著者等は1936年の1月に東京及び横須賀 (神奈川縣) に於て街路樹プラタナス (
Platanus orientalis L.) の葉が街燈に照らされて居る部では, 光源を中心として半徑約1mの範圍の枝が嚴寒にも拘らず尚ほ落葉せずに緑色を保つて居るのを認めたので, 同一樹上より夫々光源に近い部及び其の反對側の遠い部の枝を取つて比較觀察を行なつた。
其の結果, 有葉枝の長さは無葉枝よりも平均30cm内外長く, 其の先端は尚ほ展葉を續けて居り, 甚だ軟かく, 指頭で摘み切り得る程であり, 既に凍害を受けて黒色を帶びて居た。枝の外面には細綿毛を被り, 柔軟で, 緑色を呈して居たのに反し, 無葉枝では短大, 強剛で黒褐色を呈し, 腋芽も發達が良く著しく大であつた。これと同樣な事實を既に北米合衆國のガーナー及びアラード GARNER and ALLARD(1) (1923) やドイツの MOLISCH (1930) も亦夫々ゆりのき (
Liliodendron tulipfera) やポプラ (
Populus alba) 等で認めて居る。扨, 著者等は之等, 有葉, 無葉兩者の枝を取り顯微化學的觀察を行なつた所, 有葉枝では皮層部に著しい澱粉の存在を認め, アミノ酸の反應も強かつた。糖も亦少なからず認められた。然るに一方無葉枝では皮部及び射出髓にはデキストリンの存在が多く, 澱粉は極めて僅か認められたに過ぎず, 蛋白が多く, アミノ酸はアスパラギンの状態のものが多く見られ糖は少なかつた。
以上の事實より見て, 落葉は温度の低下に依るよりも浴光時間の如何に依る光の影響の方が大であるらしく, 然も其の原因としてはドイツの RICHTER が述べ(2)て居るように葉緑同化作用がより旺んに行はれたために榮養が特に可良となつた故に葉の生命が永びいたと考へるのは適切でなく, 寧ろ照明時間の長さが大となつた故に原形質の活動状態に或る種の反應を招き其の事によつて, 例へば或る種のホルモンの如き物質の生成に變化が來ると考ふ可きで, 事實最近 BONNER (1940)(3) は長日處理を行つた植物では葉中のビタミンB
1の含量が増大すると云ふ事を報じて居る事は炭水化物の代謝と深い關係のある事を暗示して居り, 此の事は日照時間の變化が細胞の生活機能そのものに直接作用する事によつて第二次的に化學變化が起るものであるべき事を裏書して居ると云へよう。隨つて著者等の觀察した澱粉や糖やアミノ酸等の状態は結果的な現象と見るべく, 其の生化學的變化を以て其の動機と見なす事は正しくはないであらう。だから内部の生化學的變化は落葉しなかつたものと落葉したものとの體内に於ける物質の化學反應が, 休眠枝と活動枝との間に見られるものと等しいと云ふ事に過ぎない。
尚ほ本實驗に於ては澱粉は沃度沃度加里, 糖はベネディクト氏液, アミノ酸はニンヒドリン及びアスパラギンはアルコールに依つた。
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