認知心理学,心理言語学,認知神経心理学によって明らかにされてきた言語情報(意味,語彙,音韻)における表象レベルでのネットワークの特性に関する古典的理論と新しい知見について概説する.これらの理論的背景に基づいて考案された失語症の喚語障害に対する言語治療法を紹介する.そして,自験例を踏まえ,言葉のネットワークを能動的に活用した訓練法であるSemantic Feature Analysis(SFA)とPhonological Components Analysis(PCA)について報告する.SFAでは意味素性を顕在的に想起することで,意味ネットワークからの語彙アクセスが促進されるため,スムーズな喚語が可能になると示唆された.また,PCAでは語彙―音韻ネットワークを活用することで,語彙アクセスに重要な音韻的符号化を強化することができると推察した.ただし,両訓練とも非訓練語の喚語の改善につながる般化効果の有無と要因について一致した見解はない.どのような障害機序の症例に効果的かについても不明である.今後も継続した検討が必要と思われる.
脳血管障害による摂食嚥下障害患者の退院時の経口摂取の可否を予測する因子について,退院時の経管栄養の有無で2群に分け,経口摂取に関連する人口統計学的背景と臨床的特徴,入院時と退院時の機能的自立度評価表(FIM)を用いて比較した.単変量解析の結果,発症から入院までの経過日数,在院日数,入院時のFIM,退院時のFIM,FIM運動項目の利得の得点において,それぞれ有意な差が認められた.加えて,退院時の経管栄養の有無を従属変数に,年齢,性別に加えて,先行研究と単変量解析から主要な予測因子として抽出された発症から入院までの経過日数,入院時のFIM運動項目と入院時のFIM認知項目の得点を独立変数として,2項ロジスティック回帰分析を行ったところ,入院時のFIM運動項目とFIM認知項目の得点が有意な因子として抽出された.本研究の結果から,入院時のFIM運動項目,FIM認知項目の得点が退院時の経口摂取の可否の予測因子になることが示唆された.
幼児期に言語指導が行われた知的障害のないASD児5名に対して,同一の系列絵図版を用い,就学前期と学童期の2時期におけるナラティブ発話について比較した.
発話の1)言語形式,2)内容,3)ストーリー構成について比較し,ASD児の学童期の発達と残る課題について検討した.その結果,1)幼児期にMLU等言語形式は定型発達に相当し,2)発話内容では,因果関連表現は増加し,因果結合の内容を関連づけた叙述に発達的変化が見られた.3)ストーリー構造では羅列的な反応シーケンスから簡単なエピソード形式の構造の発達が見られたものの,物語文法を用いたまとまりへの構成や羅列的な叙述にとどまる事例など課題を残した.ASD児の言語発達支援では,ナラティブの物語文法の構成など豊かな叙述に向けた指導について,幼児期から学童期へ連続した指導観点が重要と示唆された.
喉頭挙上運動をリアルタイムに可視化できる,伸縮ひずみセンサーB4STMを用いて,健常人においてさまざまな発声時での喉頭移動の観察を行うことを本研究の目的とした.
対象は聴覚的に嗄声のない県立広島大学学生35名とした.性別は男性15名,女性20名であった.前頸部にB4STMを押し当て,発声時の伸縮ひずみセンサーの波形を計測した.発声は1)楽な地声,2)大きい声・小さい声,3)高音発声・低音発声,4)裏声発声とした.結果,男性のほうが女性より喉頭挙上度が大きく,発声時の喉頭移動の男女差を認めた.声の高さでは,喉頭挙上量は男女ともに裏声,高い声,地声,低い声の順で大きかった.声の大きさでは,声の高さほどの喉頭挙上量は認めなかった.B4STMは発声時の喉頭移動の確認に有用な機器であることが考えられた.
ヒト咽頭の嚥下時および発声時の運動様式につき,2名の健常ボランティアを対象にX線透視動画像を用いて解析を行った.茎突咽頭筋による咽頭の挙上運動を咽頭後壁粘膜下に注入した造影剤の移動距離として,咽頭収縮筋による咽頭の収縮運動を咽頭後壁の厚み幅として計測を行った.嚥下時にはまず,咽頭の挙上運動が起こり,挙上が最大に達する直前に食道入口部が開大,直後に咽頭収縮が第2頸椎の高さから下方へと連続的に起こり,その後,食道入口部が閉鎖した.この運動パターンは再現性が高く,延髄嚥下中枢により支配された強固な運動パターンであると考えられた.発話時にも咽頭の挙上は観察され,前舌母音発声時には後舌母音発声時よりも有意に咽頭挙上距離が大きく,咽頭収縮が小さくなっていた.また,有声子音発声時には母音発声時よりも有意に咽頭挙上距離が大きくなっていた.このことから,咽頭は発声時には嚥下時とは異なり,咽頭の形態を調節し,発話の連続性に寄与しているものと考えられた.
脳出血後の失声は,その原因が明らかではなく,自然経過でも改善が得られないこともある.今回,失声状態であった1症例に対して,経皮的気管圧迫を用いた音声訓練で発話での有声音が得られたので報告する.症例は42歳,右利き,男性,病前に発声障害はなかった.左前頭葉皮質下出血に対して,開頭血腫除去術が施行され,術後から無言状態が続いた.術後1ヵ月頃より,ささやき声での発声や発話行動が見られるようになったが,失声は持続した.喉頭の内視鏡的観察で声帯に器質的異常や麻痺は認めず,安定した呼気の供給はできていたにもかかわらず,発声時に呼気と連動した声帯の内転運動が得られなかった.経皮的に上位気管を圧迫した状態で発声を促す訓練を導入し,4日間の訓練後には気管圧迫なしでも有声音での発話が確実に得られるようになった.本症例での失声は,呼吸と喉頭の協調性の低下に加え,発声の運動制御に随意性が失われていた可能性がある.