ナノメカニカルセンサは,感応膜としてほとんどの材料を利用可能であるという多様性の高さから,様々な分野への応用が期待されている.なかでも,近年開発された膜型表面応力センサ(Membrane-type Surface stress Sensor, MSS)は,高感度化と小型化を両立可能であることから,特にモバイルやモノのインターネット(Internet of Things, IoT)などの用途の嗅覚センサへの応用が期待されている.本稿では,MSS開発の経緯や動作原理について基礎的・技術的な内容も含めて紹介する.
人間の五感の中で最もデバイス化が遅れている嗅覚は,測定対象となるにおいが複雑な混合ガスであり,かつ時間的にも空間的にも変動が大きいことから実現に向けた技術的ハードルが高く,有効な社会実装に至っていない.しかし,近年の様々な革新的技術の開発により,いよいよ嗅覚センサの実現が射程に入りつつある.本稿では,著者らが研究開発している「膜型表面応力センサ(MSS)」を用いた多様なにおいの検出・識別において重要となる感応膜材料の開発について紹介したい.また,それらの感応膜材料に基づく多様なアプリケーションの可能性についても概観する.
本稿では,複雑な混合気体であるにおいから,特定の情報を定量的に抽出する手法について紹介する.本手法は,膜型表面応力センサ(MSS),表面特性の異なる機能性ナノ粒子,機械学習からなり,これらを効果的に融合することで精度の高い推定を実現した.一例として,お酒のにおいに基づくアルコール度数の高精度推定について述べる.加えて,水,エタノール,メタノールの混合溶液のにおいから,各成分濃度を推定する研究についても紹介する.
嗅覚センサを実現するためには,センサそのものの開発だけでなく,センサで得られるシグナルのデータ解析法の開発も必要不可欠である.本稿では,制御工学で用いられる概念を導入したセンサシグナルの解析法について解説を行い,これらの解析法を用いた膜型表面応力センサ(Membrane-type Surface stress Sensor, MSS)による研究を紹介する.新しい解析法の開発により,ポンプを用いることなく,センサチップを試料にかざすだけの測定でにおい(ガス)識別が可能となった.さらに,MSSの動作原理に基づいた理論モデルについての研究も紹介し,センサシグナルの物理・化学的な解釈について議論を行う.
「MSSアライアンス」は,MSSを用いたにおい分析センサ・システムの業界標準を目指す産学官連携活動体であり,2015年9月に発足した.この研究活動を通して得られた成果を基に,さらに実用化を加速するため,また,様々な分野からの「MSS嗅覚IoTセンサ・システム」を試用したいとの声に応えるため,オープンな実証実験を行う「MSSフォーラム」を2017年11月1日付で設置した.MSSアライアンス7機関で引き続き要素技術の確立を目指しつつ,MSSフォーラムに参画された企業・研究機関とともに,多種多様な環境における有効性実証実験を推進し,MSS嗅覚IoTセンサ・システムの業界標準化を図っている.