを最大限活かした工夫をしている.オンライン診療の課題として,身体症状評価や検査の困難さ,緊急時対応の限界などがある.今後の展望として,長期的研究データの蓄積,ガイドラインの整備,新技術の統合が求められる.心身の相互作用への着目を維持しつつ,オンライン診療と対面診療の適切な組み合わせにより,患者のQOL向上が期待される.
過敏性腸症候群(IBS)は,消化管の機能的異常によって慢性的な腹痛や便通異常を引き起こす疾患であり,生活の質(QOL)に大きな影響を与える.IBSの治療には,薬物療法とともに非薬物療法,特に食事療法が重要な役割を果たす.本論では,IBSのセルフマネジメントプログラムに焦点を当て,食事療法や腸内細菌叢の調整,そしてeHealthを活用した支援ツールについて議論する.特に,低FODMAP食事療法やプロバイオティクスの効果,eHealthによるIBS症状の軽減およびQOL向上への貢献について述べる.これらのアプローチを統合したセルフマネジメントプログラムは,患者が自己管理を効率的に行い,症状の改善を目指すうえで有効な手段となりうる.本稿は,今後のIBS治療におけるセルフマネジメントの新たな方向性を提示するものである.
近年,心身医学・行動医学分野において,日常生活でのリアルタイムな症状記録法であるEcological Momentary Assessment(EMA)が発展してきている.本稿では,EMAの基本概念とその臨床応用,さらにEMAデータを用いた介入手法であるEcological Momentary Intervention(EMI)について概説する.例えば,緊張型頭痛患者を対象としたEMA研究では,心理的ストレスが頭痛の増悪に先行することが示された.また,2型糖尿病患者を対象とした研究では,心理的ストレスが間食による摂取エネルギー増加と正の相関を示すことが明らかとなった.さらに,EMIを用いた介入研究では,食事摂取エネルギーの自動計算アプリケーションによる6カ月間の介入で,摂取エネルギーと体重の改善傾向が確認された.近年は機械学習の応用も進み,個別化医療の実現に向けた新たな展開が期待される.
近年,デジタルトランスフォーメーション(DX)が医療分野にも浸透し,特に心療内科・精神科における患者報告アウトカム(PRO)のデジタル化が注目されている.自己記入式質問紙を電子化したePROは,患者の主観的な健康状態をリアルタイムで評価し,データの正確性と効率性を向上させる.これにより,Measurement-Based Care(MBC)や分散型臨床試験(DCT)が可能となり,患者中心の医療が実現する.ePROの導入は,診療の質を向上させ,患者と医療提供者のコミュニケーションを強化し,治療効果を最大化するための重要なツールとなりうる.
現在,電子カルテの診療データや健康診断データ,薬局での調剤データなど,多様な医療ビッグデータが存在する.こうしたデータベースを解析可能なフォーマットに変換し,共通のヘルスケア・プラットフォームを構築したうえで,各データベースの情報を集約・統合することが大切となる.昭和大学では総合情報センターが中心となり,地域に分かれている附属病院の診療データを一元化している.さらに,患者が主体となって医療情報・健康情報を個人管理できる次世代型のPersonal Health Record(PHR)システムを開発して,社会実装中である.患者はスマートフォンを用いて,診療データベースに安全かつ簡便にアクセスし,自分の健康情報を引き出せる.さらにウェアラブル・デバイスで計測したリアルタイムの生体情報(血圧,自律神経機能,睡眠状況など)もシステムで突合できる.すべてのデータを瞬時に解析し,心身状態の変化をその場で本人にフィードバックできる時代が到来した.
背景:日本におけるがん患者の治療と仕事の両立支援は,多職種協働・連携で進められてきた.これまで医療従事者の視点(bio),職場の視点(social)からさまざまな知見が得られ,心理支援の必要性は示唆されているが,意思決定プロセスに着目した報告は少ない. 目的:本研究は,従来の視点に臨床心理学的視点(psycho)を加え,就労に伴う体験プロセスを明らかにすることを目的に実施した. 対象:診断時,就労継続していたがん患者26人. 方法:2017年8月から11月に,就労がん患者に半構造化インタビューを行い,「複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)」を援用して分析した. 結果:意思決定プロセスとして『確定診断前/「がん」と闘う/がんを抱える「自分」と闘う/新たな価値観で自分を社会に位置づける』という4つのphaseと,2つの心理的葛藤が示唆された. 結論:当事者の心理的な体験を踏まえた心理支援が期待される.