3つの麻酔管理方法(脊髄くも膜下麻酔:単独群,脊髄くも膜下麻酔+硬膜外麻酔:CSEA群,脊髄くも膜下麻酔+末梢神経ブロック:Block群)が術後,離床までの時間に影響するか後ろ向きに比較検討を行った.3群間比較にて離床時間に関して統計学的有意差が認められ,ペア比較にてBlock群と単独群で統計学的有意差が認められ,Block群の方が早かった(離床までの中央値 Block群1,350分,単独群1,480分).定時帝王切開術の麻酔管理において脊髄くも膜下麻酔に末梢神経ブロックを併用することにより早期離床を促進できることが示唆された.
腸骨筋膜コンパートメントブロック(fascia iliaca compartment block :FICB)は大腿神経・外側大腿皮神経・閉鎖神経をブロックできる腰神経叢ブロックのひとつであり,大腿骨頚部骨折や変形性股関節症の鎮痛に使用される.しかし,コンパートメントに局所麻酔薬を投与するため,鎮痛が不十分な症例も認める.鼠径上FICB施行直後に鼠径部超音波画像にて局所麻酔薬の広がりを認めることで,意図した部位に薬液投与できていることが確認でき,さらに十分な鎮痛効果も得られた.鼠径上FICB後の評価として鼠径部超音波画像が有用であった.
全身麻酔覚醒後に心因性非てんかん発作(psychogenic non-epileptic seizure:PNES)を生じた1例を経験した.症例は,34歳の女性.全身麻酔による整形外科手術を終え,帰室2時間後に全身痙攣を生じた.ジアゼパムの投与を行い,20分後に一旦痙攣がおさまったが,その後も1~3分程度の上半身優位の痙攣が継続した.痙攣以外の神経学的異常所見は認めず,頭部画像検査でも異常を認めなかった.脳波検査で,痙攣発作中もてんかん波は認めず常に覚醒脳波であったため,PNESと診断された.痙攣発作を認めた場合には治療と並行して原因検索を行い,治療抵抗性の痙攣発作が持続する場合にはPNESも念頭に置き慎重に診断と治療を進める必要がある.
74歳の男性に対してロボット支援根治的前立腺全摘除術が予定された.前日の麻酔科術前評価時に,胸部CTで偶然に傍気管嚢胞を発見した.陽圧換気による傍気管嚢胞穿孔や縦隔気腫が危惧された.ラリンジアルマスク挿入後に,気管支ファイバーで瘻孔の位置を確認し,気管チューブのカフが瘻孔より遠位部に位置するように留置した.術中呼吸器合併症を発症することなく安全に麻酔管理を行うことができた.
当院では,新型コロナウイルス感染症に罹患した妊婦の分娩方法として,手術室での帝王切開を選択し,これまでに8例を経験した.年齢は27〜37歳,妊娠週数は36〜40週で,陣痛発来での緊急手術が4例であった.7例で発熱などの症状を認め,術前の抗体療法は4例で行った.全例を硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔で管理し,3例で術中にシバリングを認めた.2例で術後肺炎を認めたが,内科的治療で軽快し,母体の入院期間は10〜15日間であった.児に新型コロナウイルス感染症の陽性例はなく,感染防御策により,医療従事者への感染拡大はなかった.
開胸術では,術後の重度の疼痛や呼吸器合併症,慢性痛への移行リスクなどを考慮し,硬膜外麻酔を含む区域麻酔による持続的鎮痛が推奨されている.しかし広背筋皮弁による胸壁再建を伴う場合,解剖学的位置により胸部硬膜外カテーテル留置は困難である.広背筋皮弁による胸壁再建術に対しモルヒネの胸部硬膜外単回投与を含めた多角的鎮痛を行った.1例目は,術直後よりNRS(numerical rating scale)0〜2と疼痛の訴えは少なかった.2例目は術直後のNRSは4〜6であったが,術後2日目にはNRS 2に改善した.2症例とも慢性痛への移行はなく経過した.また,オピオイドによる重大な有害事象は生じなかった.
心不全患者の睡眠関連呼吸障害は,50%と高頻度であり,そのうち半分は中枢性睡眠時無呼吸(CSA)であり,閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)とCSAの間で病型の変化が生じる.また,客観的には眠気があるのに,自覚的眠気が乏しいことが特徴である.その病態には,呼吸の不安定性や体液移動が影響する.治療は病型により,OSAでは持続陽圧呼吸療法(CPAP)が第一選択となる.CSAを呈する場合には,心不全に対する十分な薬物療法を行うことが重要で,残存するCSAに対し,CPAP,ASV,酸素療法が行われる.ASVによる多施設ランダム化比較試験では,予後の改善は示されていない.周術期には,麻酔等の影響で,睡眠関連呼吸障害が顕在化,病型変化する可能性がある.
従来のワルファリンに加え,直接凝固因子阻害薬が経口抗凝固薬に加わることによって,その周術期管理には薬剤に応じた対応が求められるようになった.抗凝固療法患者の周術期管理では出血リスクと血栓リスクの両方を考慮した対応が必要である.手術・侵襲的処置に伴う出血リスクを評価し,患者の血栓症リスクを適切に評価したうえで抗凝固薬の継続・休止を含めた周術期管理を計画する.抗凝固療法患者の周術期管理で悩ましいのは緊急手術への対応だが,近年では特異的拮抗薬が開発されている.しかし,特異的拮抗薬は高額な製剤が多く,その適応と投与方法を理解しておく必要がある.
Awake craniotomyの麻酔管理を行う上で,「すみやかで安定した入眠と覚醒」や「手術中,とくに覚醒期において生じうる痛みや合併症の予防」を提供することが重要である.日本における他施設と同様にわれわれの施設でも,Awake craniotomyの管理は,プロポフォールを主軸とした静脈麻酔と頭部神経ブロックを併用したAsleep-Awake-Asleep(AAA)法で麻酔を完遂している.当施設では過去に12〜84歳の患者の麻酔を経験したが,それぞれの背景因子は多様で,周術期管理について改善すべき点がある.小児や高齢者など年齢に基づいた管理の層別化を図るだけではなく,Awake craniotomyの完遂を妨げうる因子を事前に把握し,それらのリスク因子を意識した管理を行うことも洗練された麻酔を目指すために必要である.
覚醒下開頭手術が本邦に導入されて20年以上になる.いうまでもなく外科手術の目標は確実な病変摘出であるが,脳神経外科領域では新規かつ永続的な神経脱落症状の出現をも回避しなければならない.外科的侵襲による体性感覚,聴覚,視覚機能の経時変化は,各種誘発電位をはじめとした神経生理学的モニタリングによって,ある程度評価できるようになった.しかしながら運動機能や言語機能は意識下の患者でないといまだ評価困難であり,本術式の意義は非常に大きい.本稿では,運動機能および言語機能への障害を最小限とするために必要な術中モニタリングに関する最近の知見を紹介するとともに,麻酔科医として果たすべき役割について考えたい.
Awake Craniotomy(AC)の術中麻酔管理では,術中に患者を覚醒させる必要があるためにさまざまな副作用(合併症)が発生する.ACの麻酔を「上手に」行ううえで重要な点は,起こりうる合併症を想定したうえで術前評価を行い,それが発生しないよう患者の覚醒前に予防策をとることであると考える.ACは麻酔科として総合的な知識・技量が求められる挑戦的な手術であるが,麻酔科医として,患者の術前評価を適切に行い,十分な予防策を講じたうえで,合併症発症時には迅速かつ適切に対応することが求められる.
Awake craniotomyにおける覚醒不良は,重要な脳機能を温存しながら脳腫瘍やてんかん焦点などの脳実質病変を最大限に摘出するというawake craniotomyの目的達成を妨げる重要な問題の一つである.しかし,awake craniotomyにおける覚醒不良についてはその評価・予測・治療ともほとんど報告がなく,有効な予測法や対処法は確立されていないというのが現状である.本稿では,awake craniotomyにおける覚醒不良に関するわれわれの取り組みを紹介しながら,覚醒不良の予測因子,評価方法に関する研究の現状を述べる.
筆者は過去に麻酔・蘇生・ペインクリニックに加え,救急・集中治療の専門医取得を目指した.理由は,医療過疎地では,一つの科の専門医より,一人の医者として働けることが重要であると痛感させられたためである.6年という短い間であったが,この時間は医者としての自分にとっての最大の宝であり,「空飛ぶ麻酔科医」として救急・集中治療だけではなくドクターヘリや災害医療などを含めた医者の総合力を知る絶好の機会となった.その結果,麻酔も救急も集中治療も,共通の根を持つ表現型にすぎず,専門医制度で区分けすることに強い違和感を感じる.麻酔科医はそれらの領域で活躍するための種を持ち合わせ,少し水と肥料をやるだけで他科医師とは比べ物にならない成長を遂げられる.病院前~ERといった手術前の初期対応,手術麻酔,そして術後ICU管理とペイン・鎮痛ケアをシームレスに行うことは,麻酔科医としてあるべき生き方の選択肢の一つではないだろうか.羽を失い,地上におりた今でもその思いは同じである.
麻酔科医が集中治療を研修することに利点があることは自明である.術後経過を知ることで,患者が安全に,快適に,そして早く回復するために必要な麻酔が何かを感じることができる.その上でさらに小児集中治療を学ぶことには,以下のような利点がある.①個別化診療をする習慣が身に付く.②患者やモニターから情報を得る能力が向上する.③鎮静薬の使い方が上手になる.④呼吸循環相互作用の影響について経験を積める.⑤家族説明が上手になる.⑥論文にする題材がたくさんある.これらを生かすために,成人を主に診療している麻酔科医が,普段慣れない小児集中治療において,安全で安心な研修ができる体制を作ることも重要である.