水稲根表面には赤褐色の水酸化鉄が被膜状に附着している. 水田土壌内には普通数パーセントの遊離酸化鉄が含まれているが, これが湛水状態の下で二価鉄に還元せられ, 水稲の吸水に伴い水と共に根圏に運ばれ, 根から分泌される酸素によつて根の表面で酸化されると考えられている. しかしその場合, 二価鉄の酸化は単に化学的に行われているのであろうか. よく水洗した水稲の根を一定量とり, 少量の石英砂と 0.2M酢酸緩衝液 (pH 5.5) とを加え, 乳鉢内で暦砕し, ガーゼでしぼり, 遠心分離 (4000 rpm, 10分間) にかけて半透明の上澄液を得る. これを水稲根抽出液とし, これに, FeSO
4, あるいはFeCl
2 (何れも反応液内の初濃度を1/(200)M以下とす)を加えると, 時間と共に二価鉄が酸化される. 二価鉄の定量法は pH 3.5の酢酸緩衝液に反応液の少量を加え, o-phenanthrolinによつて発色せしめ, 光電比色計によつて比色した. 抽出液の二価鉄酸化能力は水耕せる水稲の根, 水田に生育する水稲の根を問わず, 生育の各期に認められた. 抽出液を10分間煮沸するとその酸化力は30~40%程度に低下する. またKCN や NaN
3 (10
-3M程度) によつて阻害されるが, 葡萄糖, 蔗糖の添加によつて影響を受けない. 銅酵素の阻害剤である DICA (Na-diethyldithiocarbamate), p-Nitrophenol, Salicylaldoxime 及び 8-Hydroxyquinoline によつては阻害が認められない. 水稲根抽出液はH
2O
2を添加することなしにp-phenylenediamine, pyrogallol, Hydroquinoneを酸化する能力を持つているが, 抽出液に二価鉄と同時に p-phenylenediamineを加えると, 二価鉄の酸化量は著しく減少を示し, 両物質はcompetitiveな関係にちると考えられる. 二価鉄の酸化に伴い, 酸素が吸収せられるが, その際に吸収された酸素の分子数に対する酸化を受けた二価鉄の分子数の比はおよそ4に近く, 次式の反応に Fe
‥-→ F
>…< + e 於て, 1/2Oがエレクトロン受容体として用いられることを示している. 幼植物に著しい害徴を起させる高濃度 (1/(40) M程度) の FeSO
4を抽出液に加えると, 抽出液による酸化量は減退して, 煮沸抽出液の酸化量と同程度にまで下る. 同時に酸素消費量も減退する. 以上の作用は根に附着する微生物によるものではなくて, 根自身の作用であることは, 根をウスプルンで消毒し, 馬鈴薯寒天培養基上に接種してもはとんどコロニーの発生を見ない (28℃, 24時間後)ものでも以上の酸化能力が見られることから示される. 多量の抽出液をとり, アセトン (80%v/v) で処理して沈澱を乾燥粉末とし, 再び酢酸緩衝液にとかし, 硫安の 0.3~0.8飽和の濃度で塩析せしめ, セロフアンを通して水に対し透析し, 再びアセトン中で沈澱せしめて得た粗標品は, H
2O
2を加えることなしに, 二価鉄を酸化し得る. 二価鉄の外に p-phenylenediamine や Hydroquinone をも H
2O
2なしに酸化する. この能力は標品を真空乾燥しておけば少くとも1ヵ年以上保持される. この酵素の本体は更に標品を純化しないと明かではないが, H
2O
2なしに作用する peroxidaseの一種か, あるいはそれに近いある種の鉄酵素であろうと思われる. いずれにしても, 水稲根のこの作用は水稲根えの鉄の附着, あるいは根くされ抵抗性などと関係をもつていると考えられる.
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