日本物理学会誌
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77 巻, 1 号
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巻頭言
目次
解説
  • 三澤 貴宏
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 1 号 p. 4-13
    発行日: 2022/01/05
    公開日: 2022/01/05
    ジャーナル フリー

    超伝導は最も魅惑的な物理現象の一つである.電気抵抗0で電流を流せる驚異的な性質から,基礎物理からの興味だけでなく,産業応用の可能性も盛んに研究されている.長らく超伝導は極低温で発現する現象であったが,1986年の銅酸化物高温超伝導体の発見はそれまでの常識を覆し,超伝導転移温度がはるかに高くなりうる可能性を示した.さらに,2008年鉄系超伝導体の発見は銅酸化物に限られてきた高温超伝導が別の物質群でも起きることを示し,銅酸化物との類似点・差異から超伝導機構を理解しようとする研究が全世界的規模で行われている.

    長年の研究によって,これらの高温超伝導の主たる駆動力は固体の電子間の相互作用にあるというコンセンサスが形成されつつある.しかし,電子間の相互作用がどのようにして高温超伝導をもたらしているのかはまだ明確な答えに至っていない.起源解明を拒んできた主な原因は,固体中の電子間相互作用の大きさを定量的に評価する計算手法の不在と,電子間相互作用の効果を精緻に調べる計算手法の不在であった.

    この20年で固体中の電子間相互作用の理論研究は大きく進み,これらの困難が解消されつつある.発展の鍵の一つは固体の電子状態を記述する有効ハミルトニアンの非経験的な導出法の進展である.これによって,構成元素・格子構造の情報のみから固体の電子間相互作用の情報を定量的に評価できることが可能になり,物質ごとの電子相関の差異を定量的に議論することが可能となった.もう一つの発展は有効ハミルトニアンを解析する手法の発展である.量子格子模型を解析する計算手法の進展はめざましく,精度向上だけではなくて,従来は困難であると考えられてきた有限温度計算,非平衡計算,スペクトラム計算が可能になりつつある.この有効ハミルトニアン導出と有効ハミルトニアン解析を融合させた計算手法は「第一原理強相関計算手法」といわれ,高温超伝導・量子スピン液体に代表される新奇量子相の起源を解明できる手法として注目を集めている.

    この第一原理強相関計算手法を鉄系超伝導体・銅酸化物高温超伝導体に適用した.超伝導状態を含む実験相図を再現したうえで,系統的にハミルトニアンのパラメータを変化させることによって,一様電荷感受率の増大と超伝導の安定性が一対一に対応していることを明らかにした.この計算結果は高温超伝導の主な駆動力は,「一様電荷感受率の増大」=「相分離への不安定性に伴う電子間の有効的な引力」であることを示唆している.さらに,銅酸化物高温超伝導体の界面で観測されている超伝導転移温度が金属側のドーピング濃度によらずに一定に保たれる現象が,積層方向の自由度を利用した相分離への不安定性の解消でよく説明できることを示した.これは高温超伝導の背後に一様電荷感受率の増大があることを支持する結果となっている.

    第一原理強相関計算手法は大きな成功を収めているが,計算手法の高度化とともに新規参入への障壁が高くなっている.この障壁を取り除くために,開発した計算手法をオープンソースソフトウェアとして共有する活動が活発になっている.この活動の一環として,我々は第一原理強相関計算手法を実行するソフトウェアを公開・普及する活動を行っている.

  • 吉岡 信行
    原稿種別: 解説
    2022 年 77 巻 1 号 p. 14-22
    発行日: 2022/01/05
    公開日: 2022/01/05
    ジャーナル フリー

    多体系の織りなす物理現象を調べることで,森羅万象と我々人間の知識を結ぶことができる.同時に,この魅力的な橋渡しを行うことは,長きにわたって物理学者の前に立ちはだかる難問でもある.古典・量子の系を問わず普遍的に現れるボトルネックの一つが,系のサイズに対する「次元の呪い」である.これは,ヒルベルト空間やスピン配位空間などの探索空間が拡大し,厳密に計算するために必要なコストが膨れ上がる,という問題だ.次元の呪いは,大規模な問題を取り扱うにあたって,原理的に回避できないため,効率的かつ精密に近似する手続きが必要となる.

    計算機性能が今ほど高くなかった時代から,現象の本質を抽出するような低次元表現の理論的研究は盛んに行われてきた.古くは熱力学や統計力学などの,マクロな系の性質を少数の「特徴量」によって体系的に理解する試みに始まり,様々な理論体系が創出されていった.

    ただし,そのような発展を遂げてなお,全容が明らかになっていない多体物理現象は山のようにあることを鑑みると,大規模な数値計算による解析は,今後ますます重要性を増していくものと考えられる.特に,物理的直感をはじめとした「科学者によるバイアス」を,極力排除した手法が求められるが,これもまた一筋縄でいく問題ではない.

    このような問題意識に基づいて,「広大なデータ空間を網羅するような,強力な非線形関数」を探し続けてきた研究分野の一つが,機械学習である.画像認識などのタスクに向けて設計された数理モデルの中でも,最も成功しているものの一つとして挙げられるのが,ニューラルネットワークだ.計算機の演算性能の向上や最適化アルゴリズムの発達によって,ニューラルネットワークは,多岐にわたるデータ処理において,圧倒的な威力を発揮するようになってきた.ここで,量子多体系における波動関数や,古典多体系における熱平衡状態などといった物理的な記述もまた,「データの分布」とみなせることに注目しよう.多体状態の特徴量もまた,強力な「特徴抽出能力」を有するニューラルネットワークによって,学習することが可能なのではないだろうか.

    実際,物理量の特徴をコンパクトに表現でき,多体現象を効率的かつ大規模に調べることが可能だとわかってきた.ニューラルネットワークが捉えることのできる空間での実効的な多体物理を調べる「変分計算」や,測定からもとの状態を推定する「トモグラフィ」など,好例は尽きない.野心的な試みの中には,観測結果を元に背後の支配方程式をニューラルネットワークに学習させることで,新たな物理法則を発見できないか,という試みもある.

    古典計算機だけでなく量子デバイスの演算性能が向上し続けている今,両ハードウェアの恩恵を享受する受け皿が求められている.より強い表現能力を求める動きは,機械学習・量子多体物性などの分野の垣根を超え,加速し続けている.そのような潮流の中で,ニューラルネットワークによる表現は,さらなる異分野融合を促す鍵の一つになっていくだろう.

最近の研究から
  • 三井 隆也, 境 誠司, 瀬戸 誠, 赤井 久純
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 1 号 p. 23-28
    発行日: 2022/01/05
    公開日: 2022/01/05
    ジャーナル フリー

    鉄は強磁性を示す金属の代表で,有史以来人類は磁石材料として利用してきた.鉄の強磁性は,周期配列した鉄原子が2.2 μBの磁気モーメントを持ち,キュリー温度770°C以下では,それらが平行に整列すると考えることで理解できる.しかしながら,結晶内部の原子は対称性のよい環境にあるが,結晶表面では原子配列の並進対称性が破れており,電子状態が局所的に変化する.はたしてこのような系で,表面層の鉄原子はバルクと同じ磁力を持つだろうか?

    このような疑問に対して,1980年代にフリーマン(A. J. Freeman)達は,第一原理計算を用いて,Fe(001)の7層膜やFe(110)の9層膜の電子状態を解析し,表面の並進対称性の破れが各層の磁性に与える影響を調べた.その結果,表面の原子配置の並進対称性の破れが最表面の電子状態にバルクよりも大きなスピン不均衡を生み,鉄の最表面の磁気モーメントが増加すると指摘した.また,構造的に表面の原子密度が低いFe(001)では,表面の磁気モーメント増加に加え,表面下数層で磁気モーメントが層毎に振動するという興味深い現象(磁気フリーデル振動)が生じることを指摘した.彼らは,同じ系に対して原子核位置に働く内部磁場についても計算を行い,それが最表面で顕著に減少し,表面下では層毎に磁気モーメントと逆パターンで振動することも指摘している.彼らの研究結果は磁性研究者の強い関心を引き,多くの実験が行われたが,最表面の磁気モーメント増加に関する報告はあるものの,Fe(001)表面の磁気フリーデル振動については未観測のままであった.その理由は,超高真空中で最表面や非磁性物質上に蒸着した単原子磁性層に感度を持つ測定法は幾つかあるが,厚みのある強磁性体では内部の巨大な磁性による影響を除外して表面から深さ方向に一原子層単位で磁性を調べることはかなり難しいからである.

    最近,筆者達は,超高真空中で製作した鉄薄膜の表面付近を一原子層毎に調べられる革新的メスバウアー分光法を開発した.本手法では,56Fe(非共鳴同位体)で作製した鉄表面の注目する部位に一原子層の57Fe(共鳴同位体)を埋め込んだ薄膜試料を用意し,放射光メスバウアー線源で発生させた57Feに共鳴する超高輝度γ線を薄膜に全反射させることで,試料中の57Fe層のスペクトルを迅速に測定することができる.本手法でFe(001)の表面磁性を調べたところ,内部磁場は最表面で大きく減少し,表面下数層では振動的な挙動を示した.実験と理論を比較考察した結果,この現象が,フリーマン達が予言した鉄表面の磁気フリーデル振動であることが明らかになった.本成果により,1980年代からある鉄の表面磁性の謎に明確な回答が与えられたと言えよう.また,開発した手法は,金属薄膜の表面だけでなく界面近傍も一原子層毎に磁性探査できるので,新しい磁気現象の発見や理論予測の検証が進展し,最先端スピントロニクス材料開発の加速に繋がることが期待される.

  • 池田 達彦
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 1 号 p. 29-34
    発行日: 2022/01/05
    公開日: 2022/01/05
    ジャーナル フリー

    2018年にノーベル物理学賞の対象となったチャープパルス増幅法に象徴されるように,近年の高強度レーザー技術の発展が著しい.これに伴い,極めて強いレーザー電場で駆動された固体中電子の非平衡物理の研究が可能になってきた.このような強電場に対する固体の応答は,通常の線形応答を超えて非線形応答が重要になる.そして最近になって,入射電場のベキ展開では捉えられない「非摂動的な非線形応答」が観測され始めている.

    (角)周波数Ωの光を固体試料に照射した際にその整数倍の周波数nΩ(n=2, 3, ...)の光が発生する高次高調波発生はその典型例である.この現象は,周波数変換素子への応用が期待されるほか,発生した高調波から物質内部の情報を窺い知るためのプローブとしても興味をもたれている.2011年に半導体から20次を超える高調波発生が観測されたのを皮切りに様々な物質群へと研究が波及している.より高い発生効率をもつ物質の探索や,それぞれの物質における高調波発生の微視的機構の解明など,実験と理論が協働して盛んに研究されている.

    その中で,炭素原子シートのグラフェンが極めて高い高調波発生効率をもつことが判明し,条件によっては通常物質よりも10桁以上大きな非線形感受率をもつことが示された.また同時期にグラフェンの研究にブレイクスルーがあった.2枚のグラフェンに相対的なねじれ角を与えて積層した人工的な2層グラフェン,いわゆるねじれ2層グラフェン,において超伝導などの物性が観測されたのである.これらの物性は自然に存在する2層グラフェンには存在しないものであり,ねじれ角によって人工的に作り出されたと言える.これを端緒として,人工的なねじれ角を新しいパラメータとして,層状物質の物性を制御する研究が急速に進展している.

    上述の非線形光学およびグラフェン双方の研究の進展を踏まえると,ねじれ2層グラフェンの非線形光学応答が,自然かつ時宜にかなった問題として浮かび上がる.我々は,ねじれ2層グラフェンの高次高調波発生を非摂動論的な数値計算によって解析し,入射レーザーの偏光に依存して多様な次数(n)の高調波発生が可能であることを示した.例えば,円偏光レーザーを入射した場合は3の倍数を除く全ての次数nの高調波が発生しうる.これら多様な次数のうちの多くが,一枚のグラフェンや自然に存在する2層グラフェンにおいては禁止されており,その意味でねじれ角によって生み出されたものと言える.

    これらの次数選択則を,非平衡系(周期駆動系)特有の動的対称性(dynamical symmetry)の観点から系統的に解析的に導出した.レーザー電場の存在下では,通常の結晶対称性そのものは失われるが,適切な時間並進と組み合わせた動的対称性が存在する場合がある.この動的対称性が,時間周期的にレーザー電場で駆動される電子の状態(フロケ状態)に制約を与え,具体的計算に立ち入らずに高調波発生の次数選択則が導出できるのである.

    動的対称性は,時間周期的に駆動された系の一般的性質であり,高次高調波発生のみならず様々な系で役立つと思われる.実際,周期駆動された自由電子系において,この対称性がトポロジカルに非自明な相を導くことが示されている.さらに一般化すれば,時間周期的に変化する係数行列をもつ一階線形斉次微分方程式であれば動的対称性の議論が使えるため,シュレーディンガー方程式以外にも様々な力学系などへの応用が考えられ,非平衡現象の系統的な理解に役立つと期待される.

  • 藤原 進, 波多野 雄治, 中村 浩章
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 1 号 p. 35-41
    発行日: 2022/01/05
    公開日: 2022/01/05
    ジャーナル フリー

    トリチウム(三重水素,3HあるいはTと表記)は,極めて低いエネルギーのβ線と反ニュートリノを放出する放射性の水素同位体である.自然界では地球に降り注ぐ宇宙線と大気との核反応により生成される.また原子炉でも生成される.生体試験用のトレーサーや蛍光物質を用いたライトなどにも利用されており,高純度のトリチウムは,核融合反応の燃料にもなる.福島第一原子力発電所の処理水中にも存在しており,社会的関心を集めている.

    トリチウム由来のβ線の飛程は水中や細胞中で数ミクロン程度と短い.そのため,外部被ばくが問題となることはなく,内部被ばくに対する防護が重要となる.我々は,トリチウムが生体分子へ与える影響を計算機シミュレーションで解き明かすことにより,生体分子の損傷機構を明らかにすることを目指している.そこで,計算手法およびシミュレーション精度の確認のため,単純な系で生体分子の損傷速度を定量的に評価する実験技術の開発を進めている.

    実験では,蛍光顕微鏡を用いたDNA一分子観察法により,トリチウム水中に浮遊するDNAの二本鎖切断メカニズムを定量的に明らかにしつつある.具体的には,滅菌環境下でトリチウム水およびトリチウムを含まない注射用水中におけるDNAの平均長さの経時変化を,蛍光顕微鏡で観察した.その結果,注射用水と比べて高濃度トリチウム水中では,DNA二本鎖切断が速やかに起こることがわかった.一方で,1 kBq/cm3程度のトリチウム濃度では有意な照射効果が見られないことを確認した.

    トリチウムを含む化合物が生体内に取り込まれると,化合物中のトリチウムがDNA分子中の軽水素と置き換わることがある.このことは,メダカや大腸菌を使った実験で確かめられている.トリチウムに特有の壊変効果として,DNA分子中の軽水素に置換したトリチウムが3Heにβ壊変することによる化学結合の切断が挙げられる.法令による排水中の濃度限度(60 Bq/cm3)におけるトリチウムと軽水素の比はT/H=5×10-13と極めて小さく,置換トリチウムの影響が現れるとは考えにくい.一方で,「どの程度の濃度以上であれば置換トリチウムの影響が顕著になるのか?」という問いに対して,現時点では必ずしも明確な答えはない.そこで我々はトリチウムの壊変効果に着目し,DNAから置換トリチウムが除去されることに伴うDNA部分構造の変化を,分子動力学シミュレーションにより明らかにする.

    我々の戦略として,まずDNAよりも分子構造の単純な高分子の計算から始め,続いてDNAの計算を行った.高分子の分子動力学シミュレーションの結果,除去される水素の割合が大きいほど,高分子の熱安定性と構造安定性が低下することがわかった.また,二重結合や共役結合の生成など,化学結合の変化を確認することもできた.さらに,テロメア二重らせんDNAの分子動力学シミュレーションの結果,グアニンのアミノ基中の水素が除去されることにより,水素結合が消失し二重らせん構造が崩れる様子を明らかにすることができた.

    今後は,反応力場を用いた分子動力学シミュレーションにより,β壊変によるDNA二本鎖切断のメカニズムの解明といった展開が期待される.

    本記事の長さは通常の「最近の研究から」欄記事の規定を超過しておりますが,編集委員会の判断によりこのまま掲載しています.

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