本邦において破傷風は減少傾向だが,年間100例以上の発生報告があり,死亡率は10〜20%に上る重篤な疾患である.最も症状が強くなるⅢ期は苦痛緩和を目的とした深鎮静が必要となりリハビリテーションが進まないが,回復期といわれるⅣ期まで安静を続けると廃用が進行する.つまり,重症患者管理において重要なリハビリテーションを破傷風患者に行うのが困難なことが臨床上の問題である.今回われわれは人工呼吸管理を要した重症全身性破傷風のⅢ期から,プロポフォールをデクスメデトミジンに変更した鎮痛鎮静管理によって覚醒を維持した状態でリハビリテーションを行うことが可能となり,機能障害なく退院した症例を経験したため報告する.
特発性拡張型心筋症で心臓移植を受け,移植後のステロイドパルス療法が原因の大腿骨頭壊死に対する人工股関節置換術の全身麻酔管理を経験した.移植心は自律神経支配を受けず心拍数はほぼ一定だが,血圧低下や静脈還流減少時に応じた心拍数減少が予想される.術中は必要時に心拍数を直接的にコントロールする必要があるため,本症例では急な循環動態変動時の心拍数調節対策としてカテコラミン投与と経皮的ペーシング装置の準備を行った.術中の経過としては導入時の血圧低下に伴い心拍数が80回/分から60回/分に減少し,そのまま変動なく経過した.一時的にフェニレフリンを投与する場面があったものの,大きな循環動態変動はなかった.
特発性低頭蓋内圧性頭痛では,漏出部位を明らかにしその近傍でブラッドパッチを行うことが,治療成功率を高めるとされている.高位頚椎レベルに髄液漏出部のある特発性低頭蓋内圧性頭痛患者に対し,透視下に硬膜外カテーテルを挿入することで,漏出部近傍に自己血を投与でき,有効な治療効果が得られた.
【背景】脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔後に両下肢運動感覚障害と膀胱直腸障害をきたした症例を報告する.【症例】46歳,女性.左股関節臼蓋形成不全に対して左寛骨臼移動術が予定され,脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔にて問題なく手術が行われた.術翌日より両下肢の運動感覚障害が出現し,頻回の髄液検査と画像検査,症状経過から除外診断的に,局所麻酔薬による化学性髄膜炎・腰部神経根炎の診断に至った.【考察】入念な原因検索により神経障害の原因を明らかにしたまれな一例である.脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔後の重篤な下肢神経障害の原因はさまざまであるが,その病態には化学性髄膜炎・腰部神経根炎が関与している可能性が示唆された.
膿胸に合併した被包化胸水の治療で手術を回避したい場合に胸腔内線維素溶解療法を実施することがある.今回,同療法後の胸腔内洗浄中に脳空気塞栓症を発症した症例を経験した.症例は49歳男性で膿胸加療中に被包化胸水を認めたためウロキナーゼ胸腔内投与を6日間実施した.2日後に実施した胸腔内洗浄中に意識消失・左麻痺を発症,脳空気塞栓症と診断した.高圧酸素療法実施困難のためエダラボンを投与したが意識障害が残存した.胸腔内線維素溶解療法や胸腔内洗浄には,まれだが重篤な合併症として脳空気塞栓症があることに留意する必要がある.
当院では手術室での麻酔業務のタスクシフト/シェアの取り組みとして,臨床工学技士による麻酔アシスタント業務を導入している.麻酔アシスタントの業務は,術前準備,麻酔導入補助,術中モニタリングや麻酔記録の記載,退室補助など多岐にわたり,麻酔科医の負担軽減や手術室運営の効率化に貢献している.心臓血管麻酔ではマルチタスクを安全かつ円滑に行いつつ刻一刻と変化する状況に対応する必要があるが,麻酔科医が単独で行うのは容易ではない.心臓血管麻酔において麻酔アシスタントと協働することにより麻酔科医の時間的・精神的余裕が形成され,安全性や質の向上につながると考える.
術中脳神経モニタリングの中でも運動誘発電位(motor evoked potentials:MEP)モニタリングが全身麻酔の影響を最も受けやすく,モニタリングにおける麻酔管理の難易度が最も高い.MEPモニタリングの麻酔管理を適切に行うことができればその他のモニタリングの麻酔管理は容易ともいえる.モニタリング時の麻酔法の第一選択はプロポフォールとレミフェンタニル,フェンタニルによる全静脈麻酔であり,麻酔の3大要素(鎮静,鎮痛,筋弛緩)を可能な限り一定にすることが重要である.また,合併症などに対する安全面への配慮も必要である.
ERAS(Enhanced Recovery After Surgery)プログラムにおける疼痛管理は多様式鎮痛法を基本とし,オピオイド鎮痛薬の使用は最小限にとどめつつ原則としてアセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬を投与し,術後疼痛が強いと予想される場合などは区域麻酔の使用を考慮する.体幹部の手術では硬膜外鎮痛の役割が減少し筋膜面ブロックの有用性が増加しているが,エビデンスの蓄積が待たれる.下肢の人工関節置換術に対しては末梢神経ブロックが有用であるが,歩行への影響を考慮する必要がある.肩腱板修復術の術後鎮痛には斜角筋間ブロックが推奨される.ERASプログラム実践において多様式鎮痛法の構成要素として区域麻酔の果たす役割は大きい.
集中治療医学の発展において人工呼吸管理法は中心的役割を担ってきた.急性呼吸不全患者の人工呼吸における要点は人工呼吸関連肺傷害(VALI)の発症を防ぐことである.VALIは肺胞の過膨張あるいは剪断力の発生により起こるが,自発呼吸存在下では経肺圧を指標に人工呼吸管理を行う必要がある.強い自発呼吸努力が認められる場合は筋弛緩薬を投与してVALIを防ぐ必要が生じることがあるが,副作用として呼吸筋萎縮が起こることがあり注意を要する.2019年から世界で流行したCOVID-19肺炎患者の治療では各施設の急性呼吸不全患者管理の知識と経験が試された.麻酔科医は人工呼吸管理に精通した職種であり今後も集中治療において中心的役割を果たすことが期待される.
神奈川県立こども医療センター緩和ケア普及室は2013年4月に開設された.麻酔科医師が専従であることを生かし,子ども達の検査・処置時の苦痛緩和を目的とした検査・処置時の鎮静に携わっている.緩和ケア外来は大部分が慢性疼痛患者であり多職種で対応している.遺族のビリーブメントケアの一環として2017年から病院主催の遺族会を開催している.日常活動では多職種で構成された緩和ケアサポートチームが主体となり,がん患者だけでなく非がん患者の苦痛緩和に対応している.ファシリティドッグとハンドラーがチームの一員であり,医療者や薬物とは異なる視点から子ども達や家族の苦痛緩和を行っている.
小児緩和ケアの普及のためには,子どもに関わる全ての人たちが必要に応じて小児緩和ケアの知識やスキルを身につけるための機会が保証されていることが重要である.緩和ケア教育は,専門家の養成・スキル向上を目的としたものと病気の子どもに関わるさまざまな人たちを対象とした基本的緩和ケアの習得を目的としたものに分かれるが,本稿では基本的小児緩和ケアのための教育プログラムとしてCLICの開発の経緯と現状を中心に紹介する.
第2期がん対策推進基本計画で,「小児がん」が重点項目となり,治療中から一貫した疼痛管理,終末期ケアを含めた緩和ケアの充実が明記された.しかし,①緩和ケアチームが小児患者を診る経験が少ない,②小児病院に緩和ケア専門家が不在,③小児がん診療の集約化が十分に進んでいないなどの理由から,こどもたちが十分に専門的緩和ケアを受けられていない実態がある.こどもたちに緩和ケアを届けるためには,症状緩和や意思決定支援においても小児特有のポイントがある.緩和ケアチームが小児患者にかかわるためのハンドブックや小児がん疼痛ガイドラインなどを活用することで,多くのこどもと家族に緩和ケアを届けることにつながる可能性がある.
区域麻酔はかつては単独の麻酔法であったが,1990年頃より全身麻酔と併用して周術期の鎮痛法としても使用されるようになった.当初は硬膜外麻酔が選択されたが現在は末梢神経ブロックも広く使用されている.周術期の区域麻酔の使用は鎮痛だけでなく,手術によるストレス反応を抑制することで全身の炎症反応を抑制し,認知機能障害,心合併症,感染率の低下やさらに癌の再発を低下させる効果まで期待されている.このような区域麻酔の普及には外科医や病棟看護師サイドの理解とともに麻酔科内部での取り組みが重要である.教育体制の確立と,適応や手技の標準化によりコメディカルスタッフを含めた共通の理解を深めていきたい.
現在における麻酔科スペシャリティは日本専門医機構が認定する麻酔科専門医であり,区域麻酔領域における麻酔科サブスペシャリティは日本区域麻酔学会,日本臨床麻酔学会が認定する区域麻酔関連資格であると考える.本稿では区域麻酔関連資格について紹介し,それらの区域麻酔関連資格を筆者がどのように活かしているかについて述べる.本稿の内容が今後,区域麻酔関連資格の取得を目指す麻酔科医の一助となれば幸甚である.