本研究では,18歳から24歳までの高度・重度聴覚障害学生で聴覚特別支援学校出身11名および一般学校在籍経験11名の合計22名を対象に,単音節発音明瞭度の結果と,聴覚障害者自身が発音する単音節に対する自己評価の結果の比較検討を行った.その結果,以下の点が明らかになった.(1)単音節発音明瞭度は10〜95%と幅広かった.(2)自己評価も32〜96%と個人差が大きく,なかにはほとんどの音節が伝わる自信があると回答する聴覚障害者が存在した.(3)多くの聴覚障害者が実際の単音節発音明瞭度よりも伝わる自信のある音節のほうが多かった.(4)単音節発音明瞭度および自己評価で,聴覚特別支援学校群と一般学校経験群の間に差は見られなかった.以上より,普段の会話は連続音声による発話であり,単音節のみで発話する機会が少ないことや周囲の人々の聴覚障害者の音声への慣れから,高い自己評価が見られたと推察された.
頭部外傷後にFoix-Chavany-Marie症候群を呈し,重度のdysarthriaをきたした症例の発話障害について検討した.症例は65歳右利き男性,右急性硬膜下血腫,左脳挫傷の診断で保存的治療を受けた.初診時,構音困難で,挺舌や頬を膨らますなど顔面の動きに対する命令には応じられなかった.一方,言語理解は良好で文レベルの口頭命令の理解と書字が可能であった.訓練経過とともに構音が徐々に可能となり,発話特徴として開鼻声,粗糙性嗄声および気息性嗄声を呈した.喉頭鏡検査における声帯の閉鎖は十分で,可動性は左右差なく良好であった.Foix-Chavany-Marie症候群の音声障害は痙性dysarthriaと類似した声質を呈するものの,その原因は声帯の筋緊張の異常とは異なる可能性が示唆された.また,本例の経過から,重度の発話障害と嚥下障害を呈しても発話障害が改善する症例の存在が示唆された.
吃音のある子どもをもつ父親・母親にグループインタビュー法による分析を行った結果,吃音症状の認識と養育における心情,配偶者の態度と行動の受け止め方,さらには,専門家の介入や親の会参加の影響の一端が明らかとなった.母親は,養育の問題を指摘する情報にとらわれやすい傾向を示し,罪悪感情や将来の不安感を高めていた.父親は,母親をサポートしてこなかった反省や罪悪感情を共通してもっていた.また,父親からサポートされている感覚の強い母親ほど養育における孤立感は低かった.母親は,相談に対応した者が吃音に関する高度な専門家であるかどうかについて解説や助言内容から判断しており,それが吃音に関する高度な専門家であるという信頼感へとつながっていた.親の会参加は,自然治癒を期待している時期の保護者のなかには情報を聞き入れがたく感じる場合があった.その後は,情報を有意義なものとして享受し,みずからの体験を語ることが他者支援となることに喜びを見出すとともに,これまでの養育を肯定できる作用もあった.さらに,わが子の姿を通して吃音の社会啓発の意義を見出していた.
本研究の目的は,日本語を母語とする特異的言語発達障害児(SLI児)の発話の非流暢性の特徴を動詞と項,付加詞との関係から明らかにすることであった.対象児はSLIの典型例として報告されてきた学齢期の女児1名であった.動詞を述語にもつ文のみを対象とし,対象児の12歳8ヵ月〜10ヵ月の自然発話に見られた非流暢性を,非流暢性の頻発期である3,4歳の定型発達の幼児と比較した.その結果,1)言い直しが多いという点で両者は類似していたが,非流暢性が生じた文の割合は,SLI児のほうが有意に高かった.また,2)動詞の言い直しが見られた文の割合は,SLI児のほうが幼児に比して高い傾向にあり,3)文産出後に項または付加詞の付加が見られた文の割合もSLI児は幼児に比して有意に高かった.これらの結果について,文産出にかかわる言語処理と言語知識との関係で考察し,最後に,本研究の臨床的意義について述べた.
声帯結節に対する治療として音声治療があり,声の衛生指導や不適切な発声行動を矯正させる音声訓練が施行される.今回,声帯結節に対する音声治療後の発声機能を検討し,結節病変の変化と発声機能との関連について検討した.
対象は,声帯結節と診断された28例で,男性2例,女性26例,平均年齢39.0歳であった.検討項目は,喉頭内視鏡検査における結節病変の変化,空気力学的検査(MPT,MFR),声の高さの検査(F0,ピッチの下限・上限,声域),音響分析(PPQ,APQ,NHR),GRBAS尺度(G,R,B),VHI-10とした.
結果,結節病変の変化では,消失例が28例中12例(43%)であった.また,音声治療後,F0,ピッチの上限,声域,PPQ,APQ,NHR,G,R,B,VHI-10が有意に改善を認めた.さらに,結節病変の変化に関連する因子として病悩期間および治療前ピッチの上限が挙げられた.
本研究の目的は,発達性読み書き障害のある児童および生徒(Children and Adolescents with Dyslexia;以下CAwD)における,専門的訓練前の漢字1文字の書字成績に対する画数,心像性,含有単語数,教科書掲載頻度,書字頻度(常用度)の影響を検討することである.
第一研究では,常用度の指標を得るため,小学校教員を対象に児童が各漢字を書く頻度に関する調査を実施した.第二研究では,CAwDにおける各文字の書字の可否を従属変数,画数,教科書掲載頻度,最大心像性値,含有単語数,常用度を独立変数とした二項ロジスティック回帰分析を行った.その結果,小2配当漢字の書字成績を有意に高める要因は,画数の少なさ,常用度の高さ,教科書掲載頻度の高さ,最大心像性値の高さであった.一方,小3配当漢字では,画数が少ない,含有単語数が少ない,最大心像性値が高い,教科書掲載頻度が高いという特徴のある文字では正しく書かれる確率が有意に高かった.
物にかかわる行為・認識の発達的様相と言語発達との関連性について,知的発達症の程度が軽度から重度の就学前の13例(女児6例)を事例的に検討した.方法は,子どもの保育室でのこちらが用意した物による筆者との1対1の原則として30分の遊びのなかで,子どもの自発的な物にかかわる行為を観察し,保護者記入による「日本語マッカーサー乳幼児言語発達質問紙」の表出語数,理解語数との関連を検討した.その結果,物にかかわる行為には,視覚的探索,感覚運動的手操作,機能的でない関係づけ,機能的関係づけ・慣用的操作,象徴的行為,物の見立て,分類が観察され,感覚運動的手操作,視覚的探索などの行為が連鎖して展開された.物にかかわる行為における手続きの変化は,物を操作し,その可能性を表象するための方略,計画,思考,想像の過程を示唆し,自閉スペクトラム症の有無にかかわらず,物にかかわる行為における抽象化と言語発達との関連が示唆された.
吃音の評価では,吃音者が使用している工夫・回避を詳細に把握すること,吃音者が抱く場面に対する恐れを確認することが必要である.しかしながら,吃音検査法(第2版)および進展段階による評価では,観察のみでは評価が困難な症状である工夫・回避をどのように確認するかについての具体的な方法は記されていない.また吃音検査法(第2版)と進展段階では,吃音者の日常生活場面での恐れについての評価項目はない.本症例研究では,自由会話場面の観察では工夫・回避を確認できず,吃音検査法(第2版)と進展段階では日常生活場面に対する恐れの状態が評価できなかった1症例に対し,吃音質問紙を実施した.その結果,使用していた工夫・回避と恐れの強い日常生活場面を評価することが可能となり,吃音に改善が認められたことから,本症例研究では吃音質問紙で「工夫・回避」と「日常生活場面での恐れの状態」を評価することの重要性が示された.