心身医学は, 患者を心理・社会・環境面も含めて全人的にみていこうとする. 社会疫学は 「健康格差社会」 を生み出す社会的決定要因を疫学的なアプローチで明らかにする研究分野である. つまり社会疫学は 「広義の心身医学」 の一部であることを意味する. 本稿では, 第1に健康格差の生成プロセスについて解明されてきた到達点をレビューする. 第2に 「健康格差社会への処方箋」 として使える対策を概観する. 第3に地域づくり方法や効果, そして臨床現場で今後の普及が期待される社会的処方について紹介する.
日本の医療面接は, ほぼ, 欧米でいわれていることに基づいている. 文化も医療システムも異なる日本において, それが正しいか, はなはだ疑問である. 特に心身症患者では文化的影響が強くあることも考えられ, 注意が必要と思われる. 筆者は日本人を対象に研究を行った.
患者さんから身体的情報を得るために必要な面接技法は, 「絞り込み」 「促進」 「まとめ」 が重要である. 患者さんから精神的情報を得るために必要な面接技法としては, 「不安な状態」 であることを患者さんが話すことは, 医師が 「自由質問法」 を使うこと, 「患者の解釈モデル」 を聞くこと, 「反映」 や 「是認」 を使用することと有意に相関があった. 「抑うつ気分」 については 「尊敬」 のみが有意に相関するらしい.
診療を満足させるような面接技法としては, 「反映」 と 「是認」 が患者満足度と有意に関連することがわかった. 患者中心性については, 疾患特異的で, 脂質異常症や不眠症の患者さんについては良好に働く可能性があるが, 患者中心度と尿酸値は有意に負の相関があった.
日本人の非言語コミュニケーションについては距離, 角度, 姿勢, 表情, 視線などが調査されたが, いずれも有意な結果が得られなかった. 医師のドレスコードなどについては, 70%以上の患者さんが白衣を身につけて, しかもボタンをしている医師を信頼していた.
日本の文化に合致した医療面接を駆使し, 心身症患者が健康で幸福に生きていけるよう, さらなる探求が必要と思われる.
妊娠・出産の時期, すなわち周産期は身体的・心理社会的な負担が大きく, したがって, この時期はうつ病など精神障害の発症・再発リスクの高い時期である. この妊産婦に生じるうつ病は, 子どもの成長や家族への影響も大きく, 原因の解明や有効な治療法の確立は重要な課題である. われわれは2004年から妊産婦を対象とした前向きコホート研究を実施し, これまでに複数の知見を得ている. 本稿では, 抑うつ的な妊産婦の心の理解と対応につながる, われわれのこれまでの研究成果を紹介する.
ヒマラヤ・ラダックの高地では村の至る所に五色の仏教の祈祷旗がはためき, 日常生活はチベット仏教に彩られています. 人々の暮らしは決して豊かとはいえませんが, 生活は笑顔と活気に満ちあふれています. 住民の幸福度は高く, 「あなたにとって最も幸せな時間はいつですか」 という質問には, 多くの住民が 「お祈りをしているとき」 と答えます.
高齢化の進んだわが国では, 核家族化の進行や若年人口の都市部への流出などに伴い, 単身で生活しなければならない高齢者が増えてきています. 都心では家族からも社会からも手を差し伸べられることなく, 放置されている高齢者も目立ちます. わずかでも支えがあれば, 残された人生を感謝の念で送っていくことができる高齢者が, 自宅で孤独死したり, 何らかのきっかけで自ら命を絶ったりといった悲劇も起きています. 「幸せな老い」 のためのヒントが, 高所に住む高齢者の生きざまにあるように思えます.
わが国は地球規模で進行する高齢化の流れの中でその最前線に立ち, 国内において高齢者対策が急務であるだけでなく, その過程で蓄積される知見を世界に提示・共有し, 対策を協働することを求められているのかもしれない. われわれはブータンにおいて村人や保健省とともに地域密着型の高齢者ケア計画を推進してきた. ブータンには, 人間を含めたすべての生き物との調和が長寿の源であるという考えがある. ブータンにおいて, わが国では治療可能な疾患に対し十分な医療を提供できていない現状がある一方で, 村のあちらこちらで高齢者が, 豊かな自然の中で, 家族, 親戚, 隣人たちによる手厚いケアを受けていた. ブータンの高齢者の現状を把握することはわれわれが発展とともに得たもの, そして失ったものを知るうえで重要である. 両国が課題と可能性を共有し, 交響しながらその地に即した高齢者ケアのあり方を追求していくことは意義があるのではないだろうか.
住民同士の支え合い活動の中で生まれる 「人と人」 ・ 「人と社会」 のつながりは信頼・規範・ネットワークを基盤とするソーシャル・キャピタル (social capital) の概念でとらえることができる.
今回の報告では筆者が地域包括支援センターの業務の中で出会った対照的なA・Bの例を紹介し, ソーシャル・キャピタルの概念を用い 「人と人」 ・ 「人と社会」 のつながりが心身の健康に与える影響について考察した. 同じ地域に住んでいてもAは地縁組織とまったく接点をもたず, 公的な支援も拒否しつづけた結果, 孤立死に至ってしまった. 一方Bは地域, ボランティアとつながり, さまざまな活動に参加し, 役割や生きがいをもって自立した生活を送っている. この対照的な2人の事例から, わが国の高齢者福祉の課題や今後の目標について示した. さらに地域で行われている 「だれでも食堂」 の事例から, 地域活動を通して信頼関係を構築し, 社会へつながるための自立支援の重要性を示した.
本稿では, 医療人類学の立場から 「フィールド医学」 の意義について述べた. わが国は大勢の外国人が居住する時代に突入した. フィールド医学は, 国外の国際保健の場だけでなく, 国内の日常の臨床場面に必要となってくるものだと考えられる. 世界各地の文化を背負った人々と, 友好な関係を築き, 適切な保健医療福祉を提供するためには, 「カルチュラル・コンピテンス=文化を理解し対処する能力」 が必要不可欠である. そのためにも, 私たちに内在している 「自民族中心主義」 を脱却し, 積極的に 「文化相対主義」 を身につけていくことが求められる. 今後, 私たちは調査研究を被験者や被調査者とともに協働して行っていく道を模索すべきであろう. そういう意味で, 本シンポジウムにおける発表者らの, ブータンにおける坂本氏の活動, ラダックにおける石川氏の活動, 東日本大震災の現場や埼玉県における岩垣氏の活動は, 先駆的なものだといえるだろう.
本稿は, 子育てにおける困難感と疲労感などの身体症状を同時に訴える母親に対し, 身体症状に対するアプローチを通して, 子育て困難感が軽減された事例についての報告である.
第一に, 母親が子育て相談に来た事例において母親の身体症状から扱っていくことの効果として, 身体症状がありながら子育てをしている状況に対し, 支援者からの共感的理解を示され安堵感を得られたこと, 同時に, 常に子育てに向いている母親の意識を母親自身の身体へと向けさせ, 自分自身をいたわってもいいという気づきを得られたことが考えられる.
第二に母親の身体症状そのものを扱うことの効果として, 身体症状が実際に軽減されると母親が精神的にも落ち着き, 子どもとの関わりにもよい変化が生じたことが考えられる.