長期間無症状のまま宿主細胞内にとどまるウイルスが,免疫状態の変化により再活性化することがある.活性化したウイルス自体の障害に加え,再活性化によって引き起こされる自己免疫的な炎症も細胞障害を生じる機序となる.なかでもヒトヘルペスウイルスは頭蓋内手術を契機として潜伏感染していたウイルスが再活性化し脳炎を発症することがある.てんかん外科の普及に伴い注目を集めている疾患概念であるが,欧米に比べ本邦での報告は極めてまれである.本総説では,神経領域で再活性化するウイルスについて概説し,術後の単純ヘルペスウイルス再活性化脳炎について詳細に考察する.
左頭頂葉白質を中心とした脳梗塞により第一言語である日本語と第二言語である英語の混同および音韻性錯語を呈した左利きバイリンガル症例について報告した.症例は日本語および英語のバイリンガルである46歳の左利き女性であった.本症例では発症急性期より理解面は聴覚・視覚のいずれの経路も良好に保たれた一方で,表出面においては日本語発話時に日本語と英語の混同を認めた.拡散テンソル画像の分析から,本例の言語症状の出現には左下頭頂小葉直下の白質線維である上縦束や弓状束の関与が示唆された.
症例は59歳女性.右片麻痺を主訴に近医搬送され,MRIで左中大脳動脈M2閉塞を伴う脳梗塞を認めた.アルテプラーゼ投与後に当院へ転送され,機械的血栓回収療法で再開通が得られた.Libman-Sacks心内膜炎による脳塞栓症と診断し,後遺症なく退院した.10ヶ月後のMRIで左深部白質に白質病変を認め,認知機能低下を伴っていた.MR spectroscopyでcholine/creatineの上昇,N-acetylaspartate/creatineの低下,Lactateの上昇を認めた.血栓回収療法が奏効し遅発性に高次脳機能障害を呈した際は遅発性白質病変を考慮する必要がある.
症例は73歳男性.降圧薬,糖尿病薬開始後,右眼の視野全体が白くなり,視野中心がギザギザと明るくなる視覚異常発作を繰り返した.その後一過性構音障害と同時に左第4指・第5指,左口唇のしびれを認め,発症2日後に当院を受診した.MRIで右大脳半球亜急性散在性脳梗塞,MRAでは血流遅延を伴う右頸動脈高度狭窄を認めた.抗血栓療法開始後も一過性黒内障が頻発し,経皮的頸動脈ステント留置術を実施,術後より眼動脈および網膜の描出が改善し,一過性黒内障は消失した.血行力学性機序による一過性黒内障によって特異な視覚異常発作を生じたと考えられた.
60歳男性.主訴は呼吸困難.30歳代で心拡大,42歳時より心房細動,心不全を認め,弟とともにfour and a half LIM domains 1(FHL1)遺伝子変異を認めた.60歳になり食思不振と呼吸困難を自覚,心不全の増悪が疑われ循環器内科へ入院した.血液ガスにて呼吸性アシドーシスを認め,人工呼吸器を装着した.筋力は肩甲帯筋でのみ低下し,肘,足首,脊椎に関節拘縮を認めた.Emery–Dreifuss型筋ジストロフィー様のミオパチーにより筋力低下の自覚なく呼吸不全を呈した兄弟例と診断し,兄は気管切開を施行,日中は人工呼吸器を離脱するようになり退院した.FHL1変異では主徴として呼吸筋障害をきたすことがあり,心筋症による心不全と鑑別する必要がある.
症例は71歳男性である.睡眠中に雷鳴頭痛が出現し,後頸部痛が持続した.発症翌朝の頭部MRIで右後頭頂側に硬膜下血腫,限局した円蓋部くも膜下出血をみとめ入院した.頭部MRAでは両側後大脳動脈で多発狭窄をみとめ,第8病日の頭部MRA再検で増悪をみとめた.Reversible cerebral vasoconstriction syndrome(RCVS)を疑い,Ca拮抗薬を開始した.退院後のMRAでは血管狭窄の改善をみとめ,RCVSと診断した.RCVSが硬膜下血腫を伴うことは稀であり,その鑑別診断と発症機序を考察する.
症例は65歳男性.6年前から体幹・下肢の痛みを伴う筋硬直が進行し,自立歩行ができなくなった.関節拘縮はなく,触覚刺激で誘発される有痛性筋痙攣からstiff-person症候群(SPS)と診断したが,SPS関連の自己抗体は陰性であった.一方,ACTHとコルチゾールが低値で,負荷試験の結果,ACTH単独欠損症と診断した.ヒドロコルチゾン15 mg/日によるホルモン補充療法で,筋硬直は速やかに消失し,正常な歩行が可能になった.ACTH単独欠損症による筋骨格系症状はflexion contractureとして報告されてきたが,臨床的にSPSに該当する症例が含まれている可能性がある.
症例は47歳女性である.幼児期から進行する四肢筋力低下の精査目的に入院した.食道アカラシアに対して手術歴がある.入院時,無涙症に加え,神経学的異常所見として腱反射亢進と四肢の筋萎縮,四肢遠位優位の感覚低下,自律神経障害を認めた.副腎皮質機能不全を認めないが,AAAS遺伝子にc.463C>T変異(p.R155C)を認め,triple A(Allgrove)症候群と診断した.副腎皮質機能不全を認めないtriple A症候群の成人例はまれである.副腎皮質機能不全を欠く症例でもtriple A症候群は否定しきれず,臨床経過次第では遺伝子検査を検討すべきである.
72歳女性.X−3年から発声時の違和感が出現し,緩徐に増悪した.音節ごとに区切る断綴性発語で,軟口蓋は約2 Hzで律動性に上下運動していた.嚥下内視鏡検査では,軟口蓋から咽頭後壁,喉頭までの律動性収縮を認め,発声時も消失しなかった.嚥下造影検査では,律動性収縮が嚥下反射時に一過性に消失し,誤嚥はなかった.両側歯状核のMicrobleedsと両側延髄下オリーブ核の腫大を認め,Guillain-Mollaret triangleの障害による口蓋振戦と考えられた.口蓋振戦の発声と嚥下の動的関連を含めて報告する.