におい受容体の化学物質に対する優れた検出能を利用した,次世代型バイオセンサーの開発は,研究推進事業の一翼となっている.におい受容体は化学物質を検知し,そのシグナルを電気信号へ変換する役割を持っている.この機能を利用して,培養細胞などで機能的に再構成したにおい受容体をセンサー素子に用いた,様々なセンシング技術が開発されている.しかし,嗅覚器のもつ優れた能力の再現はいまだ実現されておらず,その課題として,嗅粘液の機能解明と再現が注目を浴びつつある.
微量のにおい物質の検知には,従来は物理・化学的手法が用いられてきたが,感度,選択性を追求すると大型化,高コスト化を招く問題があった.そこで近年注目されているのが,生物の嗅覚の高感度性,高選択性を生かしたバイオセンサである.その中には,生物の嗅覚機構を模倣するセンサ,生物の機構や設計思想を活用するセンサが含まれるが,本稿では生物そのものを利用するセンサについて紹介する.最近線虫C. elegansががんのにおいを高精度に識別できることが発見された.線虫嗅覚を用いたがん診断技術(n-nose)は,高感度,低コスト,非侵襲性,簡便,早期がんを発見できるなど,これまでのがん検査システムを変える可能性を秘めている.
疾病や代謝に着目し,代謝酵素を認識素子とする生化学式ガスセンサ:バイオスニファを,トリメチルアミン,メチルメルカプタン,ホルムアルデヒド,エタノールなどのガス成分を対象に開発した.開発したバイオスニファは酵素の基質特異性に基づき,高い選択性を以って対象ガスを検知し,その濃度変化をモニタリング可能でした.さらに光計測技術を利用した探嗅カメラでは,生体ガスやワインのアルコールの時空的な分布をモニタリングすることが可能でした.
自然界に生きる野生動物にとって,嗅覚を用いて周囲の状況を察知することは生存のために極めて重要である.においを受容する嗅上皮には,センサーである嗅覚受容体が発現しており,それを介して様々なにおいを識別している.マウスでは約1000種類,ヒトでは約400種類の嗅覚受容体遺伝子が存在することから,“嗅上皮は生体において最大の化学センサーを有する器官である”と言える.近年,興味深いことに,マウスなど一部の哺乳類は,ヒトには無臭である二酸化炭素(CO2)のようなガス分子までも,嗅覚により感知できることが明らかにされている.そこで本総説では,嗅覚によるCO2の感知メカニズムに焦点を当てて,筆者らを含めた最新の知見を紹介し,バイオセンサーへの応用についても言及する.
豚糞からは,硫化水素(H2S)やメチルメルカプタン(MM),トリメチルアミン(TMA)および低級脂肪酸類(LMFAs)といった悪臭物質が放出される.従来,これらの悪臭物質のガスクロマトグフィーによる分離にはパックドカラムが使用されてきた.また,H2SとMMの検出にはFPDが利用され,TMAとLMFAsの検出にはFIDが利用されてきた.しかし,パックドカラムはピーク分離能が低く,FPDやFIDは検出器としての分解能が低いため,低濃度の悪臭物質の測定では妨害ピークの影響を受け易かった.以上の問題を解決するため,本研究では,ピーク分離能が高いキャピラリーカラムと検出器としての分解能が高いMS検出器を用いる悪臭物質分析法を開発した.
H2S,MMおよびTMAは液体アルゴンで低温濃縮後,GC/MSで測定した.また,LMFAsは,アセトン吸収後,脱水濃縮しGC/MSで測定した.定量下限値は,いずれの悪臭物質に対しても豚小屋の敷地境界基準値以下になることが分かった.
pH中性の無処理の豚糞から悪臭物質を発生させたモデル実験では,MMとTMAは検出されたが,酸性物質であるH2SとLMFAsは検出されなかった.ところが,豚糞をリン酸で酸性にしたところH2SとLMFAsも検出されるようになった.以上の検討から,悪臭物質に関する分析および調査研究への本分析法の有用性が示された.
悪臭防止法が制定されてから40年余り経過し,現在悪臭物質濃度および臭気指数による規制がなされている.現在,地方自治体による悪臭の測定検体数は,苦情件数の1%にも満たない.これらの濃度規制には,メリットも多いが,いくつかの問題点もあり,現行の規制手法は必ずしもベストな規制手法とは言えない.濃度規制以外の悪臭規制手法として,管理基準,構造基準,作業基準などによる手法を検討することが重要である.