2004年ノーベル医学生理学賞を受賞した,リチャード・アクセル教授とリンダ・バック博士により嗅覚受容体遺伝子が発見され,はじめてにおい受容体(においのセンサー)とその情報がどのように脳に伝達し処理されるかという嗅覚メカニズムの実態が解明された.
つい最近まで嗅覚の本質が「最も謎に包まれた人間の感覚」として,ほとんど解っていなかったという事実は全く驚きである.
一方,人工センサーの研究においては,センサー素子の進歩がめざましく,いわゆるガスセンサーとして開発された金属酸化物や金属酸化物半導体センサーは,さまざまな工夫で極めて低濃度のにおい成分を安定して検知できできるように改良されてきた.
また,水晶振動子の表面に吸着された物質の質量で共鳴周波数が変化することを応用したにおいセンサーも多く開発され,表面に加工される吸着感応膜としては,目的により有機化学物質,生体物質,脂質などのさまざまな物質が単独あるいは複数の組合せで応用されている.このほかに色の変化を利用する光学的なにおいセンサーなど新しいセンサー素子の開発が進められている.いずれもにおい成分を電気信号に変換し数値化するものである.
1980年代の後半には,においの強さを数値化する「においセンサー(ニオイセンサー)機器」が始めて開発され,においの現場に携帯できる簡便な測定器として商品化された.
においセンサーが開発された当初は,においが物理量として定義できないという前提の中で,数値が何を意味しているのか,また臭気濃度や臭気指数との相関に関して,それぞれ開発したメーカーが独自で定義したための混乱や,悪臭防止法による臭気の測定方法(公定法)が制定されていた関係もあり,広く普及には至らなかった.
におい・かおり環境協会は,「臭気簡易測定技術の活用に関する報告書」の中で,においセンサーの適応に関する詳細を発表しているので,参考にされたい.
近年,人間の嗅覚メカニズムの研究が進むにつれて,嗅覚受容体から脳内処理までの仕組みを,人工のセンサーで模倣する試みが盛んにおこなわれている.嗅覚受容体のように,異なる特性を持つ複数のにおいセンサー素子集合体から得られる情報を解析するアルゴリズムやCPU(演算装置)の革新的進歩で,においの識別や強度を実用のレベル表現できるようになってきた.また,測定データの集積によりにおいの識別や強度(臭気指数相当値など)を,かなりの精度で表現できるようになってきた.悪臭防止法においては,公定法による測定が義務づけられている.しかし,この方法は,においの採取から測定結果がでるまでかなりの時間とコストを要するのと,連続測定ができないという問題がある.
一方においセンサーは,あくまでも簡易測定ではあるが,連続的なモニタリングやリアルタイムににおいを測定できるという利便性から,悪臭問題のみならず,食品や医療の分野などさまざまな場面でのにおいセンシングに応用されている.
今回の特集は,これら,においセンサーの研究開発の最前線で活躍されている諸先生よりさまざまな立場の知見から最新の情報と今後の課題について執筆をいただいた.
南戸秀仁氏(金沢工業大学 高度材料科学研究開発センター)には,「においセンサーシステムの開発現状および応用分野」という題目で人間の五感とセンサーおよびセンシングの研究開発の第一線で活躍されている研究者の立場で,最新のにおいセンサーの動向を総括的に紹介いただいた.また,においのセンシングの難しさや,最近研究開発が活発化しているエレクトリックノーズ(システム)のケモセンサーをはじめ構成される原理やテクノロジーに関して解説いただいた.
中本高道氏(東京工業大学理工学研究科)には,「においセンサーとにおいの記録再生システム」という題目で,水晶振動子式のにおいセンサーに長年取組んでおられる研究者として,原理やメカニズムおよび製造方法に関しても紹介いただいた.
「においの記録再生システム」は,においの出力パターンと調合装置でにおい情報を記録すると同時に再生(再現)できるシステムで,調合し記録したにおいを電子情報として送受信し,その情報を再生できるという夢のような研究や,医療の現場の口臭センサーへの応用や,光学センサーで読み取る検知管悪臭センサーの紹介もいただいた.
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