脊椎動物の嗅覚系は,いつ,どのように進化したのだろうか.脊椎動物に最も近縁な無脊椎動物であるホヤやナメクジウオには明確な嗅覚器が認められないため,脊椎動物の嗅覚系は脊椎動物の系統で独自に発達したと考えられる.ヤツメウナギとヌタウナギからなる円口類は,脊椎動物において初期に分岐した系統の生き残りであり,脊椎動物の初期進化を理解するうえで重要な動物群である.嗅覚受容体や嗅細胞,嗅覚回路の比較を通して,円口類と他の脊椎動物の嗅覚系の共通点と相違点が明らかとなり,ここから嗅覚系の起源と多様化が見えてくる.
嗅上皮は外界からの有害物質やウイルスによって暴露された環境にあるため容易に傷害を受ける.嗅上皮に存在する嗅細胞は,終生に渡り再生するため,傷害を受けても新しく生まれた嗅細胞が,嗅覚機能を補うことができれば嗅覚はいずれ元に戻り,嗅上皮の恒常性は維持される.しかし,におい入力が新生嗅神経の分化・成熟にどのように影響を与え,嗅上皮の恒常性維持に関わるのかについては十分に解明されていなかった.成体マウスの嗅上皮を傷害したあとに新生する嗅細胞に着目すると,嗅細胞の分化・成熟過程はにおい入力に強く依存しているのが観察できる.嗅上皮は傷害を受けても,幹細胞から新しい嗅細胞が産生され28日程度で嗅上皮の組織修復は完成する.しかし,嗅上皮の修復過程で,新生した嗅細胞がにおい入力を受けないと嗅上皮修復は不完全となる.特に嗅細胞は生後7~14日ににおい入力に依存した細胞死への感受性が亢進しており,この時期ににおい入力を受けないと未熟な嗅細胞は成熟できずに細胞死に陥る.嗅上皮の恒常性維持において,生後7~14日の嗅細胞の生存が重要な役割を果たしている.
本研究は,核磁気共鳴画像の応用手法である拡散テンソルトラクトグラフィーにより,嗅神経の描出をマウス,マーモセット,ヒトで行ったものである.嗅神経の走行を解析することで嗅上皮と嗅球の空間的相関性が可視化され,この対応図を「嗅神経地図」として提唱した.嗅神経地図により嗅上皮と嗅球が背側-腹側軸,内側-外側軸に沿って位置関係が保存されていることが明らかとなり,鼻腔内の嗅上皮分布も示された.本手法は将来嗅覚障害や手術の術前評価に臨床応用できる可能性を有している.
嗅覚系において,個々のにおい分子は約400種類存在する嗅覚受容体の組み合わせによって認識される.一方で,複数のにおい分子が混ざった際にこれらがどのように嗅覚受容体に作用し,認識されるのかについては十分に理解されてこなかった.近年,生体イメージングによるハイスループット解析が可能となり,においの混合物が嗅神経細胞においてどのような応答を生じるのかが明らかになってきた.本稿では,複数のにおい分子の混合物が嗅覚受容体に作用した際に生じる拮抗作用と相乗効果について解説するとともに,においの混合物の識別機構について論じる.また,最近報告された嗅覚受容体の立体構造解析から得られた示唆についても議論する.
本研究では現代の日本人を取り巻く「におい」環境を明らかにするために,日常生活における「におい」を収集し,性差,世代差について検討した.具体的には,10代から40代および65歳以上の男女合計1600名を対象に経験サンプリング法を用いて,特定の時間に感じた「におい」について記述を求めた.回収されたにおい語についてテキストマイニングを行った結果,出現回数の多い「におい」が明らかになった.また,コレスポンデンス分析および「におい」出現率の分析結果から,性差・世代差によって身近な「におい」が異なる可能性が示唆された.
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