香辛料・香草は,香りをはじめとして,刺激,彩り,保存性向上などの面から食生活を豊かにしている.歴史的には生産地の争奪により戦争が引き起こされる程に渇望され,今日的には様々な香辛料・香草が多様な料理に用いられ,それらの香りとともに食事を楽しむことができ,加えてその生理的な作用について利用の可能性が期待される.本特集では,香辛料・香草とその香りについて,歴史的・文化的な側面,植物学上の特徴,官能評価からの香りの理解,香気成分の生成・合成・分析等の化学的側面,さらにその生理的作用の利用などについて多面的に取上げ,香辛料・香草を巡る今日的な知見について各分野の専門の方々にご執筆いただいた.
高橋氏(元全日本スパイス協会技術委員会 委員長)には,「香辛料の歴史・文化的役割について」という題目で執筆していただいた.香辛料の魅力は,香料の中で最も人間の根源的,生理的な欲求を満たす物であるという.それは食べ物に対する欲求であり,人の歴史や文化を左右させるほどの大きな影響力を持っていたという.このような香辛料は,食事に際し口腔内から鼻腔へ抜け,味覚と同時に風味としてその香りを楽しませるもので,「体の内から快感を誘う香料」であると特徴づける.世界における香辛料の歴史について,古代エジプトから大航海時代,スパイス戦争に至る各時代の使用用途の違いや特徴を踏まえ,それらの時代を伝える絵画や著者自筆の植物イラストも交えながら,その全体像を俯瞰できるように述べられている.
佐川氏(エスビー食品(株))は,「シソ科ハーブの香りについて考える」という題目での執筆である.今日,もっとも親しみやすいハーブとなっているシソ科のハーブについて,ローズマリーとスィートバジルという代表的な2種を取り上げ,官能評価と関連付けて香りの評価を行うアプローチ方法や考え方を紹介されている.香りに限らず,美味しさに関する品質とは,官能評価の結果以外の何物でもないという.そして,ローズマリーの楯状腺毛はその存在箇所により蓄積する精油中の香気成分バランスが違うという植物学上の特徴や,スィートバジルの葉の乾燥工程で発生する2次的香気成分と香気特徴への乾燥方法の影響について,官能評価結果やGC/MSによるデータ,X線CT画像等を用いてわかりやすく紹介されている.
増田氏(小川香料(株))は,「ヒトの鼓膜温および体表温に及ぼすウィンターセイボリーの効果」という題目での執筆である.かおりを楽しむハーブ・スパイス類は,かおりや香味を利用するにとどまらず,着色,食品保存などの機能,そしてそれら以外の種々の生理活性を有しており,様々な伝承的効能も知られている.そのなかで,ヤマキダチハッカとも呼ばれるウィンターセイボリーは,これまでに細菌,真菌に対する抗菌活性や抗ウィルス活性が報告されているが,著者らのこの間の研究により体表温低下抑制をもたらすことが明らかにされたという.冷え症に対する温感効果において有用な食材となるといい,ハーブ・スパイス類の今後の可能性について示唆に富む内容である.
飯島氏(神奈川工科大学)は,「香辛料・ハーブとその香り~香気生成メカニズムとその蓄積」という題目での執筆である.植物にとって香りなどの揮発性成分はケミカルコミュニケーションの手段であり,香辛料・ハーブの多くはこうした香気成分の生成に特化した植物として捉えられるという.そして,香辛植物において多くの香気成分は特定部位に局在することが多く,それら多様な代謝物の生合成について,遺伝子解析技術の発展により,生成に関わる酵素遺伝子,その転写因子の解明,外部環境との関連性などの分子メカニズムを明らかにすることが可能になったという.香辛料・ハーブの素材となる香辛植物の香気成分と生合成メカニズム,その蓄積と香りの放出,および応用に関する最近の知見について総括的に解説され,この分野における研究の今後を展望されている.
これらの論稿からは,香気成分の分析技術やその発生・放出のコントロール技術の進歩,香辛料・香草による様々な生理作用の解明とともに,食生活においてそれらがより豊かに利用され,文化として発展することが期待される.そして,上述の佐川氏が述べているように「香りは感じるもの」であり「香りを知ろうとするのであれば分析を行う前に,香りを楽しむ必要がある」という視点は今後より大切になってくると思われる.最後に,本特集を企画するにあたり,ご多忙中にも関わらず執筆をご快諾いただいた著者の方々に,厚く御礼申し上げます.
香辛料は海の冒険者たちの夢を駆り立て,スパイス戦争を引き起こし,結果的には世界の歴史に大きな影響を及ぼしたのである.なぜ香辛料にはそのような影響力があったのかマズローの欲求段階説を用いて説明する.香辛料は薬や化粧品や食品として使用されたが,薬や化粧品に対する欲求は安全欲求と自我欲求である.これに対して,食べ物に対する欲求は生理的欲求である.この生理的欲求が世界の歴史に大きな影響を及ぼした原因であると考えられるのである.そこで,香辛料の歴史を使用方法の視点で見直すこととする.
今やシソ科のハーブは,もっとも親しみやすいハーブとなっている.そこで,ローズマリーとスィートバジルという代表的な2種類のシソ科ハーブを例にして,簡単な官能評価と関連付けながら香りの評価を行う上でのアプローチ方法や考え方についてまとめた.また,ローズマリーの楯状腺毛は,存在する場所によって蓄積されている精油中の香気成分バランスが異なるという植物学上の面白い特徴や,スィートバジルの葉を乾燥する際に乾燥工程で発生する2次的な香気成分と,香気特徴に対する影響も紹介する.
冷え症のヒトを対象に単回摂取,ダブルブラインドクロスオーバー無作為化プラセボ比較試験を行った.その結果,ウィンターセイボリーの熱水抽出物は四肢末梢部における体表温低下を抑制することが分かった.また,ウィンターセイボリーの揮発性画分は鼓膜温および額,首における体表温上昇と四肢末梢部における体表温低下抑制をもたらした.さらに,主要な揮発性成分であるカルバクロールは体熱産生を亢進する成分のひとつと考えられた.〔本稿は,Masuda, H., et al. : Food Sci. Technol. Res. 17, 429-436, (2011), Masuda, H., et al. : Food Sci. Technol. Res. 19, 1085-1092,(2013)の内容を中心に記述する.〕
香料やハーブの品質を決めるうえで,香りの質やバランスは大きな要素である.その素材となるそれぞれの香辛植物は,ほかの植物に比べて特徴的な香気成分を大量に作り出し,ため込む能力を特化させた植物といえる.近年,植物代謝研究の立場から香辛植物を対象にした香気生成の分子メカニズムが徐々に明らかになってきた.さらに,代謝工学,バイオテクノロジーへの応用に関する研究も盛んになってきている.ここでは,特に香辛植物の香りの生成に着目して,最近までに明らかになった知見について概説する.
豚の排泄物に含まれる臭気物質の分析には,しばしばGC-MS分析が利用される.しかし,豚の排泄物の臭気は,様々な種類の臭気の複合臭であり,GC-MSピークの解析から悪臭に寄与している原因物質を見つけることは非常に困難である.
本研究では,豚の排泄物の抽出液をゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて10ml毎に分画し,各画群の臭気試験とGC-MS分析を行った.また,豚の排泄物に含まれる臭気物質のうち,臭気が残留し易い高沸点臭気物質に注目した.それぞれの臭気物質の閾値を求め,GC-MS分析で検出された臭気物質濃度と閾値の比を臭気換算値とし,それぞれのGPC溶出画群で感じる悪臭を臭気物質の特徴臭と臭気換算値の変化で解析した.その結果,悪臭への寄与が最も大きかったのはスカトールであり,イソ吉草酸,3-フェニルプロピオン酸,p-クレゾール,n-酪酸,n-吉草酸,インドール,プロピオン酸,カプロン酸,イソ酪酸,フェノールの順に悪臭への寄与は減少した.フェニル酢酸の寄与は大きいと推察されるが,標準物質が入手できず臭気換算値も算出できなかった.