日本物理学会誌
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76 巻 , 3 号
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巻頭言
目次
解説
  • 吉田 健太郎
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 3 号 p. 130-139
    発行日: 2021/03/05
    公開日: 2021/03/05
    ジャーナル 認証あり

    共形場理論(Conformal Field Theory, CFT)は,スケール変換を拡張した共形変換に対する対称性(共形対称性)をもった場の量子論であり,系の臨界点近傍のダイナミクスを記述する理論として広く知られている.その有用さは物性理論のみならず,弦理論の数学的な基礎づけを与える理論としても不可欠であり,また最近ではゲージ理論と重力理論の双対性の研究においても重要な役割を果たしている.

    一般の場の量子論の観点から見れば,CFTは非常に特殊な理論である.場の量子論全体の空間として抽象的な理論空間を考えると,CFTは共形不変性によって特徴づけられる点の集合をなす.この点たちはエネルギースケールを変えるくりこみ群変換によって生成される流れ(フロー)で結ばれており,CFTはその流れの固定点に対応する.この理論空間全体の構造を一般的に理解するために,CFTにスケール不変性を破る摂動項を加えることによって生じる理論の変化のフローを調べることは,重要な研究課題である.

    この摂動項によって変形された理論は固定点(最初のCFT)から外れて,エネルギースケールを変えると別の理論にフローする.このとき,最初の固定点から外れていく摂動をrelevantな摂動といい,再び元の固定点に吸い込まれていく摂動をirrelevantな摂動とよぶ.relevantな摂動についてはよく理解されているが,irrelevantな摂動に関してはほとんど研究の進捗はない.

    Irrelevantな摂動は,低エネルギー領域(Infrared, IR)から高エネルギー領域(Ultraviolet, UV)への理論のズレを意味し,くりこみ群の基礎をなす粗視化と逆の過程に対応する.よって,普遍的な性質が創発するどころか,逆に微細な構造が見えてくることから,irrelevantな摂動の制御が難しいのは明らかであろう.しかしながら,IRの理論からUVの理論の構造を理解することは,古典重力理論から量子重力理論への糸口が見つかる可能性があり,理論物理学における重要な研究課題の一つである.

    2004年のAlexander Zamolodchikovの先駆的な仕事に端を発し,エネルギー・運動量テンソルTμνの行列式で定義される複合演算子(演算子TTの積を含み,TT-演算子とよばれる)を用いたirrelevantな摂動項による理論の変形(TT-変形とよばれる)の特殊な例が,近年,精力的に研究されてきた.2次元時空において,この複合演算子はTTが同一点で衝突したときの特異性をもたない.そして,CFT,あるいは可積分な場の量子論のようにエネルギースペクトラムが陽的に求まる理論に対しては,irrelevantな摂動であるにもかかわらず,その変形された理論におけるエネルギースペクトラムを計算できる.

    また,2次元における質量ゼロの自由スカラー場理論のTT-変形は,弦の運動を記述する南部–後藤作用になり,変形パラメータが弦の張力を特徴づけるα′と同定される.この結果は古典論レベルではあるものの,IRの理論からUVの理論として弦理論を再現する道筋として大きなインパクトを与えた.その量子論的な性質は弦理論,および量子重力理論と密接に関連すると期待されるため,TT-変形を研究する強い動機になっている.

  • 小渕 智之, 樺島 祥介
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 3 号 p. 140-149
    発行日: 2021/03/05
    公開日: 2021/03/05
    ジャーナル 認証あり

    「史上初,ブラックホールの撮影に成功」というニュースを覚えておられる読者も多いだろう.この成功の裏には,観測数の足りない推定問題という不良設定問題をいかにして解くかという数理科学・情報科学における技術の進展があった.ポイントは「適切な表現のもとでデータはスパースに表現できる」と仮定することで,不良設定問題を現実的に解ける問題に置き換えることであった.このような方法論をスパースモデリング(SpM)とよぶ.もちろんこの仮定の良し悪しは別途検証されなければならない.ブラックホールの例では,人工擬似観測データや較正天体データを用いて,SpMによる方法がきちんとした性能を上げることが慎重に検証された.

    一方,個別問題における検証以外に,SpMによる方法論自体の限界を理論的に押さえておくことも重要である.すなわちデータの観測過程をモデル化,推定方式を定式化した上で,どういう条件なら真の信号が正しく復元できるかを理論的に問うのである.伝統的には統計学や情報理論で扱われる問題設定であるが,近年では統計力学を用いたアプローチも行われるようになってきている.情報統計力学とよばれる分野である.

    情報統計力学における近年の成果の1つとして,平均場近似を用いた汎用的な推定アルゴリズムの導出法と,その挙動を解析するためのマクロなダイナミクスの理論が整備されたことが挙げられる.このアルゴリズムは,Cavity法という平均場近似の一種を,確率伝搬法というベイズ推定における近似的アルゴリズムの観点から見直すことで導出される.このアルゴリズムの特徴は,計算量が非常に少ないこと,およびアルゴリズムを記述するパラメータ間の相関が熱力学極限で無視できるという点にある.後者のおかげで,系のマクロなダイナミクスが,それらパラメータの平均や二乗平均のみで記述できるという単純化が起こる.これにより,アルゴリズムによって到達可能な推定精度や収束までのスピードなどが議論できる.つまりアルゴリズムのある種の性能保証をすることが可能となる.面白いことに,このマクロなダイナミクスは系の大域的な平衡解析による結果と厳密に対応する.すなわち,このアルゴリズムによる推定精度限界(アルゴリズム限界)は,原理的に到達可能な限界(情報理論限界)と密接に関わっている,場合によっては厳密に一致する,ことが示される.

    この平均場アルゴリズムとマクロダイナミクス解析を,SpMの問題に応用することができる.推定方式としてベイズ推定やl1正則化付き線形回帰などが考えられるが,いずれの方式もこの方法論で系統的に解析することができる.特に興味深いのは,真の信号の復元に必要な観測数である.解析の結果,復元に必要な観測数はベイズ推定のほうが少なく済むこと,真の信号の非ゼロ要素の分布形状によってはベイズ推定のアルゴリズム限界が情報理論限界と一致することなど,SpMの理論性能を明らかにする上で有用な情報が明らかとなる.また,推定誤差は必要な観測数の前後でゼロから有限の値に立ち上がるが,これが物理的には相転移に対応し,l1線形回帰とベイズ推定では相転移の次数が異なることも同様に明らかとなる.

最近の研究から
  • 山本 倫久
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 3 号 p. 150-155
    発行日: 2021/03/05
    公開日: 2021/03/05
    ジャーナル 認証あり

    近藤効果は,磁性不純物を含む金属の電気抵抗が低温で増大する現象として知られている.1930年代に発見されたこの現象について,磁性不純物の局在した磁気モーメントと周囲の伝導電子との間の相互作用がその起源であることを1960年代に近藤淳が指摘し,それを契機として理論研究が急速に進んだ.近藤効果に関する基本的な理論は1970年代にほぼ完成し,局在磁気モーメントと伝導電子との相互作用による効果が,より広義で近藤効果とよばれるようになった.この現象や理論の枠組みは,物理学の広い分野に大きな影響を与えており,近藤効果は,今日では超伝導と並んで典型的な電子相関効果として認識されている.また,1990年代末には,局在スピンを人工原子に閉じ込め,周囲の伝導電子との結合によって起こる近藤効果を単一の磁性不純物の単位で電気的に制御する手法が開発され,その基本的な性質が調べられた.

    近藤効果の基底状態は,局在磁気モーメントと伝導電子との間の多体のスピン一重項状態である.従って,局在磁気モーメントは多数の伝導電子によって遮蔽される.この反強磁性的な結合のエネルギーを温度に換算したものが近藤温度TKであり,これは磁性不純物を含む金属の抵抗の温度依存性が反転する温度と大まかに一致する.近藤温度以下の低温では,局在磁気モーメントを遮蔽する伝導電子が磁性不純物の周りに雲のように広がり,フェルミ面近傍のひとつの量子物体を形成する.このことから,近藤状態は「近藤雲」ともよばれる.この近藤雲による電子散乱によって電気抵抗が増大する.では,近藤雲は,空間的にどのように広がっているのだろうか?

    近藤雲の広がりは,有限サイズの電子系や複数の磁性不純物が存在する物質の状態を決定する重要なパラメータである.理論的には,近藤温度(結合エネルギー)に対応する時間スケールにフェルミ速度をかけた単純な値が,近藤雲の典型的な大きさとして知られている.近藤淳によるブレークスルー以降,多くの物理学者が,近藤雲の大きさを実験的に検出して制御することを目標とした研究に取り組んできた.しかし,近藤雲の広がりが正確に検出されたことはなかった.

    我々は,人工原子中の局在スピンを遮蔽する近藤雲を大きさ可変の電子波干渉計に埋め込んだ独自の実験系を用いて,近藤雲の広がりを初めて検証した.近藤雲が干渉計全体を覆う程度まで広がっている場合,電子干渉によって近藤温度が変調される.一方,近藤雲が小さく,干渉計の内部にほぼ局在している場合,近藤温度は電子干渉による変調を受けにくい.電子干渉による近藤温度の変調を定量的に評価することにより,近藤雲の大きさξKと局在スピンから干渉計の端までの距離Lの相対的な関係を得ることができる.実験では,半導体の人工原子を用いて形成される近藤雲の広がりが数マイクロメートルに及ぶことが明らかになった.この値は,典型的な半導体量子デバイスのサイズを大きく上回る.

    近藤効果の著しい性質のひとつは,物理系の詳細に依らず,物理量が近藤温度という単一のエネルギーにスケールされることである.例えば,人工原子に局在スピンを閉じ込めて行う電気伝導実験では,温度Tにおける電気伝導度がT/TKだけで決定される.同様に我々の実験では,近藤温度の変調強度が,物理系の詳細に依らず,L Kで決定される.この長さに関するスケーリングの存在は,近藤雲が普遍的な形状を有することを意味している.L Kの関数として実験的に測定された近藤温度の変調強度は,実空間での近藤雲の普遍的な形状そのものを表している.

  • 高江 恭平, 田中 肇
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 3 号 p. 156-161
    発行日: 2021/03/05
    公開日: 2021/03/05
    ジャーナル 認証あり

    物質の電気的な性質,とくに誘電体の物性を制御する可能性について考えよう.強誘電秩序および反強誘電秩序を示す材料は広く知られており,電場による分極反転,さらには変形や熱と結びついた交差応答を示すために,実用的な観点からも大きな注目を集めている.これまで,材料における強誘電・反強誘電秩序の制御は,無機材料に関しては,原子置換,あるいは,エピタキシャル応力の印加により,また,有機材料に関しては,分子の一部を異なる基で置換することで実現されてきた.しかしながら,これらの操作によりどのような原理で相転移が制御されているのかは未解明であり,材料設計は経験則に基づきなされているのが現状である.

    このような状況を打破するには,複雑な現象をうまく捨象した,強誘電–反強誘電相転移を制御可能な物理モデルの構築が不可欠である.このような相転移の制御可能性を考える上で,右図に示した棒磁石の安定配置構造が示唆的である.棒磁石により平面を埋め尽くす時,安定な基本配置は図のように2通りある.左は,三角格子上ですべての磁石の向きがそろった強磁性状態,右は,四角格子上で磁石の向きが互い違いになった反強磁性状態である.双極子相互作用の異方性に起因して,これらの配置はともに安定な磁気秩序を示しており,磁石の空間的な配置を変えることで磁気秩序を制御可能であることを示唆している.

    この重心配置と方位秩序の関係はスケールに依存せず,コロイド系でも分子系でも,双極子相互作用が支配的な系では成立するはずである.そこで,分子間の立体斥力と電気的相互作用との競合により重心配置と方位秩序に結合が生まれるという着想のもとに,我々は分子形状を制御可能な,電気双極子をもつ楕円体分子モデルを提案した.電気双極子が電気的相互作用により形成する秩序は,電気双極子の空間的な配置,つまり,結晶構造の影響を強く受ける.また,分子形状を変えていき,分子間の立体的な相互作用を調節することで,結晶構造の安定性を制御することが可能である.このように,この新たなモデルにより,強誘電秩序相と反強誘電秩序相との間の相転移を,結晶構造の変化を伴いつつ引き起こすことに成功した.

    さらに,この相転移における結晶構造の変化に伴い電気的秩序が変化する際,大きな変形や熱の発生/吸収が起こるという現象,すなわち,交差応答を見出した.実際に,電場印加による大きな変形や温度変化の誘起,またその逆に,応力や温度の変化による分極秩序相転移の誘起にも成功した.

    我々の研究は,双極子–双極子相互作用がもつ異方性と,分子の形状に起因した立体斥力の異方性の競合により,構造相転移と分極相転移を結合させる新たな原理を示したもので,電気双極子に限らず,磁気双極子をもつ分子系にも適用可能なきわめて普遍的な物理メカニズムを提供したといえる.このメカニズムの実験的な検証は,磁気・電気双極子をもつ分子系からなる結晶,コロイド粒子系,さらには図のようなマクロな棒磁石などを用いることで可能であると考えられる.

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