日本物理学会誌
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巻頭言
目次
交流
  • 梅原 さおり, 吉田 斉
    原稿種別: 交流
    2022 年 77 巻 8 号 p. 514-522
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
    ジャーナル 認証あり

    我々の宇宙はなぜ反物質がなく物質でできているのか? 物質はどこからきたのか? これは,「物質優勢宇宙の謎」と言われる我々がまだ解明できていない大きな謎である.この謎を解明するかもしれない鍵が,「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」という原子核の崩壊事象にある.

    この「反物質」とはなにか? 我々の身の回りの物質は,粒子で構成されている.陽子,中性子,電子はいずれも粒子である.一方,我々の宇宙に存在する粒子には,同じ質量,電気的に反対の性質を持つ反粒子もある.反物質は,この反粒子から構成されるものをいう.

    さて,宇宙初期には,粒子と反粒子が同量存在していたはずである.ビッグバン直後の高温高密度状態で,莫大なエネルギーは粒子反粒子ペアを生成し,またそのペアは対消滅してエネルギーとなるからである.しかし,その後,何らかの物理法則により,粒子と反粒子の量のバランスが崩れた.そして粒子反粒子ペアは対消滅し,エネルギーになる.結果,現在の宇宙は物質から成り立つ世界となっている.この「何らかの物理法則」が何か,はまだ解明されていない.

    多くの理論研究者が,この謎を説明できるシナリオを研究している.その中でも有力なシナリオの一つが,レプトン数生成(レプトジェネシス)というシナリオである.ここでは,物質と反物質の量が同量でなく非対称であることを,素粒子の一種レプトンを用いて説明している.このレプトンと反レプトンが同量でなく非対称になったから,現在の物質と反物質が非対称になった,とするものである.「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」は,レプトンと反レプトンが非対称になる条件(レプトン数保存則の破れ)を満たすときに起こりえて,かつ,現在の世界で観測できる事象である.

    さて,この「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」は1939年に提案された.当時は「物質優勢宇宙の謎」と関わりがあるとは考えられておらず,一つの非常に稀な原子核崩壊事象として研究された.この事象を観測するべく,鉱物中の元素の同位体比を測定する地球化学的観測が始まった.その後,放出される電子のエネルギー観測による測定も,原子核素粒子研究者によって試みられた.そして宇宙素粒子論の観点からも前述のレプトジェネシスが提案されることで,「レプトン数の破れ」を検証するこの事象の重要性が認識された.素粒子物理分野からも,この事象の観測によってニュートリノの質量の絶対値を得られることから,研究対象として重要視されてきた.

    このように,原子核研究から始まった二重ベータ崩壊測定は,素粒子研究,宇宙物理研究へ広がり,大きく進展した.日本でも,世界の二重ベータ崩壊測定を現在リードしている「キセノンを用いた二重ベータ崩壊実験」をはじめとして,次世代二重ベータ崩壊測定の研究が進められている.これまでに半減期の下限値として1026年程度の実験結果が得られており,さらに次世代実験計画では1028年の感度を実現できる見込みである.

    広い分野の研究者を虜にするこの「二重ベータ崩壊」.提案されて80年以上,未観測のままできているが,もうあと2–3年で観測されるか,遅くとも10年程度で観測される兆しが見つかるのではないか,と,今,さらに研究者の注目を集めている.

最近の研究から
  • 中村 壮伸, 坂上 貴洋
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 8 号 p. 523-528
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
    ジャーナル 認証あり

    「紐の絡み合い」は,誰もが経験したことのある身近な現象であろう.同様な現象はミクロな高分子の世界においても存在し,その記述と理解は高分子物理学における最も挑戦的な課題であるといっても過言ではない.例えば,鎖長の長い高分子の濃厚溶液に見られる顕著な粘弾性特性が,鎖間の絡み合いに起因することはよく知られている.

    絡み合いの定義は何か? 広義には,鎖同士が互いにすり抜けない性質(非交差性)に由来する効果を絡み合いと呼ぶのが通常であろう.同義の用語として,「トポロジカルな拘束」という表現も用いられる.しかし,ひとたびその分子論的実態を問われると,明確な答えに窮してしまう.トポロジカルな拘束という表現は,トポロジカル不変量を基にした絡み合いの記述を連想させるが,教科書で詳述される直鎖高分子の溶液では,数学的な意味で厳密なトポロジカル不変量は存在しない.

    この点において興味深いのが環状高分子の溶液である.鎖の切断,再結合が起こらない限り,系のトポロジーは試料の合成の段階で決定し,そのような曖昧さはない.近年,最も基本的な設定となる「絡み目なし」の環状高分子濃厚溶液において,直鎖高分子の濃厚溶液とは大きく異なる粘弾性特性を示すことが明らかになってきた.では,絡み目なしというトポロジカルな拘束下での絡み合いとはどのようなものか?

    まず思いつくのが,大きく開いたリングの中を,別のリングが通り抜けた「貫通」(threading)という絡み合い様式であろう.この素朴な描像をきっちりとした土台に乗せ議論を進めるには,貫通を適切に定量化し,物性との相関を検証する必要がある.

    貫通の定量化に向けてこれまでにいくつかの手法が提案されているが,十分に満足できるものはない.従来の手法において,最も重要な問題は構造のわずかな擾乱に対して貫通の有無が不連続に変化することである.ソフトマターでは構造の揺らぎが大きいためこの問題点は致命的である.他にも計算コストや数理的な基礎づけ等にも課題があった.

    近年,パーシステントホモロジーと呼ばれる「穴」に注目した構造の定量化手法が応用数学分野において提案された.パーシステントホモロジーでは分子シミュレーションで得られる原子や分子の座標データを入力すると穴の有無とサイズを表現する2次元散布図(パーシステント図)を出力する.パーシステント図の計算には主に2つの特徴がある.第一に,構造のわずかな擾乱に対して安定性を持つ.第二に,計算アルゴリズムに関して計算幾何学と線形代数の洗練された手法を組み合わせることで実用に耐えうる程度の高速な計算が実現されている.

    我々はパーシステントホモロジーを用いて,環状高分子鎖の濃厚系における貫通を定量化する方法を提案した.鍵となるアイデアは貫通の有無を穴の有無に言い換えることである.この言い換えにより貫通を判定する計算をパーシステントホモロジーの計算として実現し,従来の手法の問題点を克服するデータ解析手法を与えることに成功した.

  • 濱田 雄太
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 8 号 p. 529-534
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
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    重力の量子化は,素粒子物理学最大の難問の1つとして,長年横たわっている.弦理論やホログラフィー原理を使って,様々な状況下での理解が進んでいるが,未だ完全な定式化には至っていない.

    そこで,少し視点を変えて,仮に重力の量子論が完成したとして,我々の世界にどんな示唆があるのか,という問いを考えてみよう.

    量子重力理論が完成すれば,時空の曲率がプランクスケールにまで大きくなった場合を取り扱うことができる.したがって,インフレーション期以前に存在したかもしれない超初期宇宙の超高温状態や宇宙の始まり,ホーキング輻射によりプランク長さ程度まで小さくなったブラックホールの運命,が分かると期待される.

    次に,重力以外のセクターについてはどうだろうか? すなわち,なぜ我々の世界は標準模型で記述されるのか,暗黒物質の正体は何なのか,電弱スケールとプランクスケールの階層性はどこからくるのか,といった疑問に量子重力理論は何か役立つのであろうか?

    これらに直接答えることは難しい.ここでは,このような問いに迫るための第一歩として,「量子重力理論は理論の非重力セクターに非自明な制限を与えるか?」を問いたい.

    仮に重力を量子化せず,古典的に扱うならば非自明な制限は得られないだろう.プランクスケール以下の低エネルギー有効理論は,古典重力理論と結合した有効場の理論で与えられる.この低エネルギー有効場の理論の立場からは,アノマリーを生成しないことにだけ注意すれば,どんな物質場や相互作用を導入しても良い.

    ところが,近年の発展により,一見無矛盾だけれども,量子重力と結合できない有効場の理論の集合(沼地(Swampland)と呼ばれる)が存在し,さらにそのような理論の数は,量子重力と結合できる有効場の理論の数よりも遥かに多いことが明らかになりつつある.このように,低エネルギーの立場からは一見明らかでない制限を見出そうとする研究は,量子重力の沼地問題と呼ばれ,最近研究が進展している.もちろん,完全な量子重力理論を手にしない限り,沼地は確定できないのだが,ブラックホール,弦理論,あるいはホログラフィーが正しいと仮定して,様々な角度から量子重力理論が持つべき性質を議論できる.こうして得られる(あるいは予想される)制限は,沼地条件または沼地予想と呼ばれる.

    最近,著者らは,低エネルギー有効理論の無矛盾性条件の詳細を注意深く調べることで,一見明らかでない隠された沼地条件を見出せることを発見した.具体的には,次の2つを考えた.1つ目は,散乱振幅の無矛盾性条件である.場の理論の基本的性質であるユニタリー性や因果性は,散乱振幅がある種の条件を満たすことを意味する.そこから,広いクラスの理論で弱い重力予想を示すことができた.2つ目は,理論に存在する位相欠陥の無矛盾性である.欠陥の動力学を記述する場の理論が無矛盾に存在することを要請して,元々の理論のゲージ群に強い制限が与えられることが分かった.

    さらに,我々は,様々な沼地条件をブラックホールエントロピーの有限性の一般化として理解することも提案した.また,いくつかの沼地条件とブラックホール物理との関係を明らかにした.提案は,これまで独立と思われてきた沼地条件を,より基本的な1つの原理から理解できる可能性を示唆している.

    今後の更なる発展により,量子重力理論の隠れた無矛盾性条件,背後にある原理が明らかになっていき,現象論への示唆,あるいは量子重力の定式化そのものへの示唆が得られることを期待する.

  • 作道 直幸, 酒井 崇匡
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 8 号 p. 535-540
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
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    ゼラチン液が固まりゼリーになる,豆乳が固まり豆腐になる,牛乳が固まりヨーグルトになる.これらの現象は,ゲル化と呼ばれる.ゲル化は,溶媒中に分散する高分子がつながり,大量の溶媒を保持する巨大な高分子網目構造からなる固形物である「高分子ゲル」を形成することで起こる.高分子ゲルは,やわらかくウェットで,生体軟組織に近い性質を持つ.そのため,食品だけでなく,ソフトコンタクトレンズ・紙オムツの吸水剤・止血剤・癒着防止剤など,生体に接触して用いられる医用材料としても幅広く利用される.

    高分子ゲルを食品や医療に応用する際,保水力や吸水力を決める浸透圧が重要となる.例えば,ヨーグルトを作ると,ホエー(乳清)と呼ばれる水分が染み出る.この現象は,ゲル化の進行によって系の浸透圧が低下したために起こる.ゲル表面からの水の染み出し(離水)は,食品の食感に大きく影響するだけではなく,摂食・嚥下障害者(口の中のものを上手く飲み込めない障害)用の嚥下食において,食べ物の誤嚥により細菌が気管支や肺に入ることで発症する致命的な誤嚥性肺炎の要因になる.そのため,ゲルの浸透圧の理解・制御は,応用上も大きな需要がある重要な問題である.

    ところが,意外なことに「ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を決める物理法則は何か?」という基本的な問題について,実験結果を定量的に予測できるほどの理解はされていなかった.そもそも,ゲルの物性について定量的に理解されていることは驚くほど少ない.その理由は,通常のゲルは,作製プロセスに依存して決まる不均一な高分子網目構造を持つために実験の再現性が低く,網目構造の制御も不均一性の影響の評価も困難なためである.

    我々は極めて均一で制御可能な網目構造を持つ高分子ゲル(テトラゲル)を用いることで,この不均一性の問題を克服した.また,動的なゲル化の進行過程を模倣した「静的なレプリカ」を系統的に作製することで,ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を高い精度で測定することに成功した.

    我々は得られた大量の精密な測定データを元に「ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を説明する物理法則はなにか?」という問題に取り組んだ.この問題を解く鍵は,直鎖(つまり,枝分かれの無い)高分子溶液の浸透圧における状態方程式の普遍性(ユニバーサリティ)であった.浸透圧の普遍性は,1970年代から80年代にかけて,多くの実験および理論研究により確立された.その発端となったのは,磁性体の磁気相転移を想定したIsing模型(n=1)・XY模型(n=2)・ハイゼンベルグ模型(n=3)などのO(n)対称なスピン格子模型において,n→0の極限は,高分子鎖の格子モデル(自己回避ウォーク)に対応するという事実であった.ドゥジェンヌ博士はこの高分子・磁性体対応を用いて,溶媒中の高分子鎖の臨界指数をくりこみ理論で解析した.その後,臨界指数のみならず,直鎖高分子溶液の浸透圧についても普遍的状態方程式で説明できることが理論と実験で示された.我々は,高分子ゲルが「大量の溶媒に高分子網目が溶けたもの」であることから,高分子溶液の普遍的状態方程式は,ゲル化の進行過程でも成り立つと着想した.そして,ゲルの浸透圧の測定データに基づいて,ゲル化の進行に伴う浸透圧の低下を,普遍的状態方程式で説明することに成功した.

    極めて均一で制御可能な網目構造を持つテトラゲルを用いて,浸透圧のみならず,弾性,膨潤ダイナミクス,破壊などの様々な高分子ゲルの物理が解明されつつある.高分子ゲルの基礎物理の全貌が明らかになる日も近いと期待される.

  • 渡部 昌平, 佐藤 嶺, 二国 徹郎
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 8 号 p. 541-546
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
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    人間同士の関係やインターネット上の関係など現実世界には複雑なネットワークがあらゆるところに存在する.ビッグデータなどのデータ科学の進展と相まってこの複雑ネットワークの理解は急速に進んでおり,スケールフリー性・スモールワールド性だけでなく,お馴染みのフラクタル性などが存在することもわかってきた.さらに現在,量子探索のアルゴリズムが様々なネットワーク構造に適用され,ネットワークと量子探索が織りなす関係の理解が進んでいる.

    フラクタル構造に着目した場合,その構造を特徴づける指標にフラクタル図形の次元というキーワードがある.ユークリッド次元dE・フラクタル次元df・スペクトル次元dsがそれである.フラクタル次元とスペクトル次元は,ユークリッド次元と違い非整数値になる特徴をもつ.フラクタル図形を生成するとき一辺を何分割するかというスケーリング係数sも特徴量の一つだ.

    ネットワーク上の量子探索を理解するうえでは,ターゲットを見つけ出すための計算時間Qが格子点数Nに対してどのようにスケーリングするかという問題が重要になる.特に,整数次元dの格子ではQ≥max{ N 1/d, √N}となるのだが,非整数次元の場合にこのdはユークリッド次元dEになるのだろうか? フラクタル次元dfやスペクトル次元dsなのだろうか? そもそもこのような関係式自体が存在するのだろうか? 2010年にPatelとRaghunathanが,シェルピンスキーギャスケットとシェルピンスキー四面体を用いて提案した一つの仮説は,スペクトル次元dsによるQ≥max{ N 1/d, √N}である.

    著者らはシェルピンスキーカーペットや拡張されたフラクタル格子で幅広く調べ,仮説どおり確かにスペクトル次元dsによるスケーリングであることを確認した.計算時間のスケーリング指数はd=2を境にして切り替わるが,この2次元近傍ではべき則から外れることもわかっている.スピン系などの相転移と同様,量子空間探索でも2次元が臨界的な次元になっている点は大変興味深い.

    著者らのこの分野でのもう一つの貢献として,有効的計算時間に現れるスケーリング仮説の発見がある.ターゲットサイトでの最大発見確率Pmaxとターゲットを発見する計算時間Qは格子点数に対してそれぞれPmaxN -αQN β(ただしα,β>0)のようにべき的に振る舞う.確率から見ると試行回数1/Pmax程度でターゲットの発見を期待するが,量子振幅増幅の議論から試行回数は1/√Pmax程度でよい.これとオラクルの演算回数としての計算時間Qを合わせて,有効的計算時間QeffQ/√Pmaxを新たな指標として導入してみよう.

    この有効的計算時間はQeffN c(ただしc=β+α / 2)とスケールされるが,このスケーリング指数cが,フラクタル図形の特徴量の組み合わせ

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    で数値誤差の範囲内で高精度に与えられることがわかった.この仮説は,フラクタル構造を特徴づけるユークリッド次元・フラクタル次元・スペクトル次元・スケーリング係数が一つにまとまって現れるという意味でとても興味深い関係式になっている.現在のこのスケーリング指数に数学的証明は存在せず未解決問題となっている.

  • 早川 勢也, 山口 英斉, 梶野 敏貴
    原稿種別: 最近の研究から
    2022 年 77 巻 8 号 p. 547-552
    発行日: 2022/08/05
    公開日: 2022/08/05
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    現在の宇宙に多様に存在する元素,そのうちの最も軽い数種類の元素が初めて合成されたのが,ビッグバン宇宙開始後3分から20分ほどまで続いたビッグバン元素合成(Big Bang Nucleosynthesis, BBN)である.BBNによる軽元素同位体,特に重水素と4Heの推定生成量は,観測と非常に良く一致することから,宇宙背景放射ゆらぎの観測と並んで標準宇宙論を支持する大きな証拠の一つとされる.一方で,7Liの生成量はそれらより10桁近く少ないものの,理論・観測の不定性をそれぞれ慎重に考慮しても,理論による推定値が観測値の3倍程度になってしまうという「宇宙リチウム問題」が存在し,宇宙核物理学分野で長年の未解決問題となっている.

    この原因を巡っては,低金属星の観測からBBN直後の7Li量を推定する解析方法に残る問題点,標準BBN理論を超える未知の物理を組み込む必要性,宇宙磁場ゆらぎのような宇宙論的効果,あるいはBBN計算に必要な原子核反応率データの不定性や問題点など,いくつかの可能性がさまざまな分野の研究者によって検証されてきたが,未だに解決には至っていない.

    BBN中では7Liは陽子との反応によって壊れやすいため,7Li生成量の大半は,実際にはBBN後に残る7Beの崩壊に由来する.つまり,7Beの増減を左右する原子核反応が7Li生成量の鍵を握る.7Beの生成に関する核反応率は比較的よくわかっている一方,7Be量を減らす反応が近年注目され,複数のグループによる実験が報告されている.特に,BBN中に多数存在する中性子が誘起する7Beの破壊反応が重要な反応と考えられている.しかし,中性子は半減期約10分で陽子にベータ崩壊し,7Beは半減期約53日で7Liに電子捕獲崩壊する不安定核である.不安定な核同士の反応を直接測定するのは技術的に難しく,BBNに新たに定量的な制限をかけるまでには至っていなかった.

    我々は,この困難を克服するために「トロイの木馬法」という間接手法を用いることで,最も重要な7Be(n, p7Liおよび7Be(n, α)4He反応を新たに測定した.これは,不安定な中性子の代わりに重陽子を標的として用い,そこへ7Be不安定核ビームを入射し,7Beと重陽子中の中性子の準自由反応の情報を抜き出す,という手法である.この実験によってBBNエネルギー領域でのデータを必要十分な精度で拡充することができ,特に,これまで未測定であった7Li第一励起状態への遷移の寄与7Be(n, p17Li*を初めて明らかにした.

    本研究と過去の実験データとを併せて,最も整合性が高いと考えられる反応断面積の励起関数をR行列解析によって導き出した.これにより,BBNエネルギー領域を含む広いエネルギー範囲(10-8–1 MeV)にわたり複合核である8Be共鳴構造に伴う不定性も含めて合理的に評価し,BBN計算に必要な精度の熱核反応率を導き出した.この反応率をBBN計算へ適用した結果,7Be(n, p17Li*反応チャンネルの寄与によって,7Liの推定生成量を1割ほど下方修正する可能性を示した.

    本研究では,この未測定であった反応チャンネルが7Be+n反応の重要性をより強調する結果となったとともに,この反応のみによる問題解決の可能性は,より定量的な意味で排除された.原子核物理の不確実性が一つ解消した今,宇宙論的効果などさまざまな理論的仮説による宇宙リチウム問題の解決法が,より高精度で検証できるようになるものと期待する.

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