近年,私たちの日々の生活の中で,生活用品に関連するにおい問題が多発している.その一つとして,食に関わる異臭は大きな問題として取り上げられる.本誌の2008年3月号の特集「プラスチック製食品容器のにおい」では,食品用のプラスチック包材に対する有機物質(におい物質)の挙動について企画掲載した.これを機会に,是非とも再度参照願えればと思う.
輸入餃子の異臭問題が日本中を震撼させたことは,まだ記憶に新しい.その後も,カップ麺への防虫剤臭の移行,輸送中のたばこへの他商品からのにおいの移行問題などが発生した.また,商品を守るための保存剤が,商品中に僅かに残留する微生物などの増殖によって変質し,異臭を放つ場合も多いとされる.揮発性有機化合物に起因するシックハウス症候群や化学物質過敏症などという言葉が頻繁に使われ始めたのは,ここ10年くらいであろう.たとえば,高級建材の一つであるヒノキから放出されるにおい物質も,万人に受け入れられるわけではない.私たちはあらゆる事に対して利便性を追い求め,そして安全性を要求する.しかし,その反面,全く予期せぬ負の現象が発生してしまうことも多い.本特集では,「食に関わる異臭問題」という企画で,大学,分析機関,製造会社,自治体,生協などでにおい問題に携われている方々に執筆していただいた.情報量が多いため,二分割し本号をPart I,本年11月号をPart IIとし,Part Iでは5編を掲載し,Part IIでは4編を予定している.
はじめに,石田氏(東京農業大学短期大学部)には,「環境中化学物質の食品への移行と異臭苦情」という題目で執筆していただいた.防虫剤の
p-ジクロロベンゼン,防腐剤のホルムアルデヒド,溶剤のトルエンなどが包装材のポリフィルムを透過し内部食品に接触する場合,食品素材の組成(油性,水性)によって,吸収量は大きく左右される.また,包装材料自体に含有される化学物質の内部食品への移行についても,詳細な実験データを基に説明されている.
内藤氏(愛知学泉短期大学)は,「乳酸菌と酵母による食品工場汚染と食品の異臭変敗」という題目での執筆である.日本の伝統的な味噌,醤油,日本酒などの発酵食品工場では,建屋全体が発酵目的に合った微生物群になっているといわれる.さまざまな乳酸菌や酵母が食品中に残存した場合,食品中の蛋白質,炭水化物,脂質などに作用し増殖することで食品を変質させる.加工食品の変質状況を食品種,微生物種,現象,包装形態,汚染原因などの一連の関係を表にまとめて記述されている.これらのデータを見ていただくだけでも,食品の変質についての情報が一目瞭然である.
奈賀氏(東洋食品工業短期大学)は,「PETボトル詰柑橘果汁の光増感オフフレーバー」という題目での執筆である.近年,光による食品・飲料水の劣化事例が増加しているという.PETボトル入りの柑橘系飲料水に室内の白色蛍光灯の光が当たると,容易に脂肪族カルボニル化合物である1-オクテン-3-オン(金属様臭気と表現)が産生される.原因としては,柑橘類に含まれるクロロフィル類の影響が大きいため,搾汁時に除去することが重要であるとしている.
尾崎氏,鰐川氏ら(アサヒビール株式会社)は,「ビールのオフフレーバーとその制御」という題目での執筆である.ビールの製造過程で最も重要なことは,カビ臭のない高度処理水の確保である.ビールの風味で好ましくない物質としては,数多くのアルデヒド類の介在であることが示されている.驚くことに,加齢臭として一躍注目を浴びた2-ノネナールが含まれている.また,保存後に発生する日光臭成分についても,生成メカニズムや解決法などについて詳細に述べられている.美味しいビールの開発には,オフフレーバーのさらなる解明解決が必要とされているようだ.
最後に,池野氏(横浜市衛生研究所)には「横浜市における食品の異臭苦情検査事例」という題目で執筆していただいた.横浜市では平成17年度から21年度までの5年間で食品の異臭検査を57件行っている.それらの中から今回20件の事例を紹介していただいた.非常に解り易くコンパクトにまとめて記述されている.苦情に関わっておられる多くの人たちの参考にしていただければと思う.このような情報がライブラリー化されると,苦情対応も極めて素早くできることになる.
本号では,ここで終了とさせていただく.前述したように,Part IIは本年最後の11月号を予定している.最後に,ご多忙中にもかかわらず執筆依頼にご快諾いただいた著者の方々に対し,本紙面を借り厚く御礼申し上げる次第です.
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