日本物理学会誌
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75 巻, 3 号
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巻頭言
目次
最近のトピックス
解説
  • 望月 維人
    2020 年 75 巻 3 号 p. 130-138
    発行日: 2020/03/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル フリー

    通常の物質は冷やすと収縮し,温めると膨張する.しかし,ごく稀に冷やすと膨張し,温めると収縮する「負の熱膨張」を示す物質がある.このような物質の研究は,1897年に発見されたインバー合金の研究に端を発し,100年以上もの長い歴史がある.特に近年,基礎科学のみならず応用上の観点からも注目を集めており,国内外において,熾烈な研究開発と知財獲得の競争が繰り広げられている.技術の進歩により極限まで精密化された現代の光学デバイスや測定機器,医療器械においては,温度変化による材料の体積変化が致命的な問題となり得るが,温度降下によって縮む通常の物質と,温度降下によって膨らむ負の熱膨張物質とを組み合わせることで,温度が変化しても体積や長さがほとんど変わらない複合材料を作ることができる.

    以上のような社会的要請を背景に,深化と広がりを見せているこの研究分野であるが,実は,負の熱膨張のメカニズム自体はあまり解明されておらず,科学的な考察に基づいた物質探索や研究が行われているとは必ずしも言い難い.メカニズムの解明が遅れている最大の要因の一つとして,この現象が,電子間の相互作用により電子が担うことになるスピンや軌道自由度と,結晶格子の複雑な絡み合いに起因していることが挙げられる.このような物質系や物性現象の理解には,単純化されたモデルや現象論によるアプローチでは不十分なことも多く,物質の個性に立ち返った微視的な考察と精密なモデルの構築が不可欠である.

    難問である負の熱膨張現象の中でも,半世紀もの長きにわたって謎とされてきた物質群,逆ペロフスカイト型マンガン窒化物(Mn3AN)の負の熱膨張現象の発現メカニズムが,近年の一連の研究で解明された.この研究ではまず,Mn3AN(Aは亜鉛やガリウムなど)が示す負の熱膨張現象が,ある種の反強磁性秩序相への相転移と同時に起こることに着目し,Mn3d 電子の軌道とスピン状態を微視的に考察することで,この物質群の磁性を再現する数理モデルを構築した.そして,Mnスピン間にはたらく交換相互作用が「反強磁性的結合」と「強磁性的結合」の2種類の相反する寄与から構成されていることと,それらが異なるスピン間距離依存性を持つことを考慮し,この物質群のスピン–格子結合系を記述する数理モデルを解析することで,磁性と密接に関連した負の熱膨張現象のメカニズムを解明している.

    上に述べたメカニズムは,興味深いことに,逆ペロフスカイト型構造だけでなく,他の結晶構造を持つ物質でも実現し得る一般性を持っていることが明らかとなった.具体的には,スピン間相互作用が相反する寄与から構成される物質は,磁気相転移が引き起こす顕著な負の熱膨張現象を示す可能性が高い.これにより,そのような競合が起こりやすい結晶構造を持つ物質群を,未知の負熱膨張物質の有望な候補として提案・予言することができるようになった.これは,今まで実験的な経験則に頼ってきた本分野の研究を,戦略的な指導原理に基づく「サイエンス」へと昇華させる大きな一歩と言える.

  • 加藤 義章, 森 芳孝
    2020 年 75 巻 3 号 p. 139-147
    発行日: 2020/03/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル フリー

    光のパルス幅を極限まで短くしたら,どのような現象が見えるだろう? 光の強度を極限まで強くしたら,どのような新しい現象が起こるだろう?

    超高速・超高強度のフロンティア開拓に決定的な役割を果たしたチャープパルス増幅(Chirped Pulse Amplification, CPA)を発明したGérard MourouとDonna Stricklandに,光ピンセットを発明したArthur Ashkinと共に,2018年ノーベル物理学賞が授与された.

    チャープパルス増幅は,超短パルス・高強度レーザー光を生成する方法である.CPAにより小型で高出力のTable-Top Tera(1012)wattレーザーが約30年前に誕生した.その後レーザーの高出力化が急速に進められ,10ペタ(10×1015)ワットレーザーが2019年に稼働を開始した.

    超高速の現在の到達点として,光振動電場で僅か1.6サイクルの3.8フェムト(10-15)秒パルスが可視域で,170アト(10-18)秒パルスが極端紫外域(100 eV)で実現され,光電場の直接測定,電子運動の制御,電子間相互作用の解明などが可能になった.

    光強度に関しては,光による電子振動速度がほぼ光速になるのに必要な強度(1.4×1018 W/cm2)を超え,陽子振動の相対論域速度に必要な強度(4.7×1024 W/cm2)に近づきつつある.欧州プロジェクトとして2011年から建設が進められてきた先端高強度レーザー施設ELI(Extreme Light Infrastructure)が2018年に完成し,真空構造解明などへの取り組みも本格化している.

    1979年に田島–ドーソンが提案したレーザー航跡波電子加速がCPAレーザーにより1994年に実証され,近年はレーザー駆動電子加速器やレーザー駆動自由電子レーザー実現に向けて,加速電子のエネルギー,単色性,電荷量向上に向けた研究が進められている.レーザーによる高エネルギーイオンの生成と利用に関する研究も展開され,更に高エネルギー密度状態に関する研究も大きく進展している.

    J. L. HallとT. W. Hänschにより発明された光周波数コム位相制御法(2005年ノーベル物理学賞受賞)により,超短パルスレーザー光の光電場の位相をその包絡線に対し安定に保つことが可能になった.これにより,軟X線域での単一アト秒パルス生成などが可能になり,周波数と位相が完全に制御された超高強度光場による新領域がこれから拓かれようとしている.一方,CPAレーザー生成テラヘルツ域高強度短パルス光により,破壊を伴わない固体の非線形光学現象の観測が可能になり,物質科学にも新たな展開が生まれている.

    超短パルスレーザーは,屈折矯正手術といった身近な応用に用いられると共に,固体の微細加工など産業分野でも利用が広がっている.また,レーザー生成電子線によるフェムト秒分解電子線回折が実現され,新しい分析装置の開発も期待される.

    超高速・高強度光科学の今後の展開には,レーザーの高度化が不可欠である.高出力半導体レーザー励起に適した新レーザー材料の探索,多ビームコヒーレント結合,1サイクル超高強度レーザー生成など多様な可能性が追求されている.

最近の研究から
  • 今井 基晴, 梅澤 直人
    2020 年 75 巻 3 号 p. 148-153
    発行日: 2020/03/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル フリー

    地球温暖化の影響から,枯渇する化石燃料を使用しない持続可能な再生可能エネルギーの重要性が再認識されている.太陽エネルギーを有効利用し発電する太陽電池は将来を期待されている再生可能エネルギー源の一つである.現在使用されている太陽電池の大部分を結晶Si太陽電池が占めているが,結晶Si太陽電池には二つの制限がある.一つは,Siのバンドギャップ(1.1 eV)が,単接合太陽電池が理論的最大変換効率(33.16%)を示す理想的なバンドギャップ(1.34 eV)より少し小さいことである.もう一つは,Siの光吸収係数αが小さいために光吸収層として150–250 μm程度の厚さが必要となるため,Siの消費量が多くなることである.これらの制限を克服するために,様々な物質を用いた薄膜太陽電池の作成が検討されてきた.薄膜太陽電池は,厚さが結晶Si電池の1/100程度であることから,省資源,大面積なものが容易に作成可,薄いためにフレキシブルになり用途が広がる,という利点を持つ.近年,高効率薄膜太陽電池材料としてバリウム・ダイシリサイドBaSi2が注目されている.BaSi2は,(1)地殻埋蔵量の豊富な元素からなる(Si:地殻存在率第2位,Ba: 14位),(2)1.1~1.3 eVのバンドギャップを持つ,(3)バンドギャップ以上でαが急激に増加する,(4)少数キャリアの拡散長が長い,(5)不純物ドーピングによりn型,p型試料が作製できる,等の薄膜太陽電池材料として有望な性質を持っている.BaSi2ホモ接合太陽電池のシミュレーションでは約25%の変換効率が得られている.結晶Si太陽電池,薄膜太陽電池(Cu(In, Ga)Se2 ,CdTe,Cu2ZnSn(S, Se)4)の変換効率はそれぞれ26.7,21.7,21.5,12.6%であることから,BaSi2太陽電池はこれらと同等またはそれ以上の変換効率を示すと期待できる.現在,p-BaSi2 /n-Siヘテロ接合太陽電池が作製され約10%の変換効率を示しているが,今後ホモ接合太陽電池の作製により更なる変換効率の向上が期待されている.

    最近,我々はBaSi2が上記のような太陽電池材料として有望な性質を示す理由について第一原理計算を用いた考察を行った.このBaSi2は4個のSi原子が四面体を作るという特徴的な結晶構造を持つ.無機化学ではBaSi2はジントル(Zintl)相として知られており,その結晶構造はジントル–クレム(Zintl–Klemm)則によって説明されている.それによると,Ba原子の二個の価電子がBa原子から二つのSi原子にそれぞれ1個づつ供給され,その結果,5個の価電子を持ったSi原子がオクテット則に従って三つのSi原子と結合していることによって,この結晶構造は実現されていると考えられている.我々は,BaからSiへの電荷移動,Si原子間共有結合の存在を確かめ,Zintl–Klemm則が成立していることを確かめた.また,BaSi2の電子状態はSi4四面体とBa原子の電子状態の重ね合わせで概ね理解できることを明らかにし,BaSi2の分子軌道ダイヤグラムを構築した.BaSi2の光吸収係数が間接遷移型半導体にも関わらず大きい理由は,間接遷移の0.1~0.3 eV上に複数の直接遷移が存在していることを明らかにした.更に,BaSi2の主要な点欠陥であるSi空孔はバンドギャップ内に深い準位を作るがキャリアをトラップしにくいこと,固有欠陥がキャリアの生成には寄与せずpn接合の形成に必要不可欠な両極性ドーピングが可能であることを示した.

    このように本研究ではBaSi2が持つ幾つかの太陽電池材料として有望な物性の起源について明らかにした.今後,本研究の成果が,太陽電池の変換効率の向上の一助となること期待する.

  • 小川 直毅, 五月女 真人, 中村 優男, 森本 高裕
    2020 年 75 巻 3 号 p. 154-159
    発行日: 2020/03/05
    公開日: 2020/09/14
    ジャーナル フリー

    光起電力は現代社会に欠かすことのできない応用物性であり,太陽電池から各種光センサーまで広く利用されている.その歴史は長く,半導体p–n接合やショットキー接合に代表される“界面”の光起電力は180年ほど前から知られている.一方,1960年前後に空間反転対称性の破れた“バルク結晶”における光起電力が見出され,古典描像では説明できない巨大な起電力と特異な励起波長/偏光依存性を示すことから「異常光起電力効果」と呼ばれてきた.

    近年,我々の理解が進み,この異常光起電力の起因が,光励起に際した電子雲の実空間変位(シフト)であることが明らかとなったため,「シフト電流」へと改称されつつある.物質中の電子による誘電分極は,現代的な観点では,波動関数の量子力学的位相(ベリー位相)により表現される.シフト電流はその光学遷移前後の変化に対応し,始状態(価電子帯)と終状態(伝導帯)のベリー位相の差によって発生していると捉えることができる.このベリー位相差は,理論的に電子雲重心の実空間シフトと同義であり,光学遷移の時間スケールで光電流が駆動されることになる.

    最近私たちは,各種強誘電体で観測される光電流が,主にシフト電流に起因していることを,分光実験と理論計算の比較により明らかにした.

    通常,光起電力や光電流は試料に金属の電極を用意して配線を行い,増幅器等の電子回路を介して,オシロスコープや電圧/電流計で計測されている.しかし,シフト電流の本質的な高速性により,そのダイナミクスを明らかにするためには別の実験手法が必要となる.反転対称性の破れた試料にパルス光を照射した際には,パルス状のシフト電流が発生し,この短時間の電荷運動は電磁波を放射する.この電磁波を定量的に検出することにより,電極や測定回路に依存しない,非接触での超高速光電流測定が可能となる.これはテラヘルツ放射分光と呼ばれる計測法の一種である.

    また近年では,バンド構造の第一原理計算からシフト電流の励起スぺクトルが定量的に予測できるようになっている.これら実験と計算を比較することにより,シフト電流の励起ダイナミクス,またベリー位相への依存性が理解できるようになってきた.

    シフト電流は一種の分極電流であり,指向性を持ち,ボルツマン輸送理論で記述される通常の散逸電流とは質的に異なった性質を示す.量子力学的位相が観測値に現れるという点も興味深い.シフト電流は電流源とみなすことも可能であり,発生する起電力の大きさは試料の内部抵抗の関数となるため,物質のバンドギャップには制限されない.その超高速性,さらには赤外波長域での高効率光検出法としてなど,シフト電流は基礎/応用両面から大きな注目を集めている.

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