本研究は,ソバのリン吸収特性を明らかにし,沖縄の国頭マージにおいてソバの子実収量が黒ボク土より低かった原因を探ることを目的とした.リン無施肥区において,赤玉土およびバーミキュライトで栽培したソバは,前報のリン無施肥の黒ボク土で栽培した場合と同様に植物体乾物重および子実重ともに著しく減少することが明らかになった.低リン環境では開花から収穫までの根の乾物重増加が大きくなるために収穫期の根の乾物重が高リン環境より重くなることが明らかになった.この根の生長の促進は生育後期の養分の吸収を促進するものと考えられた.また,子実のリン含有率は概ね2.5 g/kg以上に保たれるように吸収されていることに対して,葉と茎ではリン含有率だけでなくリン含有量も開花期から収穫期にかけて減少し,葉と茎からは子実へリンが再移行していることが考えられた.以上の2つのソバのリン吸収の特性から,ソバの低リン抵抗性が獲得されていることが考えられた.Al型難溶性リン施肥では生育および収量の抑制が小さかったが,Fe型難溶性リン施肥では生育および収量が著しく抑制された.よって,ソバはAl型難溶性リンをある程度吸収できるが,Fe型難溶性リンの吸収は困難であるために,根系発達とリンの再移行性はあるものの国頭マージにおいて黒ボク土より収量が低かったことが示唆された.
幼穂発達期と登熟期における短期間の冠水処理が,収量構成要素に及ぼす影響を見るために,穎花分化後期 (出穂前16日),花粉内容充実期 (出穂前6日) に1日と3日,登熟前期 (出穂後5日),登熟中期 (出穂後18日) に2日の冠水処理を行った.どの冠水処理も穂数に影響しなかった.1穂精籾重は穎花分化後期の3日,花粉内容充実期の1日と3日,および登熟前期の2日間処理で対照区に比較して13~17%低下した.冠水処理による1穂重の減少は2次枝梗の減少によって生じた2次枝梗籾数の減少が主要因であった.冠水処理後に残存した精籾の1粒重に対照区との差は認められなかった.以上から,冠水による収量低下は2次枝梗の退化や枯死による粒数の減少が支配的であることが明らかとなった.
業務・加工用水稲多収品種「あきだわら」,「やまだわら」,「とよめき」について,収量特性を明らかにするとともに,多収と高品質の両立が可能となる収穫時期を検討した.「あきだわら」,「やまだわら」,「とよめき」の収量は2ヵ年平均で783–808 kg/10aとなり,主食用品種「コシヒカリ」より約1.6倍多収だった.また,これら3品種は,「コシヒカリ」よりm2当たり籾数が多かった.「あきだわら」,「やまだわら」,「とよめき」では,整粒歩合が70%以上かつ籾水分が25%以下となる出穂後積算気温の範囲は,それぞれ1115–1393,1247–1441,1171–1480℃・日だった.これ以降の登熟歩合の増加程度は小さかったため,この範囲が収穫適期と考えられた.また収穫時期の判断基準の1つである黄化籾率は,「あきだわら」,「やまだわら」,「とよめき」では,それぞれ88–95,87–94,82–92%だった.
近年の甘さを求める消費者の嗜好を反映し,高糖度のサツマイモの需要が高まっている.食用サツマイモにおける栽培方法・収穫後の短期貯蔵が品質関連形質に与える影響および高糖度に関わる要因を明らかとするため,高糖度品種と従来品種を用いて,2014年にマルチ被覆の有無および栽培時期の早晩,2017年にマルチ被覆栽培における栽培時期の早晩および短期貯蔵の有無が収量・品質関連形質に及ぼす影響を調査した.2014年は,乾物率,でん粉含有率は早植区で高く,晩植無マルチ区で低かった.でん粉の糊化開始温度は晩植区で低く,蒸しいも糖度の栽培条件による変動は高糖度品種で小さかった. 2017年は,晩植区では塊根収量,乾物率,でん粉含有率,糊化開始温度,スクロース含量,可溶性糖含量,蒸しいも糖度,β–アミラーゼ活性,可溶性タンパク質含量が低かった.また短期貯蔵で蒸しいも糖度,還元糖含量,スクロース含量,可溶性糖含量は増加したがマルトース含量は減少した.近年育成の高糖度品種は,低い糊化開始温度や高いβ–アミラーゼ活性によりマルトース含量が高いことおよびスクロース含量が高く短期貯蔵による増加量が多いことから高糖度を示すことがわかった.晩植では糊化開始温度が低下したが蒸しいも糖度は上昇しなかった.したがって,高糖度サツマイモの安定生産には高糖度品種の利用が有効であり,またマルチ被覆や適期作付けによりでん粉含有率やβ–アミラーゼ活性を高めること,短期貯蔵により糖度を更に高めることが重要であると考えられた.
近年育成された品種を含む我が国の代表的なコムギ18品種を茨城県つくば市で栽培し,倒伏指数および倒伏抵抗性に関与する強稈関連形質の品種間差とその要因を解析した.倒伏指数が18品種中で最も小さく倒伏抵抗性が高いと考えられたのは「ゆめちから」であった.「ゆめちから」の稈基部の葉鞘付曲げ剛性と挫折時モーメントは,いずれも18品種中で最も大きかった.稈基部の葉鞘付挫折時モーメントが大きかった品種のうち,「ゆめちから」は曲げ応力と断面係数が共に大きく,「ゆきちから」と「チクゴイズミ」は曲げ応力は大きく断面係数は中程度であった一方で,「きぬの波」と「あやひかり」は曲げ応力は中程度で断面係数は大きかった.また本研究では,稈基部横断面積と1穂小穂数に同じ傾向の育成地域間差が見られ,北海道地域育成の品種群は九州地域育成の品種群より,断面積と1穂小穂数が有意に大きく,北海道および九州と並んでコムギの主産地である関東地域育成の品種群の断面積と1穂小穂数は中間的な範囲にあった.以上のことから,「ゆめちから」は湾曲型倒伏と挫折型倒伏の両方への抵抗性が高いことが示された.また,挫折時モーメントが大きい品種の中には,曲げ応力が大きいものと断面係数が大きいものがあることが明らかになり,このような異なった特徴を持つ強稈品種間で交配することによって,さらに倒伏抵抗性の大きい形質を作出できる可能性が考えられた.加えて,強稈関連形質は育成地域ごとに異なる傾向を持つことが示唆された.
福岡県内の「はるか二条」採種圃場において2017年に発生した強い黄色を呈する穀粒(黄色粒)は,被害粒である退色粒とは穀皮色相の特徴が異なり,その発生要因と種子品質に及ぼす影響は不明であった.このため,黄色粒の発生要因と種子品質関連形質を調査した.その結果,成熟期~収穫直前に2.5 mmの降雨に遭遇した生産物は外観で黄色粒と判断され,その穀皮の色相はL*値(明度)が低下し,a*値(赤み程度)及びb*値(黄色み程度)が上昇していた.出穂以降,降雨に遭遇していない成熟期の切り穂を高湿条件で2日間処理した場合にも色相変化について同様の傾向が確認された.また,「はるか二条」は他の県内普及二条オオムギ品種と比較してa*値及びb*値が増加しやすい傾向を示した.さらに,黄色粒の発芽率,千粒重及び種子休眠性は通常粒と比較していずれも劣ることは無かった.以上の結果から,「はるか二条」の黄色粒の発生は成熟期~収穫期のわずかな降雨に起因すると推定されるものの,これによる黄化は種子品質関連形質には影響を及ぼさないことが明らかになった.
本研究では,種子島研究拠点における約20年分の生産力検定試験データを基に,糖度上昇期にあたる秋季以降の糖蓄積増加量に及ぼす気象要因の影響について,従来は考慮されてこなかった台風の影響を含めて解析した.対象品種はNiF8,栽培型は春植えとした.試験データから10~1月の茎当たり糖蓄積増加量を求め,これを目的変数として気象要因との重回帰分析を行った.その際,台風の影響を葉身障害による光合成阻害と定義し,台風後に有効積算温度が200℃ dayに達するまで,台風の風速に応じた任意の割合で日射利用効率が低下すると仮定した.重回帰分析の結果,台風の最大瞬間風速が20~30 m s–1では10%,30 m s–1以上では60%の光合成阻害が生じると設定した条件で,重回帰分析モデル式の決定係数が最大となった.得られたモデル式を用いて,10月下旬に連続して台風が発生した平成29/30年期の糖蓄積増加量を推定した結果,実測値に近い値が得られ,台風を考慮しない場合よりも推定精度が向上した.台風の影響も考慮した解析の結果,10月から12月においてサトウキビが利用可能な日射量,および11月,12月における降水量と気温が,糖蓄積に及ぼす影響が大きいことが示唆された.
玄米の胴割れ発生が少ない品種を育成するための選抜指標を作成することを目的として,遅刈りにより玄米の胴割れを助長させ,胴割れ粒の割合で評価する刈遅法により,温暖地西部に適した胴割れ耐性基準品種選定試験を行った.試験は温暖地西部に位置する西日本農業研究センターと寒冷地南部に位置する福井県農業試験場において,2015年から2018年の4カ年実施した.その結果,中生熟期では「やまだわら」を胴割れ耐性‘強’,「きぬむすめ」および「せとのかがやき」を‘中’,「ヤマヒカリ」および「あきだわら」を‘弱’として選定した.やや晩生熟期では「ヒノヒカリ」を‘中’,「あそみのり」を‘やや弱’,「碧風」を‘弱’として選定した.晩生熟期では基準品種を選定できなかったが,「ニシホマレ」および「ひめのまい」で胴割れの発生が少なく,「アケボノ」および「朝日」は発生が多い傾向にあった.また,刈遅法による胴割れ率は籾水浸法や玄米吸湿法による胴割れ率との間に高い相関を示したことから,本試験で選定した中生およびやや晩生熟期の基準品種は,刈遅法の代替法とした,籾を15℃の水に浸漬し自然乾燥させる籾水浸法や玄米を25℃で5時間の吸湿処理を行う玄米吸湿法にも適用できると判断された.
一般にサツマイモを過湿条件で栽培すると,地上部の生育は旺盛になるが塊根収量は減少することが知られている.石川県で育成されたサツマイモ品種「兼六」の生産拡大を図るため,埴壌土の非湛水水田圃場を利用した栽培の可能性を検討したところ,塊根収量と塊根品質は砂壌土畑圃場と同程度であった.基肥施用は塊根数を増加させたが平均塊根重を減少させ,塊根収量は無施肥と同程度になった.基肥を施用せず挿苗8週後に施肥を行うと塊根数は抑制されたが,個々の塊根重が増加して増収となり,無施肥で多発した条溝の発生も抑制できた.また施肥方法の違いは遊離糖含量およびβ-カロテン含量に対してほとんど影響しなかった.これらの結果から,永久転換畑化や圃場整備などの排水対策を講じていない非湛水水田圃場でも,挿苗後施肥を行うことにより砂壌土畑圃場と同様に蒸切干などの加工に適した「兼六」塊根を収穫することができ,田畑輪換に活用できると考えられた.
蒸切干やペーストへの加工用品種として,石川県で普及しつつあるサツマイモ品種「兼六」の貯蔵温度について検討した.「兼六」塊根の糖度の上昇には一定の低温処理が必要であり,サツマイモの一般的な貯蔵条件である13℃の定温貯蔵では,12週間の貯蔵期間中に腐敗塊根は発生しなかったが,スクロース含量と甘味度は上昇しなかった.また16℃の定温貯蔵では開始4週後から萌芽が進み長期貯蔵に不適であった.一方,6℃および9℃の定温貯蔵では,腐敗塊根が発生した開始6週後および10週後までスクロース含量と甘味度が上昇した.無加温の屋内貯蔵では,日平均温度が10℃以下になった開始4週後から,腐敗塊根が発生した12週後までスクロース含量と甘味度が上昇した.したがって10月末に収穫する「兼六」塊根の年内加工には短期間に糖度の上昇が期待できる6〜9℃での定温貯蔵が,年明け以降の加工には貯蔵開始8〜12週後に糖度の上昇が期待できる無加温の屋内貯蔵が有効であると考えられた.
業務用向け水稲品種「アケボノ」の安定多収化による生産農家の所得向上を図る上で,目指すべき収量とその到達の目安となる収量構成要素を,岡山県における圃場栽培試験で実際に得られた値から検討した.試験は2016年~2018年の3か年実施し,施肥量を段階的に変えた試験区を設けて倒伏程度,収量,収量構成要素および検査等級を調査した.その結果,登熟期が記録的な寡照条件であった2018年を除き,2016年と2017年の2か年において,倒伏を防ぎつつ反収700 kgに到達した試験区がみられた.また,反収700 kg到達の目安としては,m2当たり籾数33000程度と登熟歩合86%の両立が重要であり,m2当たり籾数が33000程度を超えると,倒伏や検査等級下落の危険性が高まる傾向が認められた.これらのことから,「アケボノ」の安定多収化においては,反収700 kgを目標収量とし,m2当たり籾数33000程度と登熟歩合86%を安定して維持できる栽培技術の確立が必要と考えられた.
亜熱帯に位置する沖縄県の石垣島は日本稲にとっては自然短日条件下にあり,日本本土よりもイネの出穂が促進される.このため石垣島では,日本各地の水稲品種育成地で交配されたイネの雑種集団について年間2ないし3世代を進める世代促進事業が実施されている.この世代促進栽培では日本水稲品種の到穂日数は新潟県上越市における到穂日数に比べ平均で,一期作(3月播種)では70%,二期作(7月播種)では52%まで短縮し,晩期作(8月播種)においては二期作よりもさらに短くなった.また,一期作ではいずれの日本水稲品種も通常の不稔歩合(概ね10%以下)を示したのに対し,二期作および晩期作では関東以西の多くの品種で不稔歩合が高くなった.特に,九州で育成された「シンレイ」「ニシホマレ」「サイワイモチ」では不稔歩合が晩期作で約60%に達した.北陸や東北,北海道のほとんどの品種は,晩期作でも不稔歩合は10%程度以下に留まった.高温による不稔の危険期とされる開花期(出穂期)の最高気温は最も高い品種で二期作および晩期作でそれぞれ32.4℃,29.4℃であり,障害型冷害の危険期である穂ばらみ期(出穂前12日から10日)の最低気温は最も低い品種でも二期作および晩期作でそれぞれ24.7℃,22.1℃であった.このため,温度条件は不稔発生の要因ではないと考えられた.関東以西の品種で発生する不稔は出穂が一段と早まる晩期作で顕著に高まることから,短日条件による大幅な出穂促進が不稔の発生に関与する可能性が示された.