本論文は,感性工学の基本的方法論について述べたものである.細分化された現代の科学や技術では,自分の住んでい る世界がどのような状態になっているのか,自分が何処にいて何処に向かおうとしているのか知る由もない.我々はもっと広 く深く多様な世界を理解した上で自分の仕事に取り組めたら,より幸せを感じ世の発展に尽くせると思う.そしてこの思いこ そ感性工学の出発点である.どのようにしたら広く深く多様に物を観ることができるか.その手段の一つとして,行為,感性, 文化の表現方法を提案する.この提案に先立って,行為,感性,文化の其々の定義と互いの関係性を明らかにし,行為を関数 として記述する方法を提案する.そして感性,文化が多様な行為の関数の集積により表現されることを示す.この方法を我々 自身の日常性の中に取り組むことによって,常に自己と他者の感性ならびに文化を客観的に知ることが可能となる.この客観 化は,自己と他者との関係の理解を促し,互いにどのような行為をすることが幸福につながるかの判断を与えてくれる.行為 の多様性を考慮すると,行為の関数表現は,時には多価関数であり,時には入れ子になっており,複雑で膨大な情報量を取り 扱うことが前提となる.それで,大容量の情報量を処理できる計算機科学技術の関与が不可欠となってくる.行為・感性・文 化には,より具象的な物とより抽象的な物とがあり,両者が作り出す具象と抽象の広がりの概念が重要な意味を持つ.この広 がりの概念は,行為,感性,文化を展開するキーワードである.我々は具象的な行為・感性・文化をより鮮明に感じ取り,同 時に抽象的なそれらをより深く理解することにより,より広く深く多様な価値の世界を手にすることができる.また,行為の 関数表現は,人文科学のみならず自然科学の表現形式でもあることを述べ,感性工学が文理融合の学問たりうることを示す. 集団の構造について大きく 2つのモデルを取り上げる.一つはヒエラルキー(階層構造)型であり,二つはネットワーク(網 目構造)型である.ヒエラルキー型は古から現代まで,社会を運営してきた集団の基本構造である.明快単純,効率的に集団 を動かすにはヒエラルキー型は便利である.しかし,ヒエラルキーは,抑圧と搾取を内包している形である.一方ネットワー ク型は,多様性と具象・抽象の広がりを展開し人々が共感思考 1)できる構造であり,感性工学がサポートする集団の構造はネッ トワーク型である.以上のように,行為,感性,文化の関数表現は,人々の多様性と文化の発展を支援するものと考えられる.
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