全日本鍼灸学会雑誌
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73 巻, 2 号
全日本鍼灸学会雑誌
選択された号の論文の10件中1~10を表示しています
巻頭言
教育講演
  • 井関 雅子
    2023 年 73 巻 2 号 p. 68-76
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    国際疼痛学会において2020年に改訂された痛みの定義では、 「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、 あるいはそれに似た、 感覚かつ情動の不快な体験」 としており、 明らかな痛みの原因が同定されなくとも、 それに類似した感覚かつ情動の不快な体験が発生する可能性を示唆している。 痛みは様々な観点から分類されており、 時間軸から急性痛、 亜急性(期)痛、 慢性(疼)痛に、 疾患別にはがんに直接起因する疼痛、 とそれ以外の疾患に伴う疼痛に、 機序別には侵害受容性疼痛 (Nociceptive pain) と神経障害性疼痛 (Neuropathic pain)、 さらに近年では痛覚変調性疼痛 (Nociplastic pain) の3つに区分される。 また、 WHO新国際疾病分類においては 「慢性疼痛」 という独立したカテゴリーが作成されおり、 3ヶ月以上継続または繰り返す痛みを慢性疼痛としている。 長引く痛みは心身の疲弊を招き生活の質の低下につながるため、 慢性疼痛患者に対しては心身両面からのアプローチの必要性が唱えられている。 そのため慢性疼痛においては多面的に評価することが有用である。 本邦においても、 様々な疼痛緩和に関するガイドラインが各学会や厚労省の慢性の痛み政策研究事業による研究班から発行されており、 エビデンスに基づいた治療を行うための指標となっている。 慢性疼痛は、 個々の患者の生活の質を低下させ、 本邦における社会的損失も大きいことから、 今後も立ち向かうべき課題である。

シンポジウム
  • ガイドラインの拡充を目指して
    南波 利宗, 久保 亜抄子, 有働 幸紘, 皆川 陽一
    2023 年 73 巻 2 号 p. 77-92
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    2021年に慢性疼痛診療ガイドライン (以下、 ガイドライン) が発刊され、 統合医療や頭痛の項に鍼治療に関する項目が収載された。 本シンポジウムでは、 ガイドライン発刊を受け、 慢性疼痛を取り巻く鍼治療のエビデンスの現状の理解とガイドラインの拡充のための議論を行うことを目的に実施した。  南波氏はガイドライン作成のワーキンググループメンバーとして、 ガイドラインへ鍼灸治療が収載された経緯を紹介しつつ、 各専門分野だけでなく、 鍼灸独自のガイドライン作成への展望を述べた。 久保氏は近年における痛みに関する鍼治療の基礎研究の現状を提示した。 マウスやラットへの鍼刺激によるアデノシンやオレキシン、 オキシトシンへの影響や、 鍼刺激に対して経穴特異的な反応を明らかにした基礎研究を紹介し、 慢性疼痛に対する鍼治療の効果を確立するための基礎研究の重要性を述べた。 有働氏は慢性疼痛に対する鍼灸治療の臨床研究に関する詳細なレビューを行ない、 鍼治療方法や刺激部位、 刺激方法の現状を報告した。 皆川氏は鍼灸師に対する痛みの系統的教育が十分に実施されていない現状を示し、 また、 自身らが実践する慢性疼痛患者に対する鍼灸治療について述べた。  本シンポジウムの内容をご高覧いただき、 諸氏の臨床・研究・教育の参考になれば幸いである。

教育講演
  • 非特異的腰痛の分類と鑑別
    鈴木 秀典
    2023 年 73 巻 2 号 p. 93-99
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    これまで非特異的腰痛とひとくくりにされ、 診断・治療などがあいまいとなりがちだった腰痛症も、 丁寧な問診や診察、 ブロックなどによりその多くが正確な診断が可能であり、 また診断に基づく適切な治療が可能であることが示されている。 また最近では、 これまで判断に迷うことも多かった治療効果指標に関して、 明確な数値化などの可能性が示唆されており、 腰痛症の診療もわかりやすい形に変化してきている。 山口県腰痛studyのデータを示しながら腰痛診療の現状と課題を述べ、 非特異的腰痛の分類と鑑別について概説した。

シンポジウム
  • 赤坂 清和, 井上 基浩, 中島 美和, 菊池 友和, 山口 智, 近藤 宏
    2023 年 73 巻 2 号 p. 100-111
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    腰痛は世界の疾病負荷研究では1位に位置付けられており、 世界中の人々が悩まされている症状の一つである。 腰痛の多くは非特異的腰痛とされるが、 その分類方法について統一見解は定められていない。 また、 腰痛の解釈モデルに生物心理社会モデルが存在する。 つまり、 腰痛の分類と心理的要因も考慮しつつ腰痛に対する鍼治療の効果を検証していかなければならならない。  本シンポジウムでは、 赤坂氏、 井上氏、 菊池氏、 近藤氏にご講演をいただいた。 赤坂氏は、 理学療法士の視点から、 特異的腰痛や非特異的腰痛、 また、 非特異的腰痛のうち椎間関節性腰痛や筋筋膜性腰痛、 椎間板性腰痛などの構造解剖学的な腰痛のClassificationを提示し、 理学療法の効果を解説した。 井上氏は、 これまでの腰痛や腰下肢痛患者に対する鍼治療のランダム化比較試験の結果を提示し、 脊柱起立筋群などの反応点を丁寧に触診した上で刺鍼することの重要性や、 下肢症状を有する患者への神経走行上への刺鍼による効果を述べた。 菊池氏は、 鍼治療を実施した腰痛患者を動作再現性の有無で層別化した後方視的観察研究の結果を提示し、 動作再現性のある患者の方が腰痛関連QOLの改善を認めたことを報告した。 近藤氏は、 腰痛患者の心理社会的要因が鍼治療の効果にどのような影響を及ぼすのかを検証した結果、 痛みに対する破局的思考が少ないほど鍼治療の効果が大きく、 Subgrouping for Targeted Treatment Back Screening Toolのリスクが低いほど、 痛みが軽減しやすいことを報告した。  本シンポジウムの内容が、 諸氏の明日からの臨床・研究・教育の参考になれば幸いである。

教育講演
  • 舌撮影解析システム (TIAS) の確立に向けて
    並木 隆雄
    2023 年 73 巻 2 号 p. 112-120
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    漢方医学の舌診は、 患者の体質や病状を知ることができる診断法と考えられる。 我々は、 舌診時の問題点として、 光源・室温・乾燥度などの外部環境要因が影響することや医師の知識・経験に依存する主観的要因がある。 その克服と診断支援のため、 舌撮影装置のTongue Image Analyzing System (TIAS) を開発した。 色については、 L*a* b*という客観化された数値が測定され標準化と科学化が進められた。 TIAS開発からの約15年の進歩の一部を紹介する。

原著
  • 中井 真悟, 宇南山 伸, 大迫 正文
    2023 年 73 巻 2 号 p. 121-130
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    【緒言】本研究は発育期ラット大腿骨を用い、 関節不動化または同期間の鍼通電刺激によって皮質骨に生じた骨構造の違いが、 骨折線の現れ方に与える影響について比較、 検討することを目的とした。 【対象と方法】7週齢のウィスター系雄性ラット42頭を用い、 後肢を不動状態にした群 (IM)、 その不動状態に加え、 鍼通電刺激を施した群 (IMEA) および無処置の対照群 (CO) に分類した。 IMおよびIMEAは、 股関節を伸展位で固定し、 股関節の内転および外転を制限する不動化処置を2週間おこなった。 IMEAには、 さらに大腿部へ鍼を刺入して連続的交流通電刺激をおこなった。 通電刺激は、 低周波刺激装置を用い、 250μsec、 50Hz、 0.24mA (500Ω負荷時) の条件で実験期間中10分/日、 毎日実施した。 摘出した大腿骨は、 支点間距離を10mm、 クロスヘッド速度を10mm/分とする一定の条件下で、 骨幹部または骨幹端部の前方からThree-point-bending法にて破断した。 【結果】IMはCOよりもStiffness値、 Deformation値、 Strength値が有意に低値を示した。 骨形態計測のパラメータにおいてもIMが低値であった。 COおよびIMEAに層板骨と層板構造をもたない骨との境に接合線を認めたが、 IMは不明瞭であった。 COおよびIMEAの骨幹部には内・外環状層板に挟まれた深部に微細な骨片が形成されていたが、 IMではそのような骨片は認めなかった。 IMEAはIMに比べて吸収窩が少なく、 層板骨が維持されておりCOと構造が類似していた。 また、 COおよびIMEAでみられた亀裂は、 接合線または休止線の近傍で骨長軸方向へ走行していたが、 IMではそのような亀裂を認めなかった。 【考察】不動化によって生じるラット大腿骨の脆弱化は鍼通電刺激によって抑制され、 このことが骨折線の現れ方に影響することが示唆された。

短報
  • 仲村 正子, 松熊 秀明, 辻 涼太, 堀川 奈央, 鍋田 智之
    2023 年 73 巻 2 号 p. 131-135
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    【目的】十七刺鍼手技 (以下手技) のうち5種類の動画教材を作成し、 その有用性について鍼灸師養成大学の実技授業担当教員を対象としたアンケート評価を実施した。 【方法】超音波診断装置とビデオカメラを用い、 雀啄術(直刺・斜刺)、 回旋術、 旋撚術、 振動刺激を実施中の手元と皮下・筋組織を同時に撮影して動画教材を作成した。 養成校に郵送法でアンケートと動画視聴用のQRコードを送付し、 手技の指導状況、 動画視聴後の手技に関する認識変化と教材としての利用価値等について自由記述と選択肢の組合せで回答を得た。 【目的】十七刺鍼手技 (以下手技) のうち5種類の動画教材を作成し、 その有用性について鍼灸師養成大学の実技授業担当教員を対象としたアンケート評価を実施した。 【方法】雀啄術 (直刺・斜刺)、 回旋術、 旋撚術、 振動刺激 (内調術と振戦術) を実施中の手元の動きをビデオカメラで、 皮下・筋組織の状態を超音波診断装置を用いて同時に撮影して動画教材を作成した。 養成校に郵送法でアンケートと動画視聴用のQRコードを送付し、 手技の指導状況、 動画視聴後の手技に関する認識変化と教材としての利用価値等について自由記述と選択肢の組合せで回答を得た。 【結果】9校 (14名) の教員から回答を得た。 5校が手技の指導は一度のみと回答した。 動画を作成した全ての手技において、 皮下・筋組織の動きが想像と一致したとの回答は100%に至らず、 振動刺激では 35.7 %に留まった。 手技に関する動画教材については78.6%が必要と回答した。 【考察】手技の反復指導が少ないことから、 手技の違いが重視されていない可能性が考えられた。 皮下・筋組織の動きが教員の認識と異なる手技があることから、 養成校および教員によって教育の相違が少なからず存在することが考えられた。 手技の違いを視覚的に説明できる動画教材は、 教育の現場で利用価値があると考えられた。

症例報告
  • ドライアイへの治療により良好な経過が得られた一症例
    村山 圭祐, 福島 正也, 白岩 伸子, 石山 すみれ, 鮎澤 聡
    2023 年 73 巻 2 号 p. 136-142
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    【目的】片頭痛の改善を目的とした鍼治療に、 併存したドライアイへの治療を併用したことで、 良好な経過が得られた症例を報告する。 【症例】59歳女性、 身長156cm、 体重49kg、 BMI20.1、 血圧122/69mmHg、 脈拍70回/分 (整脈)。 職業は事務職。 主訴は頭痛。 【現病歴】X-10年頃、 片頭痛と診断。 X年10月から頭痛が増悪。 同年12月に本学東西医学統合医療センター脳神経内科を受診し、 鍼治療を開始。 【既往歴】X-10年頃、 眼科にてドライアイと診断、 治療を継続中。 【現症】生あくびなどの予兆の後に、 ズキズキとした痛みが右こめかみから右前頭部および右頭頂部に広がる。 嘔吐を伴うこともある。 ナラトリプタン塩酸塩錠を頓服している。 【推定病態】前兆のない片頭痛【評価】日本語版Headache Impact Test (HIT-6)、 頭痛ダイアリー (頭痛頻度、 服薬頻度)、 Ocular Surface Disease Index (OSDI)【治療】片頭痛に対し、 後頚部圧痛点への刺鍼と後頭部C2末梢神経野鍼通電療法を行った。 44週目からドライアイに対し、 眼窩周囲の鍼施術と自宅でのセルフケアを追加した。 【経過】初診時HIT-6は65点、 12週目には48点に改善した。 その後、 休診期間等で治療間隔が空いたことで、 40週目は60点と増悪した。 鍼治療の再開で、 44週目は50点と改善した。 その後、 ドライアイへの鍼治療とセルフケアを追加し、 鍼治療の頻度を月1回に減らしたが、 52週目HIT-6は50点、 56週目で48点と頭痛の改善は維持された。 また52週目、 56週目で直近4週間のナラトリプタン塩酸塩錠の服薬は無かった。 ドライアイ症状は、 OSDIが44週目47.8点から48週目37.5点に改善した。 【考察】ドライアイ症状の改善により中枢への刺激が減少することで、 中枢性感作の緩和が持続し、 片頭痛の症状の安定化に好影響を及ぼした可能性がある。

国際部報告
  • 柴田 泰治
    2023 年 73 巻 2 号 p. 143-148
    発行日: 2023/05/01
    公開日: 2024/01/19
    ジャーナル フリー

    本稿では、 カナダのブリティッシュ・コロンビア州 (BC州) での鍼灸事情について紹介する。  カナダでは、 鍼灸も州ごとに取り扱いや規制が異なる。 BC州では、 医療従事者法 (Health Profession Act) により、 各種医療従事者は医療規制協会 (Health Regulatory Colleges) を通じて管理・監督される。 東洋医学・鍼灸分野では、 BC州伝統中医施術者・鍼灸師協会 (College of Traditional Chinese Medicine Practitioners and Acupuncturists of BC、 以下CTCMA) が設置され、 中医師や東洋医学系施術者の管理・監督、 具体的な業務としては公衆保護、 登録、 試験、 治療の品質管理を行っている。 日本では複数の役所に分散された業務を一元的に行っているのが特徴といえる。  次に筆者の住居があるバンクーバーで、 街中や筆者の通った学校、 治療院等で交流のあった人たちから鍼灸について得た情報を基に筆者の感じたことを述べる。 中国系移民が多いものの鍼灸が特に普及しているということは感じられなかったが、 一般的な治療として十分認識されている印象だった。  最後に鍼灸師が移民を考えるにあたり、 試験とビザ取得について簡単に触れた。 受験には都合5年の教育が必要で、 カナダで鍼灸教育を受けるのが望ましいが、 日本での教育内容が換算される場合もある。 また、 医療職種として鍼灸師は永住権取得のためのポイントを得ることもできる。  カナダの医療に関する規制は制度設計が新しく、 あらゆる職種の医療を包括的に規制するため、 医療全体で整合性がとれているように見える。 そして鍼灸は効果的な治療として認識されている印象である。 移民の国カナダでは、 新しいことを好み、 変化を柔軟に受け入れる国民性もあり、 今後医療の中での鍼灸の存在感も増す余地は大いにあると思われる。

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