作物の根圏環境を変えることで温室効果ガス(Greenhous gas: GHG)の排出量を減らしたり炭素隔離を促進したりすることは,有効な温暖化防止対策である.しかし,作物の根形質とGHG排出量との関係性に関する研究は限られており知見に乏しい.このような研究の促進につなげるため,本総説では,GHG生成・排出メカニズムの概要を述べ,根圏やGHGのセンシング技術とその課題について総括し,根形質を変えることによるGHG排出削減の可能性について最新の研究をもとに議論する.また,GHG排出削減と炭素隔離とのトレードオフ関係にも触れ,温暖化防止策の選択について議論する.
西日本のコムギ栽培では,畝幅1.5~2 mの畝と畝間 (明渠) を設け,条間約0.3 mの条播きで播種する栽培体系が一般的となっている.この様式は,降雨が少ない地域の条間約0.2 mドリル播きに比べて,明渠に照射される光を十分に利用できず,種子の間隔が狭いため株間の光競合が起きやすいと考えられる.本研究では,明渠が占める面積を抑えつつ種子間の幅も広げるため,畝幅を4.5 mとした広畝に播種量を変えずに条数を倍にする密条薄播きを組み合わせた広畝密条薄播き栽培が「せときらら」の収量や品質を高められるか4作期にわたって検証した.広畝密条薄播き区 (広畝23条または24条区) は,過湿土壌による生育阻害が懸念されたが,4作期とも慣行畝区と同等以上の収量となり,2018/19年には慣行畝区に比べて約21%も増収した.収量が高まった原因は,慣行畝区に比べて穂揃い期から成熟期にかけての個体群成長速度が高かったためであった.広畝23条区は,成熟期の地上部窒素蓄積量が多かったため,収量が高まった場合でも子実タンパク質含有率が高く維持された.また,1~2作期目に広畝23条区は倒伏程度が低かったため,4作期目では倒伏リスクに関連する諸形質も測定した.その結果,広畝24条区は,第4葉抽出期から開花2週間後まで草丈が慣行畝区に比べて低く推移していた.開花2週間後には主茎と分げつのいずれでも節間1 cmあたり乾物重が重かった.広畝密条薄播き栽培は,西日本でコムギの収量と品質を高めつつ,倒伏リスクを低減するために有効な栽培体系であると考えられた.
2016~2020年の5年間に高知県の11地域で生産された酒米品種「吟の夢」の玄米とその栽培履歴を用いて,「吟の夢」玄米品質の地域間,年次間差の実態やその発生要因を検討した.地域間では,千粒重,整粒割合,心白発現率,検査等級,アルカリ崩壊性において有意な差が認められ,整粒割合,心白発現率,検査等級,アルカリ崩壊性では変動係数が10以上と比較的大きかった.年次間では,千粒重,整粒割合,蛋白質含有率,アルカリ崩壊性において有意な差が認められ,整粒割合,アルカリ崩壊性では変動係数が10以上であった.地域間,年次間ともに有意差が認められた玄米品質形質の最大値と最小値の差は,地域間,年次間それぞれにおいて,千粒重では1.5 g,1.2 g,整粒割合では32.5%,15.4%,アルカリ崩壊性では0.49,0.24であった.同様に,変動係数は,千粒重では1.9,2.2,整粒割合では14.5,10.1,アルカリ崩壊性では19.7,11.7であった.よって,千粒重は地域間差,年次間差が同程度,整粒割合,アルカリ崩壊性は年次間差より地域間差が大きいと判断された.また,地域間では,整粒割合は標高と正,登熟期間の平均気温および日射量と負,心白発現率は登熟期間の日射量と正,成熟期と負,検査等級は登熟期間の平均気温および日射量と正,標高と負,アルカリ崩壊性は標高,成熟期と正,登熟期間の平均気温および日射量と負の有意な相関関係を示した.以上より,「吟の夢」玄米品質の高位平準化に向けて,整粒割合,心白発現率,検査等級,アルカリ崩壊性の地域間差を小さくすることが第一に重要であると考えられた.また,整粒割合,心白発現率,検査等級,アルカリ崩壊性の地域間差には,標高や成熟期を介して登熟期間の平均気温や日射量が影響していることが推察されたため,各生産地域における適正な登熟期間の気象条件となる栽培法を提示する必要がある.
愛知県内の中山間地である設楽町では地域在来種によるエゴマの栽培が行われており,その子実は五平餅のたれや油に加工後地元の道の駅で販売され,これらを目当てとした来客もあり好評を得ている.このように,中山間地へ人を呼びこむことができるエゴマは地域資源として重要品目であるが,生産者の高齢化とともにその生産量は減少している.また,この地域で栽培される在来系統は7月上旬に定植され10月下旬から11月上旬に収穫時期が集中するため,同一生産者による栽培面積の拡大が不可能であり,このことも生産量が確保できない一因となっている.さらに,10月に早霜に遭う場合があり,子実収量や品質の低下を招いている.本研究では本地域での生産量の安定確保を図るため,在来種「名倉」の定植時期が生育,開花,収穫時期および収量に及ぼす影響を2017年と2018年に調査し,収穫作業の分散可能性を検討した.あわせて名倉種と極早生系統を交雑して得られた後代系統についても同様に調査を行った.その結果,在来種「名倉」は定植時期が遅れるほど生育は劣り,定植時期を変えても開花時期は9月中下旬,収穫時期は10月下旬から11月上旬と変わらず収穫作業の分散はできなかった.一方,交雑後代系統は定植時期に応じて開花や収穫時期も変動した.このことから,育種的改良により定植時期を変えることで収穫時期を調整できる可能性があり,育成系統と在来系統の計画的な作付けにより,本地域の生産量を増加できる可能性が考えられた.
植物の出芽は乾燥や土壌クラストによって阻害され,これらの出芽阻害要因は播種前後の気象で変化し,出芽率や適正な播種深は播種前後の降水条件に大きく影響を受けることが知られている.対応策として多めに播種し手作業で間引く方法は,土地利用型作物では労力的に困難である.特に,種子の小さい作物は出芽阻害を受けやすく,気象条件に応じた適正な播種深設定が重要となるが,播種後の気象は予測困難である.そこで,栽培予定条間に対し半分の条間で播種深の浅い条 (浅区) と深い条 (深区) を交互に設定し,出芽の劣った条を中耕作業で間引く「二深法播種」 を考案した.本研究では,ゴマにおいて様々な気象条件のもとで二深法播種を圃場で38回実施して出芽率を調査した.その結果,気象条件によって浅区の出芽率のみが高い場合,深区のみが高い場合,ほとんど差がない場合の3パターンに分かれた.各パターン別の出芽率の事後分布と天候パターンの発生割合をもとに出芽率のシミュレーションを実施した.その結果,目標出芽率45~75%を達成する確率は,浅区のみでは59%,深区のみでは54%であったのに対し,二深法播種区では81%となり,二深法播種の実用性が示された.
千葉県では,2016年にサツマイモ「ベニアズマ」において,いも長がいも径の2.5倍以内となる丸いもの発生が大きな問題となった.その原因としていもの長さが決定する生育初期の乾燥の影響が考えられたことから,生育初期の灌水が生育,収量と丸いもの発生に及ぼす影響を調査した.栽培管理は植付けから50日間は雨除けトンネルを被覆して,晴天日と曇天日はトンネルを開放した.無灌水,植付け直後,植付け10日後,植付け10日後と30日後に灌水を行う試験区を設置し,土壌水分の推移と初期生育と収量,いも形状について調査した.灌水時の土壌水分張力(pF)は,灌水後7~10日で無灌水と同程度まで再上昇した.収穫適期のいもの外観品質は灌水によって向上した.いもの形状については,植付け10日後に灌水を行った2区で無灌水に比較し,いも長が長くなることで丸いもの発生が減少した.一方で,植付け直後のかん水では,初期生育が良好かつ収穫適期の外観品質が向上するがいも長は無灌水区と変わらなかった.以上の結果から,植付け10~20日頃の生育初期の乾燥が丸いもの発生原因となること,植付け10日後の灌水が丸いも対策に効果的であることが示唆された.
北陸地域における水稲初冬直播き栽培の播種早限を明らかにすることを目的として,新潟県上越市で2021年および2022年の10月中旬,11月上旬,11月中旬に品種「つきあかり」と「にじのきらめき」を播種し,翌年春の出芽率に及ぼす播種時期の影響を中心として,種子生産年次(前年産と当年産) と種子へのチウラム水和剤処理の影響についても評価した.10月中旬播種では,前年産種子の出芽率はチウラム水和剤の種子塗布処理の有無にかかわらず3%以下に留まった.一方,当年産種子を10月中旬に播種すると出芽率は31~65%であり,チウラム水和剤処理することで出芽率は20ポイント程度高まった.出芽率は播種時期が遅いほど高くなる傾向にあり,前年産種子でも10℃程度の低温保管と種子へのチウラム水和剤処理を前提に,11月中旬の播種により36~62%の出芽率が得られ,実用性があると考えられた.播種時期および種子生産年次による出芽率の差異は播種時の種子休眠性によると考えられた.「つきあかり」と「にじのらきめき」の前年産種子,当年産種子のそれぞれについて,播種時期ごとの必要播種量,および播種後年内の有効積算地温と有効積算気温に基づいた播種早限の目安を推定した.
本研究は,沖縄県でのソバ前作緑肥の台風による被害の程度を3種緑肥作物(クロタラリア属のジュンシアとスペクタビリスおよびセスバニア属のロストラータ)の強風による茎の折れと葉の萎凋および収穫時の生存個体数から比較した.また,ジュンシアとロストラータの生育量,窒素とリンの含有量など肥料成分の比較を行った.強風により茎の折れる個体数はジュンシアで有意に多く,潮風害による葉の萎凋個体はジュンシアとスペクタビリスでロストラータより有意に多かった.ロストラータではこれら被害はほとんど認められなかった.ジュンシアでは茎の折れた個体や葉の萎凋個体で再生する個体もあったが,スペクタビリスは再生せず,台風通過後の7月22日までにほぼ全ての個体が枯死した.生育量調査時の生存個体率はジュンシアで49%であったが,ロストラータでは87%であり,後者の強風や潮風害の抵抗性は非常に高いと考えられた.生育量,窒素含有量はジュンシアよりロストラータで高い傾向にあり,リン含有量はほぼ同程度であった.なお,ジュンシアでは個体数の減少により個体当たりの生育量が大きくなったことから茎のCN比がロストラータより顕著に大きくなり分解率の低下が懸念される結果であった.
中山間地域の水田転換畑における多収栽培技術の確立は国内の農地の生産性向上において重要である.一方で,ダイズやムギ類では排水不良による湿害が問題となっている.これまでに中山間地域において,圃場造成時の切土箇所と盛土箇所で土壌水分量の傾向が異なっていることが示唆されており,平坦地よりも切土盛土による元地形からの変化量が相対的に大きい中山間地域においては,圃場造成履歴に着目することで多収に有効な排水対策を講じられる可能性がある.本研究は中山間地域における本暗渠未施工の水田転換畑を対象に,圃場内の排水不良を補助暗渠の利用により改善する技術の開発を目的として行った.試験は2020年から2022年に広島県東広島市の中山間地域において水田輪作を実施している農家圃場において行った.過去の航空写真を用いて当該圃場の切土盛土の分布地図を作成し,もみ殻暗渠施工機と弾丸暗渠施工機を使用して切土箇所と盛土箇所間の水の流れを改善する目的で,切土箇所と盛土箇所を接続する方向に補助暗渠の施工を行った.施工時に測量したところ,盛土箇所において地表面の沈降が見られ,盛土箇所に水が集まりやすいことが示唆された.2022年に,盛土箇所に深さ35 cmの排水口を設けた上で,補助暗渠を排水口から放射状に施工したところ,ダイズのm2当たり株数が向上し,全刈収量において有意な増収効果がみられた.これらの結果は,中山間地域においては,圃場の造成履歴に基づき排水口を検証し,盛土への集水を利用することで,排水対策の効果が高まることを示唆している.
茨城県南部で水稲「にじのきらめき」を栽培して600 g m–2の精玄米重を得るには,籾数を2.8~2.9万粒 m–2程度確保する必要があり,幼穂形成期までの生育に応じて窒素追肥を行い,出穂期の窒素吸収量を7.8~7.9g m–2程度に誘導することが重要である.また,直近の夏季高温条件では玄米千粒重は低下傾向を示したが,籾数2.9万粒m–2を超えると玄米千粒重は23~25 g程度で673~738 g m–2程度の精玄米重を得ることができた.
積雪前の初冬に種籾を播種する初冬乾田直播栽培 (以下,初冬播き) では苗立ち率の確保が最も重要となる.本研究ではプラウ耕鎮圧体系による初冬播きでの播種同時施肥と採種年の違いが苗立ちに及ぼす影響について2ヵ年試験した.その結果,側条施肥は初冬播きの苗の生育促進に有効である一方で,苗立ち数と苗立ち率に影響を及ぼすことが明らかとなった.また,前年産種子は当年産種子よりも苗立ち率が7.3~8.9ポイント低下することが示唆された.これらの結果から,今後は苗立ち率に影響を及ぼさない側条施肥量や施肥位置,肥効調節型肥料の種類の検討や前年産種子の使用に際しては苗立ち率の低下を見込んだ播種量を明らかにする必要があると考えられた.