本研究の目的は,ヒト・エナメル質の酸抵抗性に脱灰と再石灰化期間のバランスがどのように影響を与えるかをin vitroで検討することであった。ヒト小臼歯エナメル質ブロツクを0.1M乳酸緩衝液(3.0mM Ca,1.8mM P,1%CMC,pH=4.5)に1〜6日間浸潰して脱灰した後, 3.0ppm フツ素を含む再石灰化液(3.0mM Ca,1.8mM P,1%CMC,pH=7.0)に1〜6日間浸潰した。実験群は脱灰と再石灰化の期間の比を1対1に固定した6グループとした(D1R1,D2R2...D6R6;D:脱灰,R:再石灰化,数値:脱灰または再石灰化の日数)。脱灰・再石灰化処置後,酸抵抗性試験(ART)として処置エナメル質を0.1M乳酸溶液(pH 4.5)に1, 3, 7日間浸潰し,溶出Ca量(μg)ならびに喪失ミネラル量(△Z;μm・vol%)をそれぞれ原子吸光光度計,マイクロラディオグラフィーで測定して評価した。溶出Ca量は酸抵抗性試験の期間の長さに比例して直線的に増加した。酸抵抗性試験1日目では2つのタイプのCa溶解性が認められた。すなわち,溶解性の高いグループ(D1R1, D2R2, D5R5)と低いグループ(D3R3, D4R4, D6R6)である。酸抵抗性試験3日目では3つのタイプのCa溶解性が区別できた。すなわち溶解性の高いグループ(D1R1, D5R5),中等度のグループ(D2R2, D4R4),そして溶解性の低いグループ(D3R3,D6R6)である。ミネラル喪失量は,Ca溶出量のデータと完全に一致しているわけではなかったが, D6R6はD3R3と同様にミネラル喪失量は少なく,酸抵抗性のLaminationの形成が認められた。酸抵抗性試験7日目では,多くのサンプルでerosive lesionが認められたため,7日間という期間は酸抵抗性を評価するには長すぎるように思われる。脱灰と再石灰化の期間が短すぎるとエナメル質に十分な酸抵抗性が形成されなかった。われわれの研究結果は,酸抵抗性を獲得するには脱灰と再石灰化の微妙な至適バランスが必要であることを示唆している。評価方法に関しては,Ca溶出量とマイクロラディオグラフィーの2つの方法を組み合わせることで,酸抵抗性試験中にどの領域でミネラルが喪失したかを評価することが可能であった。
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