哺乳類(人間を含めた)の嗅覚メカニズムは,腐敗した食べ物や飲料とする水の異臭に対して極めて感度が高いとされている.このため極微量のにおいに対しても先天的な忌避反応や恐怖反応をおこすとされている.これは,この水を飲んだら「体に悪い」という我々の異常な反応に直接結びついているのであろう
過って,わが国はおいしい水を生で飲める国として知られていた.しかし,水源や取水場水質悪化の影響で水道水のにおい(特にカビ臭や塩素臭)がひどくなり,直接飲料とするのが躊躇される状況が昭和40年代頃より続いていた.
これら,においの原因となっているものは,生活・工場廃水や藻類・菌類に由来のものや,浄水処理工程から発生する成分に起因していることが明らかになってきた.
安全な飲料水を配水するため,「水道法」に基づく水質基準値が定められている.においや味の項目に関する基準値は「異常なにおいや味がしないこと」とされてきたが,平成15年の改正でカビ臭の代表的な原因物質を特定し,水質基準項目に追加された.法規制と浄水技術の改良努力の結果,近年は大都市における水道水が市販のボトルウォーターよりおいしいといわれるようになってきた.
本特集では,水道水のにおいや味の研究で活躍されている専門の方々,厚生労働省健康局水道課 服部麻友子氏には,「水道水質基準と異臭味」という題で,水道法に基づく水質基準や快適性の配慮からカビ臭の原因物質であるジェオスミン,2-メチルイソボルネオールが追加された経緯および,異臭味被害の状況など最新の情報を解説いただいた.
また,国立保健医療科学院 水道工学部 秋葉道宏氏には「水源における水道水のにおい発生源とその対策」という題で,水道水のにおいの発生源と発生メカニズムや水質汚染の実態,および最新の対策技術や浄水技術を実例を基に解説いただいた.
特集2 : プラスチック製食品容器のにおい岩橋尊嗣
新エポリオン株式会社研究開発室
現代社会,私達の身の回りにはプラスチック製品が満ち溢れている.プラスチック類は安価で大量に利用できるため,主たる用途として,食品向けのガラス製容器や金属製容器の代換えとして急速に普及した.食品分野においては,容器類,フィルム類などプラスチック製品がなければ,流通は成り立たないのが現状である.それほど私達の日常生活に深く関わっている.しかし,プラスチック類の持っている特性は良い事ばかりではなく,時にはネガテイブに働く.一般的にプラスチックはガス状物質(分子)を透過したり,構造中に分子を取り込む性質がある.それらのガス状物質が有臭であれば,プラスチックににおいが付着してしまう.一方,プラスチックは,高分子化合物であるにも関わらず臭気を有する場合がある.すなわち,プラスチックがにおうということは,高分子物質ではなくヒト嗅覚に到達する揮発性物質が存在しているということである.原因はいろいろと考えられており,たとえば,未反応モノマー,低分子量物質,添加剤 等々が挙げられる.さらに,プラスチックを成型加工する場合,加熱溶解しなければならない.そのときに,さまざまな熱分解物質が生成するといわれている.プラスチックに関わる臭気は“ポリ臭”として一括され,その複雑な実態はいまだ不明な部分も多いようである.
本特集では,松井氏(九州大学農学研究院)にプラスチック臭一般について,さらにプラスチックへのにおいの移行性などについてご執筆いただいた.また,喜多氏((株)島津製作所)には,におい識別装置を使用してのプラスチック臭の評価法についてご執筆いただいた.文末には,ポリスチレンに関するにおい物質についての資料を紹介した.
最後に,ご多忙中にも関わらず本特集のご執筆にご協力していただきました諸先生方に,紙面を借り深謝申し上げます.
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