本稿は、所謂「人格主義」「教養主義」と呼ばれるものが第一次大戦後にどのように変質したかを、阿部次郎が大正九年に満鉄で行った連続講演会をもとに検討したものである。大戦後、満鉄には帝大出のエリートが送り込まれ「知の王国」を形成した。本稿は、阿部の講演記録『人格主義の思潮』(大10・6 満鉄読書会)を検討しつつ、彼を招いた満鉄の若手社員達の動向を、「読書会雑誌」をはじめとする諸誌の調査によって探った。また同時に、当時の阿部の読書傾向を日記等によって確認し、彼が満州を旅しながら読んでいた一冊の原書-John Spargo The Psychology of Bolshevism(一九一九)に具体的にあたりながら、「人格主義」が国境を越えた当時の企業活動や、世界戦争後の国際社会における新たな主体の確立といった問題にどのように関与したのかについて論じた。