史学雑誌
Online ISSN : 2424-2616
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128 巻, 3 号
選択された号の論文の4件中1~4を表示しています
  • 2019 年 128 巻 3 号 p. Cover1-
    発行日: 2019年
    公開日: 2021/08/26
    ジャーナル フリー
  • 2019 年 128 巻 3 号 p. Cover2-
    発行日: 2019年
    公開日: 2021/08/26
    ジャーナル フリー
  • 明治期における天皇の軍事顧問機関
    飯島 直樹
    2019 年 128 巻 3 号 p. 1-36
    発行日: 2019年
    公開日: 2021/08/26
    ジャーナル フリー
    元帥府とは1898年に天皇の「軍事上ニ於テ最高顧問」の役割を帯びて設置された機関である。一方で、1903年に設置された軍事参議院は天皇の帷幄で重要軍務の諮詢を受けることを目的とし、元帥のほか陸海軍要職者から構成され、多数決制や議長の表決権などの議事規程も備えた合議制諮詢機関であった。
     両機関は「軍事顧問府」として宮中に存在し、戦前は枢密院と対比されるような国家機関として位置づけられていたにも関わらず、先行研究では陸海軍の運用統一を図る統帥機関として有効に機能しなかったという低評価が定着していた。
     そこで本稿では、大元帥たる天皇が求めた「軍事顧問府」という視点に改めて着目し、軍事輔弼機関としての元帥府・軍事参議院の成立過程を再検討することで、日清・日露戦間期における天皇と陸海軍との関係形成の新たな一側面を描出することを目的とした。その成果は以下の通りである。
     元帥府の設置は、日清戦後の軍制改革で焦点となっていた監軍部廃止と特命検閲使の不在化を回避することが直接的な要因であった。ただし、その背景には明治天皇が個人的に信頼し自らの軍事顧問官と認識していた山県や小松宮彰仁親王ら現役大将の現役留置の意図も含意されていた。明治天皇は疑念のある帷幄上奏事項を積極的に諮詢し、元帥全員一致の奉答を得ることで、当局と元帥府との「協同一致」による輔弼を求めていたのである。
    一方で、明確な議事規程がないが故に合議の拘束性が弱い元帥府では、陸海軍当局や元帥間でも意見が一致しない事態も生じ、「軍事顧問府」としての限界を次第に露呈するようになる。議事規程を整備し構成員に元帥を含む軍事参議院設置は、天皇の帷幄における「協同一致」の論理を阻害しかねない元帥府の改革が志向された結果であった。このことは、「軍事顧問府」の制度化とともに、大元帥たる天皇の裁可の制度化をも意味していたのである。
  • 共和政末期ローマの立法過程と元老院
    内田 康太
    2019 年 128 巻 3 号 p. 40-64
    発行日: 2019年
    公開日: 2021/08/26
    ジャーナル フリー
    共和政末期ローマの政治史研究において、国民が政治的な意思決定に対して重要な役割を果たしたことは、今や広く受け入れられている。こうした研究潮流を背景に、近年、コンティオと呼ばれる政治集会で聴衆の示す反応が、法案の成否を左右する要因として度々指摘されてきた。そのなかで、前59年の執政官C・ユリウス・カエサルが提出した農地法案の立法過程は、一見すると、彼がコンティオの利用を主眼に据えた立法戦略に着手し、元老院の意向に反しながらも、法案の可決させた様子を伝えているために、上記の指摘を例証する一例となる。
    しかし、カエサルの行動を立法過程全体に渡って詳細に再検討することで、実際のところ、彼は一貫して法案に対する元老院の反対表明を回避するべく尽力していたことが明らかになる。カエサルは、元老院から反対を導出しない法案の起草に努めるとともに、多数の元老院議員たちが反感を議場外に伝えようとするや、直ちに元老院を閉会させる措置に着手した。また、法案の公示後、カエサルとその支持者たちは、コンティオにおる演説によって、自身の法案が元老院の支持を受けていることを喧伝すると同時に、執政官職に付帯する権能、ならびに、暴行の脅迫のみならず実際の暴力行使をも利用して、敵対側から意思表明の機会を剥奪する。カエサルの農地法案は、以上のような立法戦略を成功裡に展開し続けた結果として可決されたのである。
    従って、コンティオが立法過程の他の段階と同じ目的を果たすために利用されていることは、立法に際して、この場面に特別の重点が置かれたと解する立場に疑問を投げかける。そればかりか、本稿で見出されたカエサルの立法戦略の焦点に目をむけるならば、法案の帰趨を決定づけた要因は、コンティオで示される聴衆の反応ではなく、元老院による反対表明の有無であったことが指摘できる。
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