『スーパーカミオカンデによるμニュートリノの消失はτニュートリノへの変化(=ニュートリノ振動)なのか?』 この問いに答えるべくOPERA実験はμニュートリノを730 km飛行させ,ニュートリノ振動が起きていれば出現するはずのτニュートリノを直接捉えることで検証すべく立案された.τニュートリノの同定には反応点から放出された飛程1 mm程度の短寿命のτ粒子の崩壊を確実に捉えることができる高位置分解能を持つ原子核乾板が使われた.ニュートリノはほとんど物質と反応しないため大量の標的及び原子核乾板が必要で,過去の原子核乾板実験のような研究者自ら塗布をして乾板を製造すること不可能であった.
OPERA実験では富士フィルムの工場で機械塗布された原子核乾板,葉書大のOPERAフィルム930万枚を用いた.実験実施にあたり,OPERAフイルムに蓄積された環境放射線の除去等,新しい技術も開発された.ニュートリノ反応数を蓄積するため5年にわたる長期間ニュートリノ照射を行い,μニュートリノビーム中に5例のτニュートリノ出現事象を捉え,τニュートリノの出現を疑い様のない信頼性で立証した.
自然科学における最大の難問の一つである暗黒物質の直接検出において,方向感度を持った新たな検出器として超微粒子乳剤原子核乾板を提案し,開発を進めてきた.デバイス開発において,独自の製造・開発システムを構築することで,ハロゲン化銀結晶サイズ40および20 nmの安定した微粒子化に成功し,世界で初めてサブミクロン以下の飛跡検出可能な検出器を実現させた.このデバイスをベースに,さまざまな超解像解析法および電子事象などの背景事象の劇的な除去を目指した新たな技術提案および開発を進め,方向感度を持った暗黒物質検出実験を国際共同で進めている.
我々は原子核乾板から成るガンマ線望遠鏡を開発し,気球フライトによる宇宙ガンマ線観測計画(GRAINE計画:Gamma-Ray Astro Imager with Nucler Emulsion)を推進している.これまでに達成した成果を概観し,将来展望について述べる.
ニュートリノ研究において原子核乾板による実験は物質を形作る基本粒子のうちで最後まで発見されていなかったタウニュートリノの発見という大きな役割をはたした.また,ニュートリノ振動を発見したとして2015年のノーベル物理学賞が与えられたが,その受賞を後押ししたのは,ニュートリノ振動によるタウニュートリノの出現現象を確実なものとした原子核乾板によるOPERA実験である.その原子核乾板を用いた今後のニュートリノ研究の展望について解説する.
近年,超冷中性子を用いた物理学の研究において,高い位置分解能を持つ検出器が必要とされている.これに対し,ハロゲン化銀結晶の直径が数十nmの超微粒子原子核乳剤と中性子吸収断面積の大きな核種を組み合わせた検出器の開発を開始した.
有機半導体を用いる薄膜トランジスタにおいて高い移動度を実現するためには,有機半導体の分子構造に加えて,分子集合体(結晶,薄膜など)の構造も重要である.本稿では,幾つかの高移動度有機半導体について,報告されている薄膜トランジスタにおける移動度を参照しつつ,それらの結晶構造を基に分子間の移動積分値を見積もることで,分子集合体における電子構造の次元性を評価した.その結果,高移動度の薄膜トランジスタを与える有機半導体の多くは,分子配列が異なっていても,等方的なキャリア輸送を可能とし得る二次元的な電子構造を持つことが示された.
フレキシブルエレクトロニクスの基礎研究のために変形に強い柔らかい半導体の特性に関する計算科学を用いた2つの研究例について報告する.まず,有機半導体に対する変形の一つとして板状結晶に対する圧縮と伸張の効果を分子動力学により扱い,次に,層状物質の例として六方晶窒化ホウ素(h-BN)に炭素をドープした物質の第一原理計算について述べる.
電荷輸送特性,特に電荷移動度測定法は数多く存在するが,従来の無機・酸化物半導体材料に比べ,有機分子をその礎とするために,圧倒的な多様性を示す有機半導体材料については,材料開発速度に対して電子特性評価速度が全く追いつかない局面を呈している.電磁波,特にマイクロ波を用いた伝導特性評価法は,全実験的測定手法でありながら,圧倒的な評価速度を有している.ここではその原理と特色に加え,非接触・非破壊であることの利点を最大限に生かして,従来から直接計測が困難であった界面伝導や高圧下伝導特性などに切り込む可能性について紹介する.