水稲の登熟期には, 種実に炭水化物の移行蓄積がなされるのみでなく, 窒素代謝もそれと共に変化し, 茎葉中の窒素が種実に移行することが知られている. 水稲体の等電点は, 生育期には低く, 登熟期になると, 茎葉部においてはやや下り, 反対に穂においては急に高くなることが報告されている. このことは, 茎葉中から種実へ窒素が移行するとしても, 等電点を高めるような塩基性窒素化合物が特異的に種実にたまることを暗示している. この観点より, 登熟期前後における水稲体中の水溶性蛋白質及び遊離アミノ酸の動向をペーパークロマトグラフイーで追跡した. 試料は圃場栽培の水稲の各部位を種々の登熟過程に採取し, アンモニア緩衝液 (pH 8.0) を加えて乳鉢で摩砕後直ちに遠心分離した上澄である. 現在, 蛋白は〓紙クロマトグラフイーではつきりした分離像を得ることは困難で種々の溶媒を比較検討した結果, 20%エタノールで試料を展開した時に不明瞭ではあるがかなりの数のスポットに分離したので以後の実験にはこの溶媒のみを用いた. 水稲体の蛋白は葉の老幼, 葉身, 葉鞘, 茎, 及び根に於て, 又種実内の器官別にそれぞれ質及び量において異つていることがみとめられた. 登熟期中の葉身及び種実において蛋白及びアミノ酸は, 葉では乳熟期ごろより減少しはじめるが, 種実ではその時期ごろより逆に増加しはじめ, 登熟完了期近くなつて再び減少する. 蛋白のクロマトグラムから, 葉の生理的に活発な葉位の変化が生育時期の推移と共に明瞭に示された. 葉におけるアミノ酸の減少と同時に, 同種のアミノ酸の増加が種実においてみられた. しかし, 盛葉にみられない, ニンヒドリン青紫色, 坂口反応橙赤色のスポットがRf0.9又はそれ以上のところにあらわれた. このものは, 熱処理で沈澱し, 酸加水分解で, ニンヒドリン桃色, 坂口反応赤色の純アルギニンに近い値をもつスポットに変化し, フラビアン酸で沈澱することから, 何らかの形でアルギニンが, 他の大きな分子の物質, おそらく蛋白かペプチドと結合しているものと思われる. この"アルギニンに富む蛋白"が, 種実のみにふえることから, この物質が穂の等電点を高める塩基性窒素化合物ではないかと考えられる.
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