日本物理学会誌
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76 巻, 2 号
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巻頭言
目次
解説
  • 大戸 達彦, 山田 亮, 夛田 博一
    原稿種別: 解説
    2021 年 76 巻 2 号 p. 68-74
    発行日: 2021/02/05
    公開日: 2021/02/05
    ジャーナル フリー

    分子は,人工的に構造を設計し,量産することのできる最小の単位といえる.単一分子の電気伝導についての理解は,密度汎関数法と非平衡グリーン関数法を組み合わせた第一原理計算と,金属細線を引っ張ることで分子を架橋させるブレークジャンクション法を用いた単一分子の電流–電圧曲線の測定によって進展してきた.一つ一つの分子に電子回路としての機能をもたせようとする試みの中で,単一分子ダイオードの創製は,単一分子の電気伝導について理解を深めるための最適の例である.

    1974年にAviramとRatnerによって初めて提唱された単一分子ダイオードは,ホールを流しやすいドナー部位と電子を流しやすいアクセプター部位を連結させた構造であり,一見すると半導体のp–n接合と似た設計指針となっている.その後の単一分子ダイオードも,この指針に沿って分子設計されることが多かった.

    しかし近年,分子軌道準位を介したトンネル伝導モデルに立脚すれば,ドナー・アクセプターを連結される分子設計によって必ずしも高い整流比が低い電圧で得られるわけではないことが明らかになってきた.

    孤立系では離散的なエネルギー準位をもつ分子軌道は,電極の電子状態とのカップリング(電子状態の混成の強さ)によって,広がりをもった混成準位を形成する.トンネル伝導においては,対向する二つの電極のフェルミ準位に挟まれたバイアス窓に存在する混成準位の状態密度の大きさに電流が比例する.このようなモデルに立脚すると,分子軌道のエネルギー準位と電極とのカップリングのうちいずれかが電圧によって変化し,電圧の方向によってその変化が異なれば整流が起こることになる.このことから,単一分子において整流特性が発現する原因は,次のように分類できる.

    (i)分子軌道準位のエネルギーシフト

    分子構造が非対称で分子軌道が偏っていると,そうした分子軌道は左右いずれかの電極の電子状態と強く結合する.電圧が印加された場合,強く結合した電極の電位に引きずられるように分子軌道準位が移動する.左右の電極のフェルミ準位に挟まれるバイアス窓に分子軌道が取り込まれるかどうかが電圧の方向によって逆になるため,整流特性が現れる.

    (ii)電圧によるカップリング比の変化

    分子軌道と左右の電極へのカップリングの比が小さいと,トンネル伝導が起こる確率が低下する.このことを利用し,電圧によって分子軌道の偏りを制御することで整流を起こすことができる.

    (iii)複数の局在分子軌道準位の共鳴

    上記二つの場合と異なり,分子内で分子軌道が分断されている場合,分子軌道は左右いずれか,強く結合している方のフェルミ準位に追随してエネルギーシフトを起こす.ある電圧で分子軌道準位が揃う(共鳴する)と,分子全体に非局在化した軌道が形成され,大きな電流を流すことができる.

    上記のような考察に基づき,最近では整流比の高い単一分子ダイオードが次々と提案または実際に合成されている.架橋中の分子構造を原子レベルで直接観測することは難しく,また高い電圧が印加された状況の第一原理計算には未だ困難があるため,解決すべき問題は多々あるものの,今後も実験と理論の協奏による単一分子ダイオードの開発は加速していくであろう.

最近の研究から
  • 森下 亨
    原稿種別: Researches
    2021 年 76 巻 2 号 p. 75-80
    発行日: 2021/02/05
    公開日: 2021/02/05
    ジャーナル フリー

    原子や分子に一様静電場を印加すると,原子・分子ポテンシャルと電場によって形成される障壁を電子が貫いて外部に飛び出すトンネルイオン化が起こる.トンネルイオン化は,原子・分子・光物理学における基礎的な研究課題の1つであり,量子力学の主要な枠組みが完成された直後より現在に至るまで精力的に研究されている.

    基底状態にある原子・分子に対してトンネルイオン化が実験で観測可能となるのに必要な強静電場(0.1原子単位,5×108 V/cm程度)を作ることは非常に難しく,長い間理論研究が先行していた.しかし,ムルとストリックランドのチャープパルス増幅法[2018年ノーベル物理学賞,加藤義章,森芳孝,日本物理学会誌75, 139(2020)]の発明により状況が変わった.実験室レベルでトンネルイオン化を起こすほどの強電場が極短時間ではあるが(といっても原子・分子内電子にとっては十分長い時間)容易に得られるようになり,トンネルイオン化が電場強度や原子・分子の構造にどのように依存するか実験的に調べられるようになった.最近では,トンネルイオン化は分子内電子の電荷分布を調べるツールとしても利用されている.

    一様静電場中のイオン化の場合,電子は電場と逆向きに加速され続ける.これに対して実験で扱われているレーザー電場中のイオン化では,飛び出した電子が振動するレーザー電場にゆすぶられて親イオンと衝突する場合がある.これは再衝突過程とよばれ様々な興味深い現象を引き起こす.再衝突過程のうち,電子と親イオンの再結合によって生じる高次高調波発生過程は,水の窓領域のX線や数十アト秒の極短パルスといった新しい光源として有用であり,高強度化などの研究が進められている.また,トンネルイオン化をポンプ過程,弾性および種々の非弾性の再衝突をプローブ過程とする,レーザーの1周期以内で起こる1フェムト秒程度の超高速実時間分析といった研究も行われている.こうした再衝突過程を含む様々な高強度レーザー場中の原子・分子過程を理解し,また,新しい実験・計測手法を開発するために,トンネルイオン化についての精確な理論が必要とされている.

    一様静電場中の原子・分子のトンネルイオン化は,単位時間当たりのイオン化確率であるイオン化レートで特徴づけられる.これは,対応するシュレーディンガー方程式を適切な境界条件のもとで解くことにより得られる.しかし,最も基礎的な水素原子についてすら,放物座標で変数分離が可能であるにも関わらず,解析解は存在しない.そのため,できるだけ高精度の近似理論および数値計算が要求される.代表的な手法の1つであるシュレーディンガー方程式の直接数値解法は,少数電子系に対して有効である.H,He,Liの1–3電子原子,そして原子核の位置を凍結した近似のもとでH2,H2の1–2電子分子について精密計算が実行された.これらの計算結果のいくつかは,対応する実験と比較され有用な知見をもたらした.もう1つの理論手法は,電場強度F→0の弱電場極限(といってもトンネルイオン化が観測される程度の強電場)での漸近展開によってトンネルイオン化を記述する手法である.イオン化レートの漸近展開に現れる展開係数は,エネルギーの摂動展開の係数である双極子モーメントや分極率と同様に物質固有の量であり,強電場と物質との相互作用に有益な知見を与える.そして,高強度レーザーに関連する物理過程の深い理解や予測に対して有効に活用される.

    我々は,最近,漸近展開の係数を決定する弱電場漸近理論を構築し,様々な系に適用して調べている.この理論が高強度レーザー場中の原子・分子過程の理解に役立つことを期待する.

  • 渡邉 宙志
    原稿種別: Researches
    2021 年 76 巻 2 号 p. 81-86
    発行日: 2021/02/05
    公開日: 2021/02/05
    ジャーナル フリー

    水分子は我々にとって最も馴染み深い分子である.生命・化学・工学系などの幅広い分野において重要な役割を占めており,その詳細な解析に対する需要は大きい.しかし水分子は分子シミュレーションにおいてその取り扱いが最も難しい対象の一つである.その原因は水分子の拡散にある.拡散現象は分子シミュレーションにおいて真空中や固体系とは違う難しさを生み出している.

    水溶液系では溶媒との相互作用により,溶質が真空中とは異なる構造や性質を示すことが多い.よって水溶液系の解析においては,溶質–溶媒,溶媒–溶媒の相互作用を考慮することが非常に重要である.そこで水分子を古典的にみなすか,量子力学的に電子状態まで記述するかという選択は,得られる分子シミュレーションの結果に大きく影響する.分子シミュレーションには大きく2つの分子モデルがある.一つは電子構造まで考慮した量子力学モデルであり,もう一つは古典的な分子力学モデルである.例えばプロトン移動・化学反応など溶液系の多くの現象には,水分子の電子構造が重要な寄与をする.したがって水溶液系の振る舞いを正確に捉えるには,水分子の電子状態まで考慮した量子力学モデルが必要である.ところが量子力学モデルは計算コストが大きく,1~100原子程度の大きさの系しか取り扱うことができない.そのため従来の水溶液系のシミュレーションの多くは分子力学モデルに立脚していた.しかし電子由来の性質を再現できないことは,シミュレーションの有用性を大きく制限する.

    この問題に対処すべく量子力学モデルと分子力学モデルのハイブリッドであるQuantum Mechanical/Molecular Mechanical(QM/MM)モデルが有力な代替候補として注目を集めてきた.QM/MMモデルにおいては,系の一部に量子力学モデルを適用し部分的に電子状態を求めるので,通常の量子力学法に比べて計算コストを大幅に削減できる.しかし一般的なQM/MM法では,どの分子を量子力学的,あるいは古典的モデルで扱うかをシミュレーションのはじめに決めると,そのモデルは計算の最中に替わることがない.結果,溶媒の拡散が起こると,溶質周りに配置された量子力学モデルの水分子が拡散してしまい,代わりに古典的な水分子が溶質を取り囲む.その結果,溶質近傍の溶媒に関して量子化学的効果を計算に取り込むことができなかった.そこでこの問題に対処すべくadaptive QM/MM法とよばれるコンセプトが提唱され注目を集めてきた.これはシミュレーションの最中に,溶質との距離に応じて分子定義をon-the-flyで切り替えるというコンセプトに基づいている.しかしこれまでにも幾つかのadaptive QM/MM法が提唱されてきたが,adaptive法の実用化には時間と空間の二つの不連続性が問題となってきた.大雑把に言えば時間的不連続性は計算を不安定にし,空間的不連続性は溶媒和構造を歪めるアーティファクトである.そこで我々は2014年にadaptive QM/MM法の一つとしてSize-Consistent Multi-Partitioning(SCMP)法を提唱した.この方法は,時間的不連続性を完全に取り除くと同時に空間連続性も従来法に比べ大幅に改善する.実際にSCMP法は水溶液系における様々な物性の計算精度を改善することが実証されている.同手法は,従来の溶液系の分子シミュレーションの適用範囲を大きく押し広げ,今まで解析することができなかったミクロな現象に光を当てようとしている.

  • 佐藤 雄貴, 笠原 裕一, 伊賀 文俊, 松田 祐司
    原稿種別: 最近の研究から
    2021 年 76 巻 2 号 p. 87-92
    発行日: 2021/02/05
    公開日: 2021/02/05
    ジャーナル フリー

    「金属とはフェルミ面をもつ物質である.」これが金属の最も単純かつ正確な記述であろう.フェルミ面とは,エネルギーの低い状態から全部の電子を詰めたときに波数空間で電子で占められた状態と占められない状態の境をなす曲面のことである.フェルミ面とは「金属の顔」であり,金属で観測される様々な現象の多くはフェルミ面によって決定される.一方,絶縁体では電子のいない禁制帯にフェルミ準位があるためフェルミ面は存在しない.

    フェルミ面の示す最も顕著な現象の1つが量子振動である.これはゼロ磁場で連続的であった電子の運動エネルギー分布が,磁場中でランダウ準位とよばれる離散的なものに量子化されることに起因する.このランダウ量子化により,電気抵抗や磁化などが磁場の逆数に対して周期的に振動し,その周期はフェルミ面の極値断面積に比例する.逆に言うと量子振動は,フェルミ面の存在を最も直接的に示す現象である.

    絶縁体の中で,電子間の多体効果に起因して絶縁化した近藤絶縁体とよばれる化合物が古くから知られている.近藤絶縁体では,希土類原子のもつf電子の局在した磁気モーメントを伝導電子が遮蔽する近藤効果により,低温でエネルギー・ギャップが生じてフェルミ面が消失し絶縁体となる.

    最近,近藤絶縁体の1つであるSmB6において,低温の絶縁体状態で磁化に量子振動が観測された.さらに別の近藤絶縁体YbB12の絶縁体状態において,量子振動が磁化だけでなく電気抵抗にも観測された.特にYbB12では,量子振動は試料の表面からではなくバルク状態に由来することがわかっており,量子振動の振幅の温度変化は,通常の金属で期待されるフェルミ液体的な振る舞いを示す.つまり,YbB12は絶縁体であるにもかかわらず,磁場中でフェルミ面をもつ金属のように振る舞うのである.さらにYbB12では,本来絶縁体ではゼロであるはずの電子比熱係数C /TT→0)と残留熱伝導度κ /TT→0)が,どちらも有限となる.これらの結果は,熱を運ぶギャップレスでフェルミ統計に従う電荷中性の準粒子(物質中で粒子のように振る舞う素励起,以下中性フェルミ粒子と略す)が存在することを示唆している.つまり,YbB12は電気的には絶縁体であるが熱的には金属のように振る舞うのである.

    これらの近藤絶縁体の示す絶縁体とも金属とも区別することができない奇妙な電子状態に関してこれまで,エキシトン機構,複合エキシトン機構,マヨラナ機構,非エルミート型ランダウレベル形成機構,等の様々な理論的提案がなされているが,未だに理解されていない.またこれらの物質は,バルク部分は絶縁体であるが,表面においてはトポロジーにより保護された金属的な表面状態が存在することも明らかになり,トポロジカル絶縁体の一種であることも明らかになってきている.

    これらのSmB6とYbB12で観測された一連の現象,すなわち「強相関電子系のトポロジカル相」,そして「絶縁体の量子振動」と「中性フェルミ粒子」の示す「絶縁体のフェルミ面」は,近藤絶縁体がこれまで考えられてきたものよりも,遙かにエキゾチックな性質をもつ新しい量子多体系である可能性を示している.

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