頚腕痛, 腰痛は一般の症状群のように, 症状の一定の組合せではなく, 一定の症状を特徴とした疾病群である。そのためその成因に関しても諸説があるのは当然であり, その治療にあたっても多くの困難さがあることは最近の文献にも種々述べられているところである。その治療の中で著者は特に硬膜外腔注入療法に注目し, その作用機序を解明するために成熟家兎を使用して実験的研究をおこなった。また, 一方では臨床的に, 頚腕痛, 腰痛を主訴として来院した患者に対して本療法を施行してその臨床的研究をおこなった。
実験的研究: 硬膜外腔に注入された薬剤は如何に拡散浸透し, その作用する部位はいずれであるかを知るために, 成熟家兎37羽, 平均体重3kgを使って実験をおこなった。雌雄別は特に考慮を払わなかった。家兎エーテル開放麻酔下で, 第1あるいは第2腰椎部で権弓切除術を施行し, 尾側に向けて硬膜外腔に外径1.0mmのビニールチューブを挿入し, フルオレスチンまたは墨汁を注入し, フルオレスチン注入群及び墨汁注入群とも30分, 1時間, 2時間, 6時間, 24時間後に屠殺した。フルオレスチン注入群は椎弓切除を行ない硬膜外腔を露出して紫外線を照射し, 螢光を発せしめて肉眼的に検索した。墨汁注入群は神経根を含めて脊髄を硬膜ごと全剔出し直ちに氷結標本として顕微鏡的に検索した。硬膜外腔に注入されたフルオレスチン及び墨汁は, 一つは神経根に沿って末梢に拡散する方向, 二つには硬膜自体を浸透して硬膜内腔に浸潤する方向, 三つには神経根周囲より硬膜内腔に向って中枢側に浸潤拡散する方向, 四つには骨および椎間関節に浸透する方向, 以上の四方向に浸透拡散してゆくことが明らかとなった。
臨床的研究: 昭和37年10月より昭和45年3月迄の順天堂医院整形外科外来患者のうち, 頚腕痛, 腰痛, を主訴として来院した患者834例に硬膜外腔注入療法を施行した。頚部については変形性頚椎症, 鞭打ち障害, 所謂頚腕症候群であり, 腰部については変形性腰椎症, 椎間板ヘルニア, 急性腰痛症 (所謂ギックリ腰), 脊椎分離症及び辷り症, 先天性異常 (二分脊椎, 腰仙移行椎, 急角度仙椎等), 所謂腰痛症についてである。その結果, 急性腰痛症, 椎間板変性症, 変形性脊椎症, 脊椎分離症及び辷り症を中心とした椎間関節及び椎間板の退行性変化のあるものに効果があることを示した。一方鞭打ち障害, 先天性異常, 所謂腰痛症, 所謂頚腕症候群等の筋, 筋膜その他軟部組織に関係をもっ頚腕痛, 腰痛などには効果が少ないことを示した。特に変形性脊椎症に対して本療法の有効性を認めたため, その変形性脊椎症の軽重の差によって有意の差はないものであろうかと考え, これを4型に分類し, その各型について検討を加えてみたが有意の差は認め得なかった。
以上の実験的並びに臨床的研究から椎間板の変性による周囲の靱帯, 筋肉, 神経への影響によって起る非生理的現象即ち主として血液の鬱滞による悪循環を本療法によつて遮断するとともに, 生理的正常化をもたらすものと考えた。またデキサメゾンを注入薬剤として使用しているため, 椎間関節及び神経根への薬剤の直接的抗炎症作用も効果を促進しているものであろうと思われた。
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