REDFIELDらの “preformed phospha” は,水塊が水面下に沈降する直前のリソ酸塩と考えているが,海面下にある水の現場の性質から前記の状況下にあった水の性質を判断することはできない。著者は,観測されたリン酸塩濃度が保存性と非保存性の二つの部分より成ることを,すでに前報で明らかにした。保存性リン酸塩は,リン酸塩濃度の観測値から非保存性リン酸塩濃度を差引いた残部に与えられるべき名称であって,それ以外の何物でもない。
北洋の表層部はおそらく保存性リン酸塩濃度において,世界最高と思われる。その分布は海流系と密接な関係があり,北米大陸寄りで低い値を得るのは,南方の水の混入に基く。保存性リン酸塩濃度の高い北洋表層部の水は,側面および底面において,同濃度の低い水と接触しているにも拘らず,高濃度を保つのは何故か。アラスカ海流域は陸水の供給が豊富でリン酸塩濃度が高かるべきなのに,北洋の高濃度域に入らないのは,保存性リン酸塩の主供給源が他にもあることを示唆する。
日本近海の酸素極小層における保存性リン酸塩の分布をみると,アリューシャン列島南方域より遂次,南下するにつれて,低下する。このことは,保存性リン酸塩の供給源が北洋の何処かにあることを暗示している。酸素極小層より保存性リン酸塩濃度の明らかに高い水は,北洋の表層部を除いては見当らない。従って,ここが供給源と考えざるを得ない。すなわち,保存性リン酸塩は,北洋の表層部から酸素極小層へ鉛直の混合によって運ばれるのである。然らば,当然,リン酸塩の豊富な下層の水がリン酸塩(保存性および非保存性)を表層部へ逆に同じ機構により運ぶこととなる。非保存性リン酸塩の形で下層から運ばれても,海面上の大気から酸素の供給を自由に受ける表層部では常にほぼ酸素飽和の状態にあるから,保存性リン酸塩と識別し難い。換言すれば,表層部では,保存性リン酸塩に変態する.かくして,リン酸塩は非保存性と保存性の別を問わず,表層部に運ばれれば,保存性となり,その扁部は鉛直混合で再び表層部へ戻る一方,他の一部は,生物体を経て非保存性リン酸に再生され,さきの保存性リソ酸塩と合し,鉛直混合によってともに表層部へ運ばれ,一つのサイクルを形成する。
かくの如く,北洋表層部の保存性リソ酸塩は,下層より運ばれるのであるが,そのもっとも旺んなところを探すと,アリューシャン列島の中央部に近いベーリソグ海の南部であることが,表層下部における酸素飽和度の水平分布から明らかとなった。
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