ヒト10人の下顎前歯部の舌側面にレジン床を10日間装着し, 床の舌側面と粘膜面に付着した歯石について, その構造を走査電顕的に観察し, エネルギー分散形X線マイクロアナライザを用いて歯石の元素分析を行った.初期の歯石は, 表面に多数の細菌の鋳型をもち, 直径が約2-50μmの塊状構造物や広い範囲に渡って様々な外形と隆起を示すもの (A型) と, 角柱状を基本とした多面体から板状まで形と大きさが変化に富む結晶の集塊 (B型) の2型に大別された.A型の歯石はレジン床10例中8例に観察され, 厚さは20-80μmを示した.一方, B型の歯石はA型の歯石をもつ8例中4例のレジン床に観察され, A型の歯石中に散在, あるいは単独に認められた.なお, A型の歯石に含まれる石灰化した菌体の集塊は, 8例中6例に観察された.A型の歯石は微細な砂粒状結晶から比較的密に構成され, Ca濃度の平均は27.8%, P濃度は15.2%を示し, 古い成熟した歯石と比べるとCa濃度はやや低く, P濃度はほぼ同程度の値を示した.なお, 10日間口腔内に装着して, CaとP濃度がそれぞれ32%, 17%と高い値を示した個体における5日間の実験例では, A型の歯石のCaとP濃度は, 最高でそれぞれ30%と16%を示した.A型の歯石のCa/P (モル比) は平均1.40で, 砂粒状結晶は不完全な水酸化アパタイト, あるいはアパタイトの前駆物質と考えられ, SchroederのいうA-centerの石灰化と一致した.一方, B型の歯石をつくる角柱状を基本とする結晶はCa濃度の平均が20.2%, P濃度が16.3%を示した.Ca/Pは平均0.96で, 角柱状と多面体状の結晶は, その形状も考慮して初期の歯石に特徴的なブルシャイトと同定され, SchroederのいうB-centerの石灰化と一致した.また, 少数例に観察された板状や棘状, フレーク状の結晶はその形状から不完全なリン酸オクタカルシウムの可能性も考えられた.
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