有機溶剤は, 塗料, インク, 洗浄剤, 接着剤, 磁気テープなどの製造工程に広く使用されている.これらの製造あるいは使用時の作業環境においては, 溶剤の一部は揮発し, 蒸気となって空気中に存在する.したがって, 有機溶剤を取り扱う作業現場では, 有機溶剤中毒予防規則に従い, 作業者の健康管理のため, 環境中の蒸気濃度の測定が行われており, また, 作業者個人の曝露量を把握するための測定も行われている.いずれの場合も, 測定には活性炭を充填したガラス管 (活性炭管) と携帯用の吸引ポンプを用いて, 蒸気を破過しない範囲で吸着捕集し, 吸着した溶剤を脱着して定量する方法が多く用いられている.溶剤の脱着には, 二硫化炭素などの溶媒を用いて抽出する溶媒脱着法が汎用されている.この方法は脱着率, 再現性ともに優れているが, 使用される溶媒はいずれも蒸気圧が高いので空気中に揮散しやすく, また毒性も強い.特に, 二硫化炭素は有機溶剤中毒予防規則において第1種有機溶剤に指定されており, 神経系を冒すことが知られているため, 取り扱いには注意を要する.また, 分析にはガスクロマトグラフ法が用いられるが, 溶媒脱着の場合, 目的成分と脱着に用いた溶媒のピークが重ならないように考慮する必要がある.
溶媒脱着法に替わる定量法としては, 加熱脱着法が考えられる.加熱脱着法は, 溶剤が熱分解を起こさない程度の比較的低温で脱着を行う必要があるため, 低温でも脱着性がよいポーラスポリマービーズを用いて空気中の蒸気を測定する場合の脱着に利用されている. ただし, ポリマービーズは吸着容量が小さく, 高濃度の蒸気が存在する場所での使用は不適当となるため, 作業環境中の蒸気濃度の測定に使用されることは少ない.一方, 作業環境で通常使用されている活性炭管の場合, 一般に溶剤に対する活性炭の吸着親和力が大きく, 低温では脱着率が低くなることもあるので, 加熱脱着法による定量はほとんど行われていない.
著者らは, 活性炭に吸着した有機溶剤の加熱脱着率が低い場合には, 脱着率をあらかじめ推算し, この値と脱着量の測定値とから吸着量を求める方法について検討してきた.純成分の場合の脱着率の推算法については, すでに前報で述べた.しかし, 一般の作業現場では, 目的や用途に応じて揮発性, 極性などが異なる数種の溶剤を混合して用いる場合が多い.本報では, 2成分系混合溶剤を取り上げ, 活性炭からの加熱脱着特性を実験的に調べるとともに, 数値計算により脱着曲線および脱着率を予測する方法を示し, 吸着量定量の可能性について検討した.
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