壺井栄、明治三二年八月五日、香川県小豆郡坂手村甲四一五生まれ。父岩井藤吉、母アサ。大正二年、坂手尋常小学校卒業後、郵便局員・村役場職員を経て上京。大正一四年二月二〇日、同郷の壺井繁治と結婚。作品に照らしても経歴から見ても、確かに、彼女は勤勉な生活感覚の持ち主ではあったらしい。だが、その経歴が、彼女と同世代の坂手村の女性達よりは遙かに波乱に満ちている事もまた事実である。健康な波乱の人生、私はいつかその行動の仕組みを解いてみたいと考えていた。小説『石うすの歌』は、昭和二〇年八月六日の原爆投下直前に疎開してきたいとこを迎え入れたある「島」の家族の生活を描いた作品である。この作品分析を通じて、私は、これまで「堅実」や「勤勉」ということばで言い表わされてきた作者の生活感覚を文化のシステムとして理解しようと試みた。たとえば、家屋の中の「台所」の空間的な役割や「台所仕事」が作り出す母性の権威の仕組みに照らして。また、「家」の中での女性の教育や「家」の中の女性の世代交替の仕組みに照らして。さらに、「家」の中の危機管理の仕組みに照らしてなど。分析結果から言えば、『石うすの歌』の中の生活は、これらの文化のシステムが、言わば「家」の親和力として「家族」を結び付けるところで営まれていた。また、この堅実な生活は、八月六日の原爆投下によって危機に見舞われ、主人公千枝子と瑞枝とが力を合わせて石臼を廻し始めることで克服された。したがって、私は、危機に遭遇し損傷しながらも共同体的な生活を回復してゆく、ある典型的な「家族」の生態を描いた作品として、これを評価する。
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