動植物の体内では,様々な物質が生産されている.その個体特有のにおいやかおりもその一部である.それらの生成には遺伝子が関与しており,その発現により,様々な物質が生合成されてくる.動植物の発する特徴のあるにおいやかおりには,最近の研究で新しい機能が次々と見出され,それらの利用法の開発も盛んになっている.このような風潮のもと,動植物体内でのにおいやかおり物質の生成機構に関する研究も行われるようになり,生成に関与する遺伝子も発見されるようになっている.そこで,本特集では動植物のにおい·かおり物質の生成に関わる遺伝子研究に焦点をあてることとした.
最初の原稿は,小原一朗·矢崎一史氏によるハーブの一種であるシソの遺伝子を芳香成分を生成する樹木であるユーカリに導入するというユニークな話である.シソに存在する芳香性物質の一種であるリモネンの生合成関連遺伝子をユーカリに導入したところ,リモネンの蓄積量が飛躍的に増加し,さらにはユーカリ芳香性成分の主な物質である1,8-シネオールやα-ピネンも蓄積量が増加したという研究内容の紹介はたいへん興味深いもので,かおり物質の生産の一手段としての将来性を感じさせるものである.
2番目の原稿は,吉橋 忠氏による香り米に関するものである.香り米は国内では古代米のカテゴリに入り,神社などで栽培されてきた珍重品だが,世界的にはたいへん人気がある品種だ.香り米の香り成分2-アセチル-1-ピロリンの生成機構に関する興味深い研究内容や同じ香りを呈する茶豆などの生成機構にも言及されている.
3番目の原稿は,鈴木保宏氏より,同じ米の話題であるが,劣化に伴って発生する古米臭に関するものである.米は一般的には刈り入れ後,保存·流通するわけだが,長期の保存期間が経過すると古米臭なる独特なにおいを発するようになる.このにおいは品質の劣化に繋がるため,いかににおいを低減するかが重要な課題となる.ここではにおいの生成機構はもとより,生成に関与する関連遺伝子の特定やそれらの研究を発展させ,においの生成量が少ない品種の簡易選抜法の開発などが紹介されている.
最後の原稿は,佐久間弘典·小林栄治氏による和牛の優れた風味に関する研究である.和牛の食味は脂肪量や質および風味の要素であるかおりが特徴的で,輸入牛とは大きく異なっている.これらの要因となる成分の生成に関与する遺伝子の特定に関する記述などはたいへん興味深い.
動植物の生体内では,様々な遺伝子の関与によりにおいやかおりが生産されている.ここで紹介した内容はそのほんの一部にすぎない.本特集を機に,多くの読者が「におい·かおりの動植物における生成機構」について認識を深めていただければ幸いである.
最後に,ご多忙中にもかかわらず,執筆をご快諾いただいた方々に,本紙面を借りて厚く御礼申し上げます.
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