歯垢の齲蝕誘発能における口腔内部位特異性を明らかにするために, 上下顎前・臼歯部, 頬・舌側面の8部位から採取した2日目歯垢の緩衝能を測定し, 部位の差を比較検討した.その結果, 初期pHには部位間に有意差が認められ, 下顎前歯部舌側(LAL)が最も高く, 下顎臼歯部頬側(LPB)と上顎前歯部唇側(UAB)が最も低かった(p<0.0001).緩衝能については, pH6.5∿5.5, pH5.5∿3.0の範囲においていずれも部位の差が認められ, LALが最も高い値を示した(p<0.01).なお, pH6.5∿5.5ではUABとの間に危険率5%で, またpH5.5∿3.0では上顎臼歯部口蓋側(UPL)との間に危険率5%で有意差が認められた.以上の結果は, 齲蝕は下顎前歯部に少なく, 上顎前歯部に多いという齲蝕発生における部位特異性と類似していた.LALの初期pH, 緩衝能が最も高かった理由として, LALは, 安静時唾液分泌量の約70%を占める顎下腺, 舌下腺開口部に近接し, 絶えず新鮮唾液にさらされているため, 唾液クリアランス能が高く, ほかの部位に比較してpHが低下しにくい環境にあるためと考えられた.また, 唾液量が多く, 移動速度も速いため, pHサイクルに伴う歯垢成分の遊離と沈殿を繰り返す過程で, 歯垢内液は過飽和状態を維持しやすい.その結果, タンパクやミネラルなど, 緩衝作用をもつ成分が歯垢中に沈殿しやすくなるためと思われた.
抄録全体を表示