声の韻律情報は,言語情報の意味,文法構造としての指標,感情理解や声の自然性に関与するとされているが,聴覚障害児者では,韻律情報の知覚や利用には限界があるとする先行研究が多い.そこで補聴器装用,および人工内耳装用の聴覚障害児者におけるアクセントやイントネーション,感情などの韻律情報に関する知覚や産生の研究に焦点をあて,自験例を含めて現状と今後の課題について検討した.いずれの報告にしても,補聴器装用児者の韻律情報の知覚や産生では,平均聴力や低周波数帯域の聴力程度,聴覚活用程度などにより不良となり,人工内耳装用児者では低周波数帯域の残聴の程度や対側の補聴器使用,装用時期,装用期間によって韻律情報の知覚や産生に影響した.これらの基準に当てはまらず韻律情報処理が可能な例や,音楽的なトレーニングにより改善する可能性も示唆されており,今後はさらなる要因検討や標準検査の開発などが必要と考えられた.
口唇口蓋裂を伴う児が成長過程で抱える問題は,哺乳・摂食障害,審美的問題,歯列・咬合の異常,聴覚障害,スピーチの障害,心理社会的問題など多岐にわたる.それらの問題に対処するには看護師,医師,歯科医師,言語聴覚士,心理士など多くの専門職がチームとしてかかわる必要がある.従来は一つの施設でmultidisciplinaryなチームアプローチが行われてきたが,少子化の影響でそうしたチームを維持することが困難な地域もある.
第64回日本音声言語医学会におけるシンポジウム「唇裂口蓋裂のあるこどものQOLの向上を目指して」において,多施設の専門職が集まるtransdisciplinaryチームが2例紹介された.その特徴は①専門職個人の集合体,②専門領域を超えた合同診察,③患者・家族の参加,である.地域によって口蓋裂治療の格差が起こらないよう,患者の居住地に近いところに専門職が集まって合同診察をすることが望ましい在り方ではないかと考える.
口唇口蓋裂の治療は出生前から大人になるまで非常に多職種の方々が携わるチーム医療の代表格といっても過言ではない.広島市民病院口唇裂口蓋裂センターでは術者である筆者がコーディネーターとなり,スタッフと連携を取っている.術前顎矯正,PLPを用いた鼻咽腔閉鎖不全治療,顎裂骨移植前の歯科矯正治療などで緊密にかかわりながら,手術時期や適応を決めている.スタッフそれぞれが相互分野を理解し合い,意見をぶつけ合い,共通のゴール地点を認識することで質の高い治療が行えるものと考えている.
医療機関を受診した成人吃音患者61例を対象に,自閉スペクトラム症傾向および注意欠如・多動症傾向を調査し,社交不安との関連性を検討した.初診時に,Autism Spectrum Quotient Japanese Version(AQ-J),The Conners’ Adult ADHD Rating Scales(CAARS),Liebowitz Social Anxiety Scales Japanese Version(LSAS-J)を実施し,AQ-J総得点とCAARSのT得点のカットオフ値前後でLSAS-J総得点を比較した.61例中,5例(7.8%)にASD傾向,7例(11.5%)にADHD傾向が認められた.ASD傾向およびADHD傾向がある群は,社交不安が有意に高かった.したがって,成人吃音患者の社交不安に対応する際は,吃音だけではなく,ASD傾向とADHD傾向を評価することの重要性が示唆された.
臨床実習は言語聴覚士の養成課程のうち,学生にとって最もコミュニケーション・スキルを問われる場面であるが,学生のコミュニケーション能力の問題を指摘されることも少なくない.本研究では,コミュニケーション・スキルを測定する質問紙法により学生を3つの群に分類した.各群に発話速度を5つの条件で調整した問診場面の音声を聴いて「患者を問診するのに望ましい態度」について主観的に判断させた.他者評価が低い学生群と自己評価が低い学生群では,他者の発話速度から得られる「患者に対する望ましい態度」に関する認識が指導者と異なることが明らかとなった.みずからのコミュニケーションに対する客観的視点をもつことが困難な学生が一定数存在し,相手の反応に対する認識の違いのために,指導者とのコミュニケーションの齟齬が生じている可能性が考えられた.
本研究の目的は,格助詞挿入箇所が1ヵ所の課題を用いて,特異的言語発達障害児(SLI児)の主格,対格,与格に関する言語知識および補助ストラテジーを掘り下げて検討することであった.対象児は小学3〜5年生のSLI児7名と小学3年生の定型発達児25名であった.SLI児の平均正答文数は「基本語順・受動文」を除き,定型発達児に比して有意に少なかった.SLI児では,非基本語順文の成績が基本語順文に比して有意に低かった.SLI児の反応を見ると,「が」は正しく挿入されるが,「に」は「を」を挿入すべき箇所に過剰に使用される傾向があった.これらの結果から,SLI児は格付与に関する言語知識を定型発達児ほど十分に獲得していないが,主格付与については対格や与格よりも獲得していること,「に」は格に関する原理に違反しないようディフォルトとして,または格付与の知識の不十分さを補うストラテジーとして使用されることが示唆された.
MTDに対する音声治療の効果について検討を行ったので報告する.
対象は,MTDと診断された22例であった.評価項目として,MTDスコア,空気力学的検査,声の高さの検査,音響分析,GRBAS尺度のG,R,S,声の自覚評価を音声治療前後で評価した.また,22例中9例に対して治療前,1クール後,治療終了後の3点で経時的評価を行った.
治療前後の比較では,MTDスコア,女性のピッチの上限と声域,PPQ,APQ,NHR,G,S,VHI-10にて有意な改善を認めた.9例の経時的比較においてPPQ,APQ,NHR,Gでは,治療前に比べて1クール後,治療終了後の値が有意に改善した.女性の声域,S,VHI-10は,治療前に比べて治療終了後の値が有意に改善した.
MTDに対する音声治療効果は,喉頭所見,発声機能,声の自覚評価とも改善を認めた.特に,音響分析および聴覚心理的評価では,治療開始後早期に改善を認めた.
変声障害に対する治療の第一選択として音声治療がある.変声障害に対する音声治療は有効であるものの,難治例も見受けられる.今回,変声障害に対する音声治療後の喉頭内視鏡所見および発声機能について検討した.
対象は,変声障害と診断された4例で,すべて男性であった.音声治療としてすべての症例にKG法を施行し,1例に吸気発声法を併用した.
結果,正常な地声発声を獲得したのは4例中3例であった.また,地声発声を獲得した3例は,MPTの延長,話声位の低下,声域の拡大,PPQ,APQの改善を認めた.地声発声を獲得できなかった1例は,長年の発声習慣のため,低い声に対して抵抗感があり,声の出しにくさを認めた.