気候は高度の非線型システムであるので,非線型物理システムの振る舞いの研究に基づく Lorenz(1968)の非決定論的気候変動論は,重要な意義を持つ。Iwashima ら(1986)は,熱的強制の季節変化の下で,大気大循環の時間•空間スペクトルモデルが,安定な多重解を持つ事を示したが,この結果は Lorenz の非決定論的気候変動論を支持するものである。Lorenz(1976)は,特に準自律性(Almost Intransitivity)におけるレジームの遷移が,気候変動において重要な役割を演じている可能性を強調し,それが実際に発現しているならば,年々変化における時間平均の唐突な変化として現れるだろう事を示唆している。
今までの気候の診断的研究が連続的変化を前提として進められたのと対照的に,この論文では,Lorenz(1976)の示唆に従って時間平均の有意な不連続を取り上げる。或る年を境にして,それ以前の10年またはそれ以上の期間の時間平均値が,それ以後の時間平均値と比較して統計的に有意な差を示す場合を「気候ジャンプ」と呼ぶ事にした。時間平均に対する95%の信頼限界を採用して S/N 比を導入し,気候ジャンプを検出する方法を提示した。顕著な年々変化のために気候ジャンプの発現時期を1年単位で指定する事は無意味である事を注意した。1900年以降の北海道•本州•四国•九州において空間平均をした季節平均気候データに対して,気候ジャンプの検出を試みた。その結果,気温•海面気圧•降水量•日照時間•最大積雪深において,1950年頃に集中して気候ジャンプが検出された。同じ時期に気候ジャンプが各種の気候要素に共通して発現している事実から,これらの気候ジャンプは,大気大循環の唐突な変化の一つの現れだと考えられる。
1950年頃の気候ジャンプが Lorenz の準自律性におけるレジームの遷移に伴う現象である事を確かめるためには,現在の気候が他律的でない事を確かめる必要があり,その頃に顕著な変化が外部要因に認められるかどうかを調べた。1910年代の後半から1940年代の半ばまで大規模な火山噴火が無かったが,1940年代後半以後大噴火が頻発した。即ち,約30年間大量の火山性エアロゾルの注入の無かった成層圏が,気候ジャンプの発現の直前の火山活動の再開によって,多量のエアロゾルを含み始めたと考えられる。この火山性成層圏エアロゾルの急増が,気候ジャンプ発現のトリガーになった可能性がある。しかし,これを確認するためには全地球的なデータ解析が必要である。
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