日本物理学会誌
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72 巻, 6 号
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巻頭言
目次
現代物理のキーワード
解説
  • 金 信弘, 受川 史彦
    原稿種別: 解説
    2017 年 72 巻 6 号 p. 388-397
    発行日: 2017/06/05
    公開日: 2018/06/05
    ジャーナル フリー

    現在,素粒子とその相互作用を実験結果と矛盾なく説明する素粒子標準模型によると,物質の構成粒子であるクォークとレプトンはそれぞれ弱アイソスピン対をなして3世代6種類存在すると考えられている.また,この標準模型では,ゲージ原理により生じるゲージボソンとして,強い力を伝えるグルオン,電磁力を伝える光子,弱い力を伝えるWZボソンが存在し,さらに標準模型の基本仮説として真空中に凝縮して素粒子に質量を与えるヒッグス粒子が存在する.また,我々の物質宇宙が存在するために不可欠な粒子・反粒子対称性の破れを説明するために,1973年にクォークが3世代以上ある小林・益川理論が提唱された.その後1977年に第3世代のボトムクォークが発見されて以来,その弱アイソスピンのパートナーであるトップクォークは長い間,多くの衝突型加速器実験で探されてきた.1983年のWボソンとZボソンの発見により,素粒子標準模型で予言されていて未確認な素粒子はトップクォークとヒッグス粒子のみとなった.

    米国フェルミ国立加速器研究所のテバトロン衝突型加速器を用いた陽子・反陽子衝突実験CDF(Collider Detector at Fermilab)は1985年の初衝突以来,1987年に重心系エネルギー1.8 TeVの衝突データ収集を開始し,その後の改良により2001年から重心系エネルギーを1.96 TeVにあげて,2011年9月のテバトロン運転終了まで,世界最高エネルギーの陽子・反陽子衝突データを収集した.CDF実験では,世界最高エネルギーの加速器を用いて,新しい素粒子・新しい物理の探索を30年の長きにわたって遂行し,多くの重要な物理の成果をあげて,素粒子物理学の発展に寄与してきた.特に1995年にはトップクォークの発見という輝かしい業績をあげた.6番目のクォークであるトップクォークは多くの衝突型加速器実験で探索されてきたが,発見されず,20年来の素粒子物理の宿題となっていたが,CDF実験によって,ついに解決した.

    CDF実験ではヒッグス粒子の探索も強力に推進してきた.ヒッグス粒子の質量は輻射補正を通してトップクォークとWボソンの質量と関係づけられるので,トップクォークとWボソンの質量を精密に測定することによって,ヒッグス粒子の質量の上限を決定した.またヒッグス粒子を直接に探索した結果とあわせて,ヒッグス粒子の質量範囲を147 GeV/c2以下と特定した.そのヒッグス粒子は2012年にスイス・ジュネーブにあるCERN研究所のLHC陽子・陽子衝突型加速器を用いたATLAS,CMS実験によって発見され,現在では素粒子標準模型で予言されていて未発見な粒子はなくなった.

    CDF実験では,上記のトップクォークの発見以外にも,2006年にB0s中間子の粒子・反粒子振動を観測して,小林・益川理論が正しいことを精密に検証し,1998年には15種類ある基本中間子のうちの最後の中間子であるBc中間子を発見するなど,多くの重要な物理成果をあげた.現在も物理解析を続けていて,結果を論文で報告している.ここに,その30年の軌跡を振り返る.

最近の研究から
  • 西澤 篤志
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 6 号 p. 398-401
    発行日: 2017/06/05
    公開日: 2018/06/05
    ジャーナル フリー

    2015年9月14日,アメリカの重力波検出器LIGOがブラックホール連星からの重力波(GW150914)の初検出に成功した.そして,同年12月には,LIGO検出器は再び,別のブラックホール連星からの重力波(GW151226)を検出した.これらの観測から分かったことは,(1)重力波は確かに存在し,その性質に関しては一般相対性理論の予言と矛盾しない,(2)宇宙にはブラックホールが本当に存在し,連星を形成しているものもある,(3)2つのブラックホールが合体し,新しく1つの大きなブラックホールが形成された.以上のことは,研究者が想定していた事実であったが,ブラックホールの質量に関しては驚きの発見があった.これまでX線望遠鏡による観測で間接的に見積もられていたブラックホール候補天体の質量は10太陽質量前後であったが,今回のイベントGW150914では30太陽質量程度の2つのブラックホールが合体し,60太陽質量程度のブラックホールが形成されたのである.つまり,今回見つかったブラックホールは多くの理論予想よりずっと重かったのである.

    2016年2月の重力波初検出の発表直後から,ブラックホール連星の形成シナリオについては活発に議論がなされているが,星進化の理論から,GW150914のブラックホール連星は金属元素の割と少ない場所で作られた可能性が高いと考えられている.金属元素が多い場合にはブラックホールの質量は10太陽質量程度になってしまい,30太陽質量程度のブラックホールを形成するのが難しいからである.重力波によるブラックホール連星の観測例はまだ2つしかなく,統計的に結論を導き出せる段階ではないが,現時点での観測事実から様々な形成シナリオが提案されている.ブラックホール連星の起源として標準的なものは大きく分けて2つある.1つは,孤立した連星系として,星進化の標準的な過程を経て形成されるものである.もう1つは,星が密集した星団の中での多体相互作用を通して形成され,星団の外に弾き出されたものである.その他にも,初期宇宙で形成された原始ブラックホールを起源とする説も提唱されており,現在の観測とは矛盾しない.

    重力波の将来観測によりこれらの諸説を区別するためには,連星軌道パラメータ(質量,自転,軌道離心率)の分布や連星の空間分布(距離依存性や非等方性)を統計的に調べ,理論と比較する必要がある.著者らはそのような方法の1つとして,連星軌道の離心率を用いる方法を提案した.いくつかある軌道パラメータの中でも,特に軌道離心率に着目したのは,各形成シナリオの違いが顕著に現れると予想されるためである.軌道離心率は,重力波放射により連星の角運動量が持ち去られることにより時間とともに徐々に小さくなっていく.したがって,軌道離心率を観測することにより,連星形成から合体までの経過時間と連星形成時の軌道に関する情報が得られるのである.また,著者らは,重力波イベントの天球上の角度分布(非等方性)を測ることにより,ブラックホール連星が付随する銀河の種類やその環境に関する情報を得ることができ,形成シナリオを区別する助けとなることを示した.今後,重力波観測イベントの統計が増えるにつれ,ブラックホール連星の様々な性質が明らかになり,その形成起源に迫ることができるであろう.

  • 横山 知大
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 6 号 p. 402-407
    発行日: 2017/06/05
    公開日: 2018/06/05
    ジャーナル フリー

    トポロジーはこの30年ほどの物理学におけるキーワードの1つである.元々は物体の形状を穴の数などで分類する数学の分野だが,D. J. Thoulessらによって整数量子ホール効果がトポロジーの表現で理解できることが指摘された.波動関数が非自明なトポロジーを持つ物質・状態はトポロジカル物質・トポロジカル相と呼ばれ,トポロジカル絶縁体やワイル半金属などが研究されている.トポロジカル物質の特徴は保護された表面状態の存在である.これは真空中と物質中のトポロジーが異なるために現れる性質で,量子ホール効果のエッジ状態もその1つとして理解できる.

    整数量子ホール効果の場合,固有状態から幾何学的なベクトル場であるベリー曲率場が定義される.2次元ブリュアンゾーンにおいてベリー曲率場(の法線成分)を面積分すると,整数に2πを掛けた値となる.この整数はTKNN数またはチャーン数と呼ばれ,量子ホール効果のトポロジーを特徴付ける.ワイル半金属は3次元トポロジカル物質の1つで,そのバンドは円錐状の分散関係をともなう縮退点,ワイル点を持つ.本稿ではこのワイル点に関するトポロジーに着目する.ワイル半金属において,チャーン数は3次元ブリュアンゾーン中の結晶運動量の1成分を固定した2次元平面で定義される.その際,ワイル点はベリー曲率場を作り出すモノポールとして振る舞う.ベリー曲率場はそのモノポールによる磁場,チャーン数はその磁束のような関係がある.このため,ワイル点は「トポロジカル電荷を持つ」と表現される.

    トポロジカル物性は物質科学分野だけではなく,半導体ナノ構造・メゾスコピック系でも着目されている.例えば,擬1次元の半導体ナノワイヤ中に近接効果によってs波超伝導相関が染み出した系において,その超伝導領域の端に形成されるマヨラナ準粒子はトポロジカル相のエッジ状態として理解されている.

    超伝導体接合系は強磁性やスピン軌道相互作用との協奏,またはナノ構造・多端子構造による新奇物性の舞台として魅力的である.筆者も含めた最近の研究では,常伝導体に4つ(以上の)超伝導体を接合した多端子ジョセフソン接合において,アンドレーエフ束縛状態のスペクトルにワイル点(ワイル特異点)が現れることを報告した.常伝導領域では電子とホールが伝導するが,超伝導 / 常伝導領域の境界におけるアンドレーエフ反射によって電子とホールが結合して,アンドレーエフ束縛状態が形成される.超伝導電流は束縛状態を介して流れるため,その位相差に対する振る舞いが接合の性質を決める.N個の超伝導体があると,N-1個の独立な超伝導位相差が定義される.その全ての位相差に対してアンドレーエフスペクトルは2πの周期性を持つ.これらの位相差を「結晶運動量」,スペクトルを「エネルギーバンド」と考えると,多端子ジョセフソン接合は「人工的な物質」とみなすことができる.本稿では,この人工物質に現れるワイル特異点を紹介する.超伝導相関はs波の対称性のみを想定し,磁場・スピン軌道相互作用などがなくスペクトルはスピン縮退している,にもかかわらず特異点は現れる.これは「ナノ構造によるトポロジカル物性」である.さらに,特異点の検出という観点から,チャーン数による量子化された横伝導度について議論する.

    多端子ジョセフソン接合はまだ新しい研究対象であり,トポロジカルな性質も含めた多様な進展が期待される.

  • 羽田野 直道
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 6 号 p. 408-414
    発行日: 2017/06/05
    公開日: 2018/06/05
    ジャーナル フリー

    我々は日々「時の流れ」の中で生きています.命あるものもいつかは死に,形あるものもいつかは壊れます.日々の生活の中でこれは当然のことですが,物理学にとっては古くからの大問題であり,「時間の矢」と呼ばれています.厳密に言うと時間の矢とは,時間が正の向きに進むに従って,ある特定の現象(例えば物が壊れること)の方が,その時間反転の現象(物が形作られること)よりも頻繁に起こることを指します.ビデオを見て,それが順回しか,それとも逆回しかがわかる場合,そのビデオに映っている状況には時間の矢が存在しています.

    なぜこれが物理学にとって大問題であるかというと,「弱い相互作用」を除く3つの相互作用が時間反転対称性を持っているからです.微視的なレベルで運動を記述する方程式のほとんどは,ニュートンの運動方程式,マクスウェル方程式,シュレーディンガー方程式を含めて時間反転対称な微分方程式です.したがって,それら微分方程式の解も時間反転対称であるのが当然のように思われます.実際に,理想的な調和振動子のビデオ映像は順回しか,それとも逆回しかを答えられないでしょう.しかし現実には時間反転対称性を破る現象があふれています.それを物理学はどのように説明すればよいのでしょうか.

    本稿では特に微視的な量子力学に話を絞って,時間の矢が現れる仕組みを明らかにします.例えば輻射場中の二準位原子を考えましょう.励起状態にある二準位原子は光子を放出して次第に基底状態へ崩壊すると考えるのが自然ですし,それが実験でも観測されるところです.理論的には通常は「アインシュタイン係数」を使って議論されますが,そこでも基底状態への崩壊が結論されます.しかし,この現象は明らかに時間の矢を持っています.もとの量子電磁力学(QED)は時間反転対称な学問体系なのに,なぜこういうことが起こるのでしょうか.

    我々はこの問題を2段階に分けて解き明かします.まず第1段階で,無限体積中のシュレーディンガー方程式には,時間反転対称性を破る解が存在することを示します.元の方程式の時間反転対称性を反映して,そのような解は必ず互いに時間反転対称な,「崩壊状態」と「成長状態」のペアで現れます.(歴史的には,これらは「共鳴状態」・「反共鳴状態」と呼ばれてきました.)

    実は,ここまではこれまでにも多くの議論があります.しかし時間の矢が現れることを説明するためには,なぜ崩壊状態が卓越して選ばれるのかまで示す必要があります.これが,これまでの議論で欠けていた点でした.それに対して我々は,数学的に厳密な議論を経て以下のことを示しました.初期条件問題,つまり「ある状態が初期条件として与えられたときに,その後,何が起こるかを問う問題」の場合には自動的に崩壊状態が選択され,逆に終末条件問題,つまり「ある状態が終末条件として与えられたときに,その前に,何が起こったかを問う問題」の場合には自動的に成長する解が選択されるのです.(これは,遅延グリーン関数と先進グリーン関数を定義するときに付与する微少量の符号を論理的に説明したことになっています.)輻射場中の二準位原子の問題は初期条件問題なので,崩壊状態が卓越して選択されます.

    ただし,通常の二準位原子の議論では全時刻で純粋な指数関数的減衰しか得られません.それに対して我々の議論では短時間領域で指数関数的減衰ではなく,徐々に成長状態から崩壊状態に切り替わる様子も確認できました.

  • 松田 真生, 花咲 徳亮
    原稿種別: 最近の研究から
    2017 年 72 巻 6 号 p. 415-421
    発行日: 2017/06/05
    公開日: 2018/06/05
    ジャーナル フリー

    磁場中で電気抵抗が大きく変化する現象は巨大磁気抵抗効果と呼ばれる.ハードディスクの磁気ヘッドにも応用されている身近な現象であり,スピンの自由度も活用したエレクトロニクス,いわゆる,スピントロニクスの研究における代表的な例でもある.一般的な金属において,電気抵抗率の磁場による変化は大きなものではない.そこで,局在スピンを利用することで,磁場効果を増幅させて伝導電子に伝えることが有効となる.伝導電子と局在スピン間の相互作用は,巨大磁気抵抗効果に限らず,これまで近藤効果や重い電子系などの豊かな物理を提供してきた.この相互作用が物性に及ぼす影響を理解することは,物理を深化させる上でも新材料開発においても重要である.

    従来の巨大磁気抵抗効果は,強磁性薄膜と非磁性薄膜の多層膜やマンガン酸化物など,主として無機化合物を舞台に研究されてきた.これを,強相関電子系の宝庫とも言える分子性伝導体で発現させることはできないか? そして,分子が有する自由度を活用することで,無機化合物系とは違う科学を展開できないか? 分子性化合物における研究展開には化学と物理の協力が必須となる.

    分子性化合物では,分子全体に広がった分子軌道上のπ電子が伝導電子になる.一方,分子の一部に偏在した軌道上の電子は局在したスピンとして振る舞うことが多く,分子に配位している遷移金属のd電子は局在スピンとなり得る.分子性伝導体において,巨大磁気抵抗効果を発現させる必要条件は,上記のπ伝導電子と局在dスピン間の磁気的相互作用(π–d相互作用)を確保する点にあろう.分子を思い通りに配置させる結晶工学は未だ発展途上であり,伝導を担う有機分子と磁性を担う無機イオンが結晶中でバラバラに位置すれば,その間の相互作用の確保は簡単ではない.そこで,筆者らは金属フタロシアニン (M (Pc)) を分子性伝導体の構成成分に選んだ.分子性伝導体の構成成分としてはBEDT-TTFなどがよく知られているが,M (Pc)分子の魅力は,伝導電子を供給するπ共役系環状分子を持つだけでなく,その中心に局在スピン源となる遷移金属を自由に導入できる点である.この2種類の電子の共存は,マンガン酸化物に近い状況であり,フント結合に類似した強いπ–d相互作用を確保できる.実際,すべての[ Fe (Pc)L2]系分子性伝導体( L は軸配位子)で結晶構造に依らず巨大な負の磁気抵抗効果が観測される.この磁気抵抗効果の発現においては,強相関電子系の特徴であるπ伝導電子の電荷秩序と局在dスピンの磁気秩序の相関が重要な役を担う.外部磁場によってdスピンの反強磁性秩序(揺らぎ)が抑制されることでπ伝導電子の電荷秩序が軽減され,巨大な負の磁気抵抗が観測されるのである.

    最近筆者らは,金属フタロシアニン系伝導体について,分子設計に基づいた磁気抵抗効果の変調に成功した.分子中心の遷移金属置換によって伝導電子の数を変えることなく局在スピンの数のみを制御できるので,無機化合物では困難であった局在スピンの影響を検証したところ,局在スピンを持たない分子との混晶において,局在スピン濃度が稀薄な領域まで大きな負の磁気抵抗効果が観測された.隣接局在スピン間の相互作用を仮定した従来のモデルで解釈できない現象であり新しい物理を期待させる.また,π共役系環状分子を改変することで,π伝導電子の存在する分子軌道準位を制御することができる.これは無機化合物における原子軌道準位の制御に相当する.π軌道準位を上昇させる分子修飾からは,π–d相互作用の弱化による磁気抵抗効果の減少が達成された.これらの結果は,分子設計による磁気抵抗効果の制御や新しい物理の展開が可能であることを示している.

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