発声発語は高速の協調的な運動で,感覚運動系を支配する神経筋機能障害により発話の異常が生じることがある.社会生活への影響が大きく,音声言語医学において主要な障害の一つとして認識されてきた.本論文では,文献資料を基に,神経原性の発声発語障害の定義と用語についての歴史的変遷を記す.Darleyらの研究報告(1969)以降は,名称“dysarthria”とその定義に以下の要件が盛り込まれることで世界的に統一されている:構音だけでなく呼吸や発声,共鳴,韻律の側面での異常を呈する,発声発語に関連する神経筋機能障害に起因する,多様な状態を一括する用語である.“dysarthrias”や“pure dysarthria”といった用語は今日でも使われている.日本では,用語・訳語に混乱があったが,今日では原語dysarthria以外に,運動障害性構音障害など,いくつかの用語・訳語が提案されて使われている.
文献レヴューを基に現在世界と日本で流通しているdysarthriaの評価について概観する.dysarthriaの評価は,聴取者の聴覚印象と逸脱を生み出す発声発語器官の神経学的・運動学的評価から構成される.伝統的アプローチは,病歴,発話特徴,発声発語機能検査,口腔顔面と身体観察による神経学的所見から診断とサブタイプの同定を行う.総合的検査法は,聴覚心理学的検査,発声発語機能検査,発声発語器官の観察からなり,機器を必要としない.機器を用いた評価には,出力音声の音響分析,声道空気力学的な計測,発声発語器官の生理学的・運動学的解析がある.総合的検査法は,評定尺度法による評定が主で,定量化に関しては制約がある.機器を用いた評価は病態理解と定量化ができるものの,臨床場面で普及していない.機器を用いた評価と定量的評価の普及には,発話という複雑な現象を説明するパラメータ設定とコスト削減が課題となる.
声帯結節の主な成因は声の濫用にあり音声治療が有効である.本稿では,当科での声帯結節の音声治療の経験に基づき難治例の治療戦略を検討した.難治には音声治療をしても局所病変の改善に乏しい例と,最終的に自他覚的な改善と満足を得て終了するが治療が長期化する例がある.過去11年間に30例に音声治療を実施し29例で治療を終了した.うち23例では自他覚的な改善と満足を得て3ヵ月未満で終了した.他6例が難治例で,うち3例は局所病変の改善に乏しく治療開始1ヵ月で治療を終了し医師による薬物治療に移行した.残り3例は最終的に治癒したが治療に3ヵ月以上を費やした.難治例全例で声帯浮腫や炎症,広基性病変を認め,上気道症状の訴えを伴った.また声の濫用は生活面の多岐にわたっており,病悩期間は2〜10年と長かった.難治例は結節の悪化要因を多数抱えており,全人的(holistic)治療と,多職種他領域との連携によるチームアプローチが重要と考える.
過緊張性発声障害と内転型痙攣性発声障害は異なる音声障害として位置づけられているものの,音声症状や喉頭内視鏡所見が類似する場合や発声困難の訴えがあるものの診療場面で音声症状を捉えられない場合があり鑑別は容易ではない.両者の鑑別における言語聴覚士の役割は,音声治療により機能的要因を解除し,医師の診断を補完することである.試験的音声治療にて筋緊張緩和のための音声手技をいくつか試みて良好な反応が得られればまずは音声治療を実施することが鑑別の手掛かりとなる.しかしながら実際には適切な治療手技の選択に難渋する場合や治療経過のなかで心因の関与を疑うようなエピソードが患者から語られることもあり,言語聴覚士のみの介入が奏功しない場合もある.今後は鑑別困難な症例に対する治療効果を集積して共有するとともに心療内科等との連携体制も模索していくことが重要である.
本研究は,臨床例から理論的に導かれたBaron-Cohenら(2001)の5つの下位尺度からなる「自閉症スペクトラム指数(AQ)」モデルと因子分析から導かれたLau,Gauら(2013)の5因子のAQモデルのいずれが適切であるかを,中国語翻訳版を作成して,355名の中国人健常者に実施し,確認的因子分析のモデル適合度指標で比較検討した.いずれのモデルも,本研究のデータと合致した適切な指標を示さなかった.そこで,Baron-Cohenら(2001)のオリジナルのAQ50(50の質問項目)を基に,各下位尺度の確認的因子分析から貢献度の高い項目を5つずつ抽出して25の質問項目からなる簡易版のAQ25を作成した.AQ25は,データは正規分布に近く,クロンバックの信頼性係数(N=355,α=.78)も高く,再検査法での信頼性係数(N=15,r=.85)も高かった.Baron-Cohenら(2001)の英語版AQ50から,質問項目を半分にした中国語版AQ25は短い時間で効率良く健常者の自閉症スペクトラムを5つの下位尺度で測定することができ,現場の臨床的な使用に有効であろう.
加齢性声帯萎縮では,気息性嗄声を生じる.今回,VFEの一部プログラムの回数を増やしたVFE変法の効果について検討を行った.対象は,加齢性声帯萎縮に対してVFE変法を施行した10例で,治療前より過緊張発声を認めた5例(過緊張あり群),認めなかった5例(過緊張なし群)であった.検討項目は,空気力学的検査のMPT,MFR,音響分析のjitter,shimmer,HNR,ピッチの下限・上限,声域,声の自覚評価のVHI-10とした.結果,全体(n=10)では,空気力学的検査(MPT),音響分析(jitter,shimmer,HNR),声域,声の自覚評価(VHI-10)が有意に改善した.過緊張なし群では,jitter,shimmer,HNR,声域,VHI-10が有意に改善したが,過緊張あり群では,jitter,HNRのみ有意に改善した.VFE変法は,加齢性声帯萎縮に対して効果を認めた.しかし,過緊張発声を併発した症例では,VFE変法の効果が得られにくい可能性がある.
吃音のある子どもをもつ父親・母親の養育における心情や協働感の一致とズレの変容を明らかにするため,夫婦48組に対し質問紙調査を実施した.質問紙では,子どもの発吃当時と現在の心情の7側面(吃音の言語症状把握,不安感,吃音理解,配偶者の対応,罪悪感情,孤立感,啓発)と,吃音の相談開始時,親の集いの会参加開始時における満足度について尋ねた.その結果,父親に比べて母親のほうが,発吃当時から現在まで「配偶者に話を聞いてもらいたい」とより強く感じていた.また,子どもの発吃当時は,母親のほうが罪悪感情をより強く抱いていたが,現在では夫婦ともに減少し,有意差はなくなっていた.吃音の相談については,専門家に相談した群と非専門家に相談した群とで親の満足度に顕著な違いが見られた.親の集いの会に参加した群は,参加に高い満足度をもっていた.今後の保護者支援を考えるうえでの基礎資料を得ることができた.
構音障害話者では,言語性交互変換運動(O-DDK)で音圧軌跡が平板化することがある.今回,舌癌術後の症例でO-DDK課題の音響分析の所見を含め構音能力の経過を報告する.症例は63歳男性,左側舌癌に対して部分切除術が施行された.術前,術直後,退院時に,発話・構音能力の評価を行った.指定テンポ(1〜3 Hz)と最高速で音節(/pa/,/ta/,/ka/)の反復を行わせ,母音部の最大音圧(Peak)と子音部の最小音圧(Dip)を求めた.Peak平均を100,無音区間の音圧を0としてDipを正規化した(%Dip).術直後には,100単音節明瞭度はいくぶん低下(96%)していた.舌先音/t/のO-DDK(最高速)での%Dipは,術前と比較して,術直後に値が大きく(80.6%),退院時には低下した.O-DDKでの音圧格差は,構音の能力を表す定量的指標になる可能性が示された.