日本物理学会誌
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74 巻, 2 号
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巻頭言
目次
シリーズ「人工知能と物理学」
  • 野村 悠祐, 山地 洋平, 今田 正俊
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 2 号 p. 72-81
    発行日: 2019/02/05
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

    量子多体系とは多数の自由度がお互いに相互作用しあう系を指し,そこにおける各自由度の運動は多体の波動関数によって支配される.多体波動関数さえわかってしまえば問題解決であるが,多体系のハミルトニアンの次元は自由度の数に対して指数関数的に増大するため,自由度の数が増えると多体波動関数を厳密に求めることは不可能になる.そのため,多体波動関数をいかに精度よく表現できるか?という問題は,非常に重要な課題になる.

    この問題に対して新しい風が吹いている.これまで物理的洞察に基づいて波動関数を近似する試みは多くなされているが,それとは逆に対称性などの明らかな拘束条件以外には直観に頼らず,機械学習の力を借りて波動関数を構築しようという動きである.機械学習は膨大なデータセットからその本質的なパターンを抽出する.すなわち,本来の波動関数は指数関数的に大きな次元を持つベクトルとみなせるが,その本質的なパターンを機械学習によって見つけ出し,波動関数の次元よりもはるかに少ない数のパラメータを用いて波動関数を精度よく近似しようという試みである.

    機械学習の手法の中でも,本稿では,人工ニューラル・ネットワークの一種であるボルツマンマシンを用いた変分波動関数について議論する.ボルツマンマシンは可視(入力)層の自由度である可視ユニットに加え,仮想的自由度である隠れ層の不可視ユニットで構成され,ユニット間が結合(相互作用)を持つ構造をしている.ボルツマンマシンは可視ユニットの状態配置を入力とし,その生成確率分布を学習する機械である.それに対し,多体波動関数は物理的なハミルトニアンの自由度の状態配置それぞれに対して値を与える.波動関数の値が,それらの状態配置に対する(複素数に一般化された)確率であると考えると,物理的ハミルトニアンの自由度と可視ユニット自由度を同一視することで,多体波動関数をボルツマンマシンによって書き下すことができる.すなわちボルツマンマシンをユニット間結合定数などを変分パラメータとする変分波動関数とみなし,物理的ハミルトニアンのエネルギー期待値を最小化するように波動関数を最適化し(機械学習の言語ではこれが学習に対応),未知の基底状態を探索する.

    最初に量子多体系に適用されたのは,最も単純な構造をしている制限ボルツマンマシン(Restricted Boltzmann machine,略してRBM)である.RBMを用いた変分波動関数は量子スピン系に適用され,その精度の良さが実証された.

    この研究を皮切りにRBM波動関数の特性が以下のようにわかってきた.i)不可視ユニットの数を指数関数的に増やすとどんな波動関数も表現可能.ii)相互作用が短(長)距離だと,エンタングルメント・エントロピーが表面(体積)則を満たすこと.iii)従来の波動関数法を組み合わせるとフェルミオン系などにも適応可能となりより良い精度が達成できること.iv)隠れ層を一層増やした深層ボルツマンマシン(DBM)にすると関数表現能力が格段に向上する.その性質を用いると,DBMを用いて基底状態の波動関数を厳密に構築できること.

    ボルツマンマシン波動関数の研究は始まったばかりである.その有用性,より深い学理が近い将来明らかになるだろう.

解説
  • 森 初果
    原稿種別: 解説
    2019 年 74 巻 2 号 p. 82-92
    発行日: 2019/02/05
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

    電子の波動性と粒子性が拮抗することで多彩な電子物性を与える強相関電子系は,d電子系の遷移金属酸化物,f電子系の金属間化合物とともに,π電子系有機伝導体でも物性研究が盛んに行われている.強相関電子系では,強い「電子–電子」のクーロン斥力エネルギーにより一電子近似が破たんする.そして,このクーロン斥力エネルギーが,電子の運動エネルギーと拮抗し,大変興味深い物性現象が観測されている.例えば,電子間のクーロン斥力(電子相関)が,電子の運動エネルギーよりも上回るために出現する絶縁相(モット絶縁相あるいは電荷秩序絶縁相)の系に圧力を印加すると,分子間の相互作用が増加し,電子の運動エネルギーが電子間斥力に勝って,劇的に金属相へ転移したり,絶縁相から金属相へ変化する途上で,型破りな超伝導相が出現する.このように,有機伝導体についての物性研究は,無機伝導体とも共通の基盤を持ちながら,π電子固体を舞台として,電子の電荷,格子,スピン,軌道の自由度で表される伝導性および磁性を中心として発展してきた.

    一方,電子の次に軽く,量子性を有するプロトンを用いた「プロトン固体物性」も独立に研究されてきた.例えば,水素結合中のプロトンの位置に依存した分極を用いる水素結合型誘電体がある.低温でプロトントンネリングによる量子揺らぎが効くと,量子常誘電性を示す.また,重水素同位体効果により,水素結合中の重水素が熱的な無秩序状態から,低温で秩序状態へ転移すると,常誘電相から,反強誘電/強誘電相への転移が起こることが観測されている.

    近年,独立に研究されていた「π電子固体物性」と「プロトン固体物性」が,有機結晶を舞台としてカップルし,各々単独では見られない,新たな固体物性である「π電子–プロトンカップリング固体物性」を創出している.この舞台となる有機結晶の最大の特徴は,分子が構成単位であるので,分子内および分子間に多様な「分子自由度」があること,また,構成分子から分子集積体まで,設計・制御できる点にある.

    π電子–プロトンカップリング系のモデル物質として,キンヒドロンが知られている.この結晶は,プロトン受容性および電子受容性を持つパラベンゾキノンとプロトン供与性および電子供与性を持つジヒロドキシベンゼンの2種分子の共結晶である.4 GPaの高圧下でプロトンと電荷双方の分子間移動があり,興味深いことに,π電子–プロトンがカップルして,2種の分子から単成分分子となり,エネルギー共鳴状態となっていることが赤外分光から確認されている.

    また,近年開発された水素結合型室温有機強誘電体では,水素結合中のプロトンの移動ばかりでなく,それに伴う電子分極が大きく寄与し,π電子–プロトンカップリング系強誘電状態になっていることが明らかにされている.

    さらに,π電子とプロトンがカップルした強相関電子系有機伝導体が近年合成されている.ここでは,水素結合プロトンの量子常誘電性とカップルしたπ電子系の量子スピン液体状態や,水素結合中の重水素の熱的な無秩序–秩序転移を起因とした電気伝導性や磁性のスイッチング現象など,特異なカップリング物性が見出されている.

    有機結晶は,構成分子が柔らかく,かつ弱い分子間相互作用で集積しているため,小さな外場(電場,磁場,光,圧力)で大きな応答を示す.ゆえに,外場応答からπ電子とプロトンのカップリング現象が制御できるのである.

最近の研究から
  • 多田 靖啓
    原稿種別: 最近の研究から
    2019 年 74 巻 2 号 p. 93-97
    発行日: 2019/02/05
    公開日: 2019/08/01
    ジャーナル フリー

    反磁性や軌道磁性は歴史ある研究テーマであり,その値がどのようにして決まっているかという問題は,磁性物理学の基本的問題である.例えばランダウ反磁性や軌道強磁性は,基本的には状態密度などの電子構造が与えられれば一意的に定まるバルク物性である.一方で,現実の試料では試料表面に沿ってぐるぐると流れる電流,つまりエッジカレントが流れており,それが磁化を発生させている.したがって,試料表面を流れているにもかかわらず,エッジカレントもバルク物性であるということになる.これに対応して実験的には,試料の表面条件を完全にそろえなくても,物質固有の性質としてエッジカレントや軌道磁化が測定される.

    実は,エッジカレントや軌道磁化は磁性体だけの専売特許ではなく,ある種のフェルミ粒子系超流動体・超伝導体においても重要な物理量となっている.そこではフェルミ粒子は対束縛状態をつくり,粒子対の波動関数は水素原子とのアナロジーで表すとs軌道的ではなく,( px+ipy),(dx2y2+idxy)などの軌道角運動量をもつものとなっている.軌道角運動量の正負に対応して( px-ipy)などの逆向き状態もあるため,このような系はカイラル超流動体・超伝導体と呼ばれている.電荷中性系の3HeのA相はカイラル超流動体であることが確立しており,電子系超伝導体ではSr2RuO4やいくつかのウラン系超伝導体などがその候補物質として知られている.これらの系はトポロジカル超流動体・超伝導体の典型例であり,試料表面にはエッジモードと呼ばれる特別な1粒子状態があり,それがエッジカレントや軌道角運動量に寄与すると考えられている.軌道角運動量は磁化に対応する基本物性であり,カイラル超流動体は磁場中金属や軌道強磁性体の類似物とみなすこともできる.素朴に考えれば,カイラル超流動体におけるエッジカレントやそれによる軌道角運動量は,金属や絶縁体の軌道磁化のときと同じようにバルク物性であり,さらにはトポロジーと関係していると期待される.ただし,その具体的大きさについては,「固有角運動量パラドックス」として1970年代の3He-A相の発見以来,40年以上議論されてきた歴史がある.

    しかし,最近の研究によって,カイラル超流動体におけるエッジカレントや軌道角運動量は,トポロジカルでもなければバルク物性でもないことが明らかになってきた.様々な理論解析によれば,これらの量は試料表面や試料形状に強く依存し,条件によっては絶対値が何桁も変化したりベクトルとしての向きが反転したりする.これらの計算結果は,軌道角運動量は系に固有のバルク物性であるという素朴な期待からすると一見奇妙に思える.しかし,基本に立ち返って考察すると,それらに通底する非常に単純な物理的理由を見つけ出すことができる.つまり,カイラル超流動体の軌道角運動量は熱力学的に特徴づけられる量ではない,ということを一般的に示すことができる.このことは前述の軌道磁性とは本質的に異なる性質であり,実験的にもきわめて重要である.これまで3He-A相における軌道角運動量やSr2RuO4におけるエッジ電流の観測などを目指した実験が行われてきたが,その直接的測定は未だに未解決の難問である.その1つの理由として,エッジカレントや軌道角運動量の表面・形状依存性が影響していると思われる.今後,これらの量を実験的に測定し評価するためにも,試料表面・形状依存性などの基本的性質について改めて議論していくことが重要となってくるだろう.

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