ペプチド化学は丁度, 有機化学←→生化学の問をゆききする振子のような化学である.今世紀の初頭, タンパク質を部分水解して得られるペプトンを通じて, タンパク質がアミノ酸から構成されていることを知ったE.Fischerは, アミノ酸から出発して, 生物活性タンパク質を化学合成することを夢みた.このFischerの夢こそペプチド合成化学のフィロソフィーであり, これを満すためには新しい合成化学の開発と, 生物活性を構造上に理解しようとする生化学的な要素が要求される.ペプチド合成化学の研究分野が, これら2要素によって総括的に満されることは当然であるとしても, 一つの研究室で, ここの2要素を満そうとすることは非常に困難なことである.たとえば既知の方法で新しいペプチドを合成し後者の要求を満しても, 合成化学的に内容が乏しいものとなるからである.筆者がペプチド化学を学んだのはDr, Klaus Hofmann (Pittsburgh 大学) からであり, 彼はRuzizka, Bergmann, du Vigneaudに師事し, 有機化学よりしだいに生化学に入った人である.彼は複雑な化合物の合成を目標にかかげ (現在 Ribonuclease T
1) その際従来の方法では具合の悪い個所にのみ, これを解決する化学的な要素を満すこと, および他研究者では得られない合成品を使用して生化学的な問題の解明に努力することを研究の主眼に置いている.一方BergmannとともにZ (Benzyloxycarlonyl) 基を開発したZervasは今も保護基の開発のみを研究の主眼としているようである.
以上のように, 異った研究動機によって, ペプチド合成化学者の立場も異なるのであるが, なるべく共通の場を求め私見を加えたい.ペプチド合成化学の基本となるものは, 酸アミド形成反応, 保護基の撰択性の2つの化学的な問題と, それを基礎とする生物活性ペプチドの合成への取り組みかたと考える.
抄録全体を表示