赤芽球癆を合併した播種性再発胸腺腫の麻酔管理を通じoxygen extraction ratio (OER; 酸素摂取率) が赤血球輸血開始の有用な指標となると思われた手術麻酔症例を経験したので報告する. 症例は53歳, 男性. 再発胸腺腫胸腔内播種に対し胸腔内温熱化学療法が施行された. 患者は赤芽球癆を合併しており, 手術室入室時のHbは4.2g/dLであったが, 同時に測定された心係数は2.4L/min/m
2, 混合静脈血酸素飽和度は74%, 酸素摂取率は20%であり, 慢性貧血による代償機転が働いていると判断されたため赤血球輸血は施行せず手術開始となった. 手術進行とともに心係数は5.3L/min/m
2に上昇, 混合静脈血酸素飽和度は65%に低下, 酸素摂取率は30%に上昇した. 代謝が低下している全身麻酔中でのこれらの値の変化は覚醒させた際に代謝が上昇すると耐容能を超える可能性が予測されたため, 2単位の赤血球輸血を行ったところ, Hbは5.2g/dLであったが, 心係数は3.8L/min/m
2に低下し, 混合静脈血酸素飽和度は83%に改善, 酸素摂取率は14%まで低下し, それ以上の赤血球輸血を必要とすることなく手術終了とともに手術室にて抜管することが可能であった. 赤血球輸血の厳密な適応は障害された酸素運搬能の改善にあり, 失われた循環血液量の補正のために赤血球輸血が施行されることは容認されない. 酸素運搬能の障害の度合いに対しての耐容能が個々の患者により大きく異なるため, HbやHtのみで赤血球輸血の適応は規定されない. 慢性貧血患者においては2, 3-DPGの代謝の変化により酸素解離曲線の右方シフトが生じ, 通常の急性貧血よりも貧血に対する耐容能が高くなることが予測されるが, このような症例における赤血球輸血開始の指標は現在まで明確に示されていない. 過去の急性貧血における報告ではOERとして40~45%が輸血開始として適正な指標となり, 50%が耐容能の限界に近いとの報告もある. 待機手術でのエホバの証人の手術麻酔時や, 不規則抗体を多くもつために輸血血液の供給に問題がある症例などにOERをモニタリングすることによりOERが40%を超えた場合, 手術を一時中断してもらうことなどにより生命に危機的な状況を回避できる可能性がある. 今後さらにその有用性を積極的に評価, 検討していくべきであると思われた.
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